夜明け

「これで、僕の話はおしまい」マンコはひとつため息をついた。
「つまらない話だ」
 マリンチェはぽろぽろと涙をこぼしている。
「泣かないで、これは昔の話なんだ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 マリンチェは何度もそうつぶやきながら泣きじゃくる。
「大丈夫だよ、僕は大丈夫」マンコは子供をあやすように言う。
「僕は君やクパァ老と出会って、この国で生きている自分を必要とされて。うまくいえないけど、そうしてはじめてこの世に生命をうけたんだと思う」
 気がつくと、マンコの目からも涙がこぼれおちていた。
「ありがとう。本当に、ありがとう」

 二人してひとしきり泣きじゃくった。
「ふふ、ひどい顔」
「君こそ」
 窓の外はもう白み始めている。
「ねぇ、マンコ」
 ふいにマリンチェの声が落ちた。
「私、怖いわ」
「どうしたの?」
「あなたが生きてここにいることは凄く嬉しい。だけど」
 マリンチェは少し考えるようにうつむいた。
「あなたの故郷の人たちは、神様の怒りを買っていないかしら。あなたではない誰かが、かわりに生贄にされたりしてないかしら。私の幸せは、その人たちの不幸の上にあるのかしら。そう考えると、私はすごく怖くなる」
 突然何を言うのだろう。マンコはいぶかしげに首をかしげた。マンコにとって、故郷の人々は自分をゆるやかに殺そうとした憎むべき相手である。彼らに不幸が起こっていたとしても、それほど同情する気にはなれなかった。ここにマンコが生きていて、マリンチェと共にいる。彼女はそれ以上何を求めるというのだろうか、マンコには理解できなかった。
「ごめんね、変なこと言って。私、朝食の支度する」
 そう言ってマリンチェは部屋を出て行った。最後にちらりと見えた横顔に、哀しげな涙が光った気がした。

 ――女心はよくわからない。マンコは苦笑した。まあ、きっと気にするのほどのことではないのだろう。朝日が差し込む。マンコは自信と活力が満ち溢れるのを感じた。
「バカヤロー! ざまあみろ!」
 マンコは南にむかって大声で叫んだ。僕は生きている。今この遠く離れた地で、幸せに生きている。自分を殺した故郷に向けての、自分を縛っていた過去に向けての、勝利の雄叫びであった。