君の名は

「十四、五といったところかのう」大神官クパァ老は、紫の煙を吐き出した。
「うちのマリンチェと同じくらいじゃ」
「わかっておるのだろう」対面の着飾った壮年の男は顔をしかめた。
「私はそんなことを聞きたいのではない」
「近頃の者はこらえ性がないわい」老人はかっかと笑ってもう一度煙管を吸うと、その煙とともにぽつぽつと言葉を吐いた。
「見てのとおり、この子はアステカの民ではない。しかして東のマヤの民でもない。この子ははるか南、インカの者じゃ」
「インカ・・・多くの黄金を産する豊かな国だと聞く」
壮年の貴人――アステカ王モクテスマ2世をしても、それ以上のことはわからない。
「若い頃東のマヤの地で、この子とよう似た服を着た者達と出会うたことがある」
王の疑問をさきどるように老人は話を続けた。
「はてさて、この子は一体どうしたことかのう。何も持たぬし言葉も通じぬ。お前さんの心配しとるような間者の類ではないようだがね」
「もったいぶるでない。お前は何でも知っておるくせに、いつもそうやって出し惜しみをするのだ」
この博識ではあるが少々不遜な老人との会話に、王は少し苛立ちを覚えていた。
「この子の足を御覧よ。ひどい凍傷のあとじゃ」
「凍傷? この夏の盛りに?」
「インカの地には雪の解けぬ常冬の山々があるという。そこを越えてきたのじゃろう」
「わからんな」王は憮然とした顔で言った。
「豊かな国なのだろう。何故そのような無茶をしてまで逃げ出さねばならぬ」
「・・・この子の金飾り、これが答えじゃろうな」老人はふぅとため息をついた。
「子供がつけるには上等に過ぎる。汚れてはいるが、衣服も上等。この子は贄じゃ。生きながらにして雪の頂に捨てられたのじゃよ」
「なるほどな」王はつまらぬとでも言うように鼻をならした。
「その子供がいることで災いはおこらぬか?」
「インカの神の怒りを買うたとて、我らには関係あるまいよ」
「インカの軍隊が連れ戻しに現れることは?」
「はるばるアステカまで?たとえ逃げたと気付いても、かわりを用意するさ」
「ならばその子供はお前に任せる。養うなり預けるなり捨てるなり、好きにせい」
 そういい残すと、王は供の者を連れて王宮へと帰っていった。


「聞いてのとおりだ、マリンチェ」
 物陰に隠れていた少女は、見つかってばつがわるそうにしながらも、何か言いたげにその場を動かない。
「心配するでない」クパァ老は優しい声で語りかけた。
「この子は神殿で養育するよ。最初は何かと不便じゃろう。お前が世話をしておやり」
 少女の顔がぱっと明るく輝いたのを見て、老人もまたうれしそうに微笑んだ。

「おや、目をさましたかね」
 気づくと、少年がうっすらと目を明けていた。
「そういえば、まだお主の名前を聞いておらなんだ」

 老人は自らを指差し
「クパァ」次に少女を指差し
「マリンチェ」と呼んだ。そして最後に少年を指差すと、少年はかすれた声でこたえた。
「・・・・・・マンコ」
「カッ!」老人は愉快そうに笑った。
「いい名だね。インカをつくった、最初の王様とおんなじ名前じゃよ」