ボーイ・ミーツ・ガール

ぴちゃっ  ぴちゃっ

ハァ・・・ハァ・・・・

んっ

しじまに水音と少女の吐息だけが響いている。



「まったく、楽じゃないわ」
 マリンチェは水をいっぱいに張った甕をおろすと、木陰に腰をおろした。ふう、と息をつくと、心地よい風が赤いほほをなでる。かんかんと照らす日差し。アステカの月の神をまつる神殿の巫女であるせいだろうか、マリンチェは白い肌を容赦なく灼くこの日差しだけはどうにも苦手であった。あの雲の陰になったらここを出よう。そんなことを考えながら樹の幹に背をもたれかける。いい気分だ。

 ガサッ。マリンチェがまどろみかけていたとき、背後の草むらから物音がした。マリンチェは瞬く間に覚醒した。心臓は急激にその鼓動をはやめ、額から滝のような汗が噴出す。ジャガーだ。マリンチェの頭脳にその獰猛な大型獣の記憶がよみがえった。音も立てずに忍び寄る狡猾な瞳、獲物に逃げる隙も与えぬ跳躍する爪。幼いマリンチェの両親を布のように引き裂いた牙。ああ、こんなところで寄り道などしたから。クパァ老のいいつけを守っていれば。後悔は何の役にも立たず、マリンチェは恐怖のあまり逃げ出すこともできなかった。耳を塞ぎ、目をきつく閉じ、赤子のようにうずくまる。ガサリ、ガサリと物音だけが近づいてくる。

 5分ほども経ったろうか。マリンチェはおそるおそる目を開けた。
「助かった、の?」
 風に揺れる木の葉の音以外には何も聞こえない。辺りに何かいるような気配も無い。勘違いだったのかしら。ジャガーが一度狙った獲物を見逃すはずも無い。自分の臆病にあきれつつ、胸をなでおろしながらも、やはり少し不安はある。水瓶をかかえて足早にその場を去ろうとしたそのとき。
「きゃっ」
 マリンチェは小さく叫び声をあげた。やはりジャガーではなかった。草むらに、一人の少年が倒れ伏していた。