再会


「すまない。来るのが遅れた」
 マンコは狂喜と緊張で裏返りそうになる声を懸命におさえ、マリンチェに話しかけた。一月ぶりの再会に、もっと気の利いた言葉も考えてはいた。だが、マリンチェを探しこの一月寝るまもなく駆け回ったマンコには、身体的にも精神的にも、もはやそんな余裕は無かった。たとえ言葉を飾る余裕があったとしても、今この二人にとって、それがどれほどの意味を持つというのだろう。

 一月。月が満ちて欠け、太陽が三十度昇って沈む、ほんの少しの時間である。そのほんの少しの間に、満ち足りた幸福な生活を送っていた二人は、一転全てを失った。三年前に出会って以来三日と離れたことの無い二人は、絶望的な別れを言い渡された。これを運命だというのなら、神とはなんとも救いがたい趣味をした悪魔のような奴である。ただ、どうやらそんな神にも誤算があった。マンコは神の命よりも己の命に従う人間だった。理不尽なさだめに対して、徹底的に抗う術を知った人間だった。ゆえに今ここに、この二人は奇跡に近い再開を果たすことができたのである。

「あなたはきっと、来ると思ってた」
 マリンチェは、もはやこの世のものとは思えぬような、喜びと慈愛と哀しみに満ちた微笑で答えた。優美な声とたたずまいは、全てをを圧倒しつつ受け入れるようである。もしコルテスや、彼の仲間のスペイン人がそれを見たら、思わず十字を切っただろう。しかしマンコには、マリンチェの落ち着き払った態度が少し引っかかった。
「急ごう。気付かれる前に」
 マンコはマリンチェの手を取って急かした。ぐずぐずしてはいられない、すぐにここを抜け
出して、遠くに逃げなくては。これからは、アステカと異邦人たち、両方から追手を差し向け
られることになるのだ。そう言ってきびすを返し部屋を出ようとするマンコの手はしかし、強い力で引きとめられた。マンコは驚き、その手の先、最愛の女性を振り返る。
「マンコ、私は、行けない」
 マリンチェは先ほどと同じ微笑で、優しく、毅然とした声で答えた。あっさりとした口調で述べられた、そのあまりに予想外な返事。マンコは完全に虚を衝かれ、呆然と立ち止まった。徐々に思考が回復し、その言葉の意味が理解できたとき、マンコの脳を支配したのは怒りにも似た問いであった。
「どうして! なぜ! なぜ行けない!?」
 マリンチェは、少し悲しそうに眉をひそめただけで答えない。
「この男か!? この男のせいか!」
 マンコは横で倒れているコルテスを指差した。自分のいない間にマリンチェが他の男のものになる――まさかとは思いつつも、それはこの一月ずっと捨てきれなかった不安でもあった。ぎらぎらした目で今にもコルテスを絞め殺しそうな勢いのマンコをみかねて、マリンチェは口を開いた。
「マンコ、確かに私はその男の相手をしたわ。あなたにはあやまらなくちゃいけない。私は今でもあなたを愛してる。でも、それはまた別の問題。私は行けないわ。」
「僕だってそんなことはどうでもいい!何なんだ!何が問題だっていうんだ!」
 何故、何故。マンコはもはや、見張りの耳目をも気にすることをやめていた。哀願の目で、声で、駄々をこねる子供のようにマリンチェに問いかけ続ける。マリンチェはさながらそれをあやす母親のように、ゆっくりとマンコに諭し聞かせた。
「私は神に捧げられた身。どのようにしてここに来たか、何故貴方がここに来れたのかはわからないけれど――私の体は既に神のもの。勝手に逃げ出しては、アステカの人々に災いがおこってしまうの」
「神? この男がそうだと!?」
 マンコは無様にのびているコルテスをつま先で蹴飛ばした。うう、と低く呻いて芋虫の
ように身をよじらせるその姿をみてあざ笑う。
「こいつなんかが神なものか。こいつらは、どこか遠くからやってきた、ただの人間だ。義無く人を殺し、全てを奪っていく、卑劣な征服者だ。」
 この一ヶ月の探索で、彼ら征服者に滅ぼされた土地を見聞きし、マンコはそれを知った。彼らは黄金を求めるイナゴだ。マリンチェの顔に浮かんだ一瞬のゆらぎを見逃さず、さらに続ける。
「憶えていないなら教えよう。ああそうだ、君はずっと眠っていたんだった。だからそんな勘違いをしてるんだ。君が生きてここにいるのは、生贄の儀式の直前、僕が君を連れ去ったからだ。どうにか国境まで逃げ落ちたところで不覚にも力尽き、君をこいつらにさらわれてしまった。だから、よく聞いてくれ。これは夢ではないし、ここは神の国でもない。こいつはただの卑劣漢で、君は僕と逃げなきゃいけない。」
 一方的にまくしたてた後、マンコは再びマリンチェの顔をうかがった。マリンチェはまだ懸命に落ち着きを保とうとしているが、その目にははっきりと動揺がみてとれた。
「さあ、行こう」
 マンコはもう一度マリンチェの手をぐいと引っ張った。しかしその手は、さきほどよりも
さらに強い力でマンコの手を振りほどこうともがいた。
「駄目!私は!行けないの!たとえ貴方の言葉が真実であっても!」
 抑えていた感情がついに溢れ出たように、マリンチェは泣き喚いて暴れた。もはやこれまでと、マンコは意を決し、心の中で詫びてから、マリンチェの首を軽く締め上げて気絶させた。
sage