ジャガーの少年


 マンコは頭の良い少年だった。一言も喋れなかったアステカ語も、一年もすると日常的な会話くらいはこなせるようになった。運動もよくできた。競走でも投石でも格闘でも、彼にかなう子供はいなかった。二年が過ぎるころ、がりがりにやせたみすぼらしい少年は、筋骨隆々のたくましい、それでいてしなやかさを感じさせる美しい若者へと変貌を遂げていた。

 ジャガーのようだ。自分の隣に座る少年を見て、マリンチェはそう思った。両親の命を奪った忌むべき獣の姿をこの愛しい少年に重ねるのは、なんともおかしな話ではあるが。照れくさそうに鼻をこするマンコ。そのなにげない仕草までもが、いつかクパァ老に見せてもらったジャガーの赤ん坊にそっくりで、マリンチェは思わずくすっと笑ってしまった。
「なんだよ、聞いてないの?君から話してくれって言ったんじゃないか」
「ごめんごめん、ちゃんと聞くから。もっと話してよ、あなたの国のこと」
「なんだかなあ」
 ちょっとむくれてみせながらも、マンコは話を続けた。高い頂の上に栄える都。贅を尽くして精巧に作られた金細工の数々。荷物や人を背負って歩く動物。清水が流れる人工の川。この話を聞くのは何度目だろうか。マンコはきっとあきれているのだろうが、嘘とも本当ともつかない異国の話に、何度聞いてもマリンチェの心は躍るのだった。

 しかし。マリンチェが本当に聞きたかったのは、もっと別のこと。あなたはどんな子だったの? マンコ。どんな顔をして、どんな暮らしをしていたの? ……なぜ、逃げだしたの? そう問いただしたいのをぐっと我慢する。マンコは決して自分を語ろうとはしなかった。彼がインカの神への生贄だったことはクパァ老から聞いた。マンコにとってそれは、思い出したくない過去なのだろう。彼がまだ、完全には心を開いてくれていないことが、マリンチェにはさびしかった。そして不安だった。故郷の話をするとき、優しいマンコの瞳に一瞬だけ不穏な光が宿るのだ。それはまるで、獲物を狙うジャガーのような。

「またぼんやりしてる」
 マンコは怒っているというよりも、少し心配そうだ。
「どうしたの? 今日は。なにか考え事?」
「なんでもないよ。さ、そろそろ帰りましょ。クパァ老が待ってるわ」
 あなたのことを考えていたわ、などとは言えなかった。赤々とした夕日、オレンジに染まった大地に二人の影が伸びる。マリンチェは、幸せな今がいつまでも続くことを願ってやまないのだった。
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