グラスが岩にぶつかって砕ける音が響くと同時、ガサリと窓の外で何者かが動く音がした。
「誰だ!」
 コルテスはとっさに壁に立てかけていた剣をとった。が、続く物音は無い。自らの影が、薄暗い部屋の中に巨人のようにゆらめいているだけである。――ああ、そうだった。コルテスはふと思い出し、警戒をといて剣をおさめた。馬鹿馬鹿しい、誰もいるはずがない。窓の外は断崖絶壁、とても人が登ってこれるようなところではない。大方、獣か何かが迷い込んだのであろう。ひとまずは安心したが、自分の臆病な性をみせつけられたようで、コルテスは更に不快な気分になった。もういい、さっさと寝てしまおう。この夜闇が俺の心を蝕むのだ。朝になれば、またこの国のどぎつい太陽が全てを消し去ってくれる。全てうまくいく。
「なぜなら、俺は神に愛されている」
 それが単なる気休めにすぎぬことに気付かぬふりをして、コルテスはロウソクの炎を吹き消した。

 炎の余韻と窓からの月明かりだけを残し、あたりが闇に包まれた、その瞬間。バリバリ、ガタン! けたたましい音をたてて調度が倒れ、「それ」が窓から入ってきた。一瞬で室内に獣の匂いが充満する。暗闇の中で、宙に浮かぶようにらんらんと光る両の目。ジャガーだ。コルテスはそう直感した。すぐさま先ほどの剣を再び手に取り、すばやい動きでそれに斬りかかった。本人は厭うが、酔っていても決して隙を見せない神経質なまでの警戒心が、この男の成功を支えていたのは紛れも無い事実だった。しかしそのときコルテスの必殺の一撃をうけとめたのは、獣の肉を裂く感触ではなかった。ガキン、と高音が響き、剣ははじかれて中ほどで折れて宙を舞った。火花が散った瞬間、その閃光の中でコルテスはしかと見た。ジャガー、いや、ジャガーの毛皮をかぶった男が、手にした石で剣を受けたのだ。驚きあわてて折れた剣で繰り出した二撃目はあっさりとかわされ、コルテスは闖入者に当て身を食らって崩れ落ちてしまった。

 再び辺りに静けさが戻った。月明かりの部屋の中には倒れ伏すコルテスと、その脇で直立不動の姿勢をとる毛皮の男。そしてもう一人、隅の寝台で寝ていた女が起き上がり、毛皮の男を見つめている。数瞬の後、二人は同時に口をひらき、その静寂を破った。

「マリンチェ」

「マンコ」