誤解

 自分は死んだのではなかったか。マリンチェは訝しげに辺りを見回した。朦朧としたままに連れてこられた薄暗い天幕の中には、見たこともない意匠の調度が雑然と散乱している。ここはやはり死後の世界なのだろうか。とすれば、自分の目の前に座っているこの男こそは――

 マリンチェは驚きと動揺を隠せなかった。天を衝くような長身のその男。黒くうねるような頭髪とあごひげ、鋭い目と真っ赤な口が蛇を思い起こさせる。襟に白い羽毛の飾りがついた真っ黒い衣服もはじめて見る物だったが、何よりも異質なのは磨いた貝殻のように真っ白なその顔色だった。
「ケツァルコアトル……」
 思わずつぶやいたその名は、「羽毛の蛇」を意味する古い神のものである。マリンチェが生贄として捧げられた月と夜の神テスカトリポカに破れ、アステカを追われた文化の神。一の葦の年に戻ると言い残しこの地を去った白面の蛇神。目前の男は伝え聞くその神の姿に瓜二つであった。ああ、そしてなんということか。今年はまさに一の葦の年なのである。取り戻しに来たのだ、アステカを。マリンチェはそう理解した。テスカトリポカ神に捧げられた自分は、一足先に元の主のもとへ返されたということだろうか。

「……!」
 神は耳慣れぬ言葉で何事か命じた。マリンチェは、その身振りで服を脱ぎ寝台に寝ろと言っていることを悟った。少し躊躇したものの、マリンチェは大人しく従った。もしそれが神の命令ならば、そう考えると、マリンチェは逆らえなかった。もし逆らえば、自分の命はおろか故郷の人々の身も危うくなるかもしれないからだ。決して大げさではない。神は今、アステカを取り戻す戦をしようとしているのだ。恐れを押し殺し、裸身を横たえながら、マリンチェはアステカの民の行く末を祈った。きつく閉じたまぶたの裏には、にこやかに笑ってアステカの地で暮らす、マンコの未来の姿が映っていた。
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