神殿


 マンコが目を覚ましたとき、日はもう高くなっていた。しまったな、とマンコは顔をしかめた。午前の訓練をサボってしまった。後で戦士長に叱られるかもしれない。しかしそこで思い起こした。そうだ、自分は今日オセロメーになるのだった。戦士長よりも上の位につくのだ。怒られる心配などしなくてもよかったのだ。自然とにやける顔を正しながら、マンコは服を着替えた。ほとんど加工されていないまるまる一匹のジャガーの毛皮。その四肢の部分に手足を通し、ジャガーの頭皮をかぶる。下腹部にはあまった腰帯をたらし、羽飾りをつける。真新しいオセロメーの正装は、贔屓目抜きにもマンコに良く似合っていた。

 マンコが部屋を出て今に入ると、食事が用意されていた。薄焼きにしたトウモロコシに、唐辛子のきいた鳥の肉をはさまれている。いつになく豪勢な食事は、マリンチェが腕によりをかけたのだろう。既に冷めてはいたが、それでも美味しく食べられるようにつくってあった。そう、料理は冷めていた。家には、マリンチェもクパァ老もいなかった。珍しいこともあるものだ。クパァ老は大神官であったが、神殿の仕事は大抵人任せにしてしまっている。マリンチェも巫女といいながら、その実クパァ老の侍女のようなもので、二人が揃って外出するのは神殿で何か大きな儀式が行われるときくらいのものだ。そう思ったところで、また思い起こした。ああ、そうだった。今日は自分の任命式があるのだった。そうだったそうだった、と独り言を言う。マンコの顔はだらしなくゆるみっぱなしであった。

 日が暮れるころになっても二人からの連絡はなかった。どちらかが呼びにくるなり、使いの者をよこすなりすると思っていたマンコは、どうすべきか少し迷った。しかし儀式の時間も迫っている。マンコは仕方なく一人で家を出た。神殿に着くころにはすっかり日が落ちてしまっていたが、満月がマンコの足元を照らしていた。マンコは頭上高くそびえる神殿を見上げた。大人数人がかりで運ぶ巨石、それを幾重にも積み上げた巨大な台形の建造物。月と夜の神テスカトリポカの神殿は、人を威圧するように大きな影を落としていた。そのあまりの静けさに、マンコはえもいわれぬ重圧を感じた。神殿の最上部、箱型につくられた部屋の中には明かりがともっている。しかし本当にそこに人がいるのだろうか。虫の声、鳥の声すらもなく、聞こえるのは緊張したマンコの息遣いのみである。今から行われようとしているのは、マンコの想像していたよりもずっと厳粛な儀式らしい。それを肌で感じ取ったマンコは、息を整え、うわついた心を正して最上部への階段を登った。
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