Neetel Inside 文芸新都
表紙

クーライナーカ
『一』

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いつものことだが、
のぞみはその少女が思いついた素朴な疑問にうんざりすることになる。
そう思っていたが今日だけは違っていたようだ。

「ねぇのぞみ。クーライナーカって知ってる?」

玉子焼きに伸ばす箸を止める。何を聞かれたのか分からなかった。
クーライナーカ?人名?地名?科学用語?それとも他国の言葉?
どの可能性を模索してものぞみの頭の中にてがかりはなかった。

「そんな言葉知らないよ。」

正直のぞみはその少女が何を考えているのか
現在進行で付き合いが進んでいる今となってもよくわからなかった。
雲のように見えているのにつかみ所のないというのが第一の特徴だった。
そのような例えを使うとその少女の一挙一動がおっとりしたものに見えてくる。

「こだまは?」

のぞみが知らないと見るやいなやすぐに隣のもう一人の少女に問いかける。
いかにも物静かというイメージがはまりそうな少女だった。
実際にこう弁当を囲み始めてからその少女は一言もしゃべってはいない。

「ググれ。私は知らない。」

それは静かな言い方の中に人を動かすような気迫を込めた言葉だった。
その少女、こだまはそれだけ言うと席を立ち教室から静かに出て行く。
のぞみはまだお弁当の中身が残っていたから戻ってくることは伺えた。
しかしこだまの行動はなんとなく答えるのを避けているようにのぞみは思えた。

「なんだぁ。みんな知らないんだぁ。」

いち早くお弁当を平らげたその少女は
のんびりとした口調でゆっくりと呟く。
口調に反してやけに癇に障るその言い方だけど、
その顔が自分だけが知っている優越感に浸っているのには見えない。
だからのぞみは直感的に何かを察知し、そして聞いてみた。

「もしかしてひかりも知らないの。」

「まぁそうなのよね。ふと頭に思い浮かぶことがあるのだけどその意味を知らないのよ。
こだまなら知っていると思ったけど知らないならしょうがないなぁ。」

そのこだまはいつの間にか戻ってきたのか黙々とお行儀よく自分の弁当を食べている。
のぞみたちの会話にはいりこむことはおろか
聞こうとすることさえしようとしない。

ひかりとの付き合いはのぞみより長いはずなのに
こだまの態度はその重ねてきた年月に反してそっけなく見えた。
おそらくとろくさいひかりは分かっていないでしょうが
のぞみにはこだまが何かを隠しているのではないかという疑念が少し芽生えていた。

しかしこだまがこのような反応をするのは茶飯事のことだったので
それほど不思議には思わない。
別に無愛想な態度にも感じられなくこだまなりの友達との付き合い方を
のぞみは改めて理解した。
そう考えることでこだまが常時身にまとっている重苦しい空気に
すこしだけ耐えることができる。

けど今はこだまに意識を向けている場合ではない。
それよりもひかりが呟いたことにここまで気を止められることが
初めての体験でそれには素直に驚いていた。
このまえの漫画の後ろにたまにつく「!?」と「?!」の違いを聞かれたのは
正直どうでもよかったのに
輪郭もおぼろげにさえ見えてこないこのクーライナーカは
気になってしょうがなかった。

「クーライナーカねぇ……」

口に出してみてもそれほどいい響きはしないけど悪い響きもしない。
懐かしさを秘めた心地よい旋律を帯びている言葉に聞こえた。
それはなぜだろう。

なぜこのような意味を持たない文字の羅列にここまで心を動かされるのだろうか。
そう思うとのぞみのちょうど胃の辺りから
何かが微妙な温かさを持った何かが体中に膨らんでいく。

それはのぞみの人一倍大きい好奇心だ。
空気入れで風船を膨らますほどの速度で、
ただ違うのは決して破裂しない無限の大きさを持っていることだ。
そしてそうなったのぞみの次の行動は火を見るよりも明らかだった。
雲の切れ目から太陽の陽光が差し込む。
それは教室にあるものを全て鮮やかに塗りなおしていく。
もちろんこの三人の少女も例外ではない。

「ひかり。その言葉の意味を調べてみない?
あたしが思うにクーライナーカはもこもこした結構かわいい哺乳類か鳥類よ。」

「そうかな。私は秘境の地でしか作られていない、とろけるような甘いお菓子を期待しているのだけど。こだまは?」

「さぁ。クーライナーカを調べることにかんしてはパス。放課後は忙しいの」

お弁当を食べ終わるとのぞみはでていく。
動いているのに腰にまでとどく長い髪は揺れることはなく下まで垂れたままだった。
太陽だけは変わらずに窓の外から日差しを届けてくれていた。

     


ここまで来ると何度も確信する。
そして扉を通り抜けるときにそれは実感に変わる。
間違いない。図書館は異世界だ。これはのぞみの持論でのぞみなりの根拠を持っていた。

ここに来るとあまり感じたことも無い珍しさを感じている。
会話対象が本しかないこの空間にただよう雰囲気は
のぞみの目には奇妙な静寂に映っていた。
暗幕代わりのカーテンはのぞみが感じる違和感を増大させてくれるのにも役立っている。

善は急げということで勇み足で寄ってみたはいいけど肌に会わないこの空気に
のぞみは反射的にたじろいでしまった。

「さてと。それじゃあ調べましょうか。のぞみ。」

ひかりがやる気を出して彼女にとって天敵のはずの本棚に近づいていく。
ここに来るまでこだまがこないことに終始
顔をうなだれていたが
のぞみはこだまにはもう何一つ期待していなかった。

その辺に荷物を置いてからひかりに負けないように
別の本棚の適当な本を引っ張っていく。
パラパラパラと捲って目を細めながら一通りざっと眺めると
また次の本に手を伸ばす。

無駄のないとても機械的な動作でこの場にはふさわしい動作だなと思いながら。
とにかく一心不乱に目を皿にして目的の言葉を探す。

雑学集。神話伝承。料理レシピ集。動物、植物、寄生虫図鑑、宇宙人図鑑、地底人図鑑、超能力図鑑。
はてにこだまの言うとおりちゃんとググってみることも試みた。

だけどどの手段をとってもクーライナーカがどういうものであるかは載っていなかった。本を見るたびにやる気が吸い取られていき、
そのかわりに倦怠感をプレゼントされているようだ。
思考が鈍くなり眠たくなる。
どうして自分がこのようなことをしているのかという理由が曖昧になっていく中で、
もうどうでもいいというなげやりな思いがはっきりしてくる。

それでも多少の期待を持ちながら新しい本を選び、そして間単にその期待は裏切られる。最後のページを閉じてずしりと重い本の感触が両手に感じられたときに
裏表紙の模様がのぞみをせせら笑っていた。
他人事のように沈黙を守って本を読んでいる赤の他人でさえ疎ましく思えてくる。

閉じそうな目をこすりながら本を戻すと肩を掴みほぐそうとする。
おまじない程度の効果しかないがそれでもやらないよりかはましだろう。
しかし所詮はおまじないのようでそれほど疲れは抜けなかった。

そして集中力が切れてきた。そろそろ限界がきているみたいだ。
自分では結構がんばったほうだと割り切り
それなりの満足と充実感を得ながら体を動かしながら休憩所に向かう。

休憩所は良い意味でも悪い意味でもさっぱりしていた。
椅子と自動販売機以外何もない。確かに休憩をする場所には最適だな。
のぞみは笑いながら缶コーヒーを買う。しかし暇をつぶすことはできない。
動きの少ないこの場ではあまり特筆した出来事がないから寝るか、妄想をするしかない
けどそのようなことをする気もない。

なにか携帯電話の震える音がすると思うと、
遠くで眼鏡をかけたショートヘアーの女子高生が
慌しい高校生の男性に図書館の本の貸し出し方法を慌しく伝授されているのが
目についた。気になったのはそれぐらいだった。

時間つぶしのためだけにそれらを眺めていたらひかりも休憩室に訪れた。
ひかりは大きくあくびをして頭をふらつかせながら歩いている。
目線で合図をするとひかりは顔だけはしっかりさせこっちに来た。
出会うなりひかりは首を横に振る。

どうやら状況はのぞみと同じで芳しくないらしい。
ここに来ればいけると思ったのに期待通りには行かないらしい。
探し方がいけないのか、それとも探す場所が悪いのか。
考えれば考えるほどのぞみはますますクーライナーカに対する熱意は燃え上がっていく。

「調べているうちにね。クーライナーカってさ。
大切なことはその使い方にあるのじゃないかって思い始めたの。」

休憩も兼ねて雑談していると急にひかりがクーライナーカについて話を戻した。
それまでに考えていたツンデレとデレツンの違いについては飽きたのだろうか?


「例に挙げるとすればおまじない。どうしてあのようなことをするかというのに意味はないけどこういうときにはこういうことをするってだれもが知っているじゃない。クーライナーカもそういうことに使うのかもしれないわ。」

のぞみはひかりの言葉に思わずうなずいてしまった。
ずれた脳ミソを持つひかりはたまに一味違う発想をする。
ひかりの言うことにこれほどの共感を得ることになるのは
神様さえ予想できなかっただろう。

しかしのぞみは足を組んで飲んでいたコーヒーの表面を見つめると一口飲んでみる。
ひかりの言葉に一理あるとはいうものの今は使い方さえ知ることはかなわない。
そもそもクーライナーカが物なのか者なのかものなのか、

とにかくてがかりの欠片すらつかめない状況だ。
それにクーライナーカは動物のようなものだというのぞみの願望も含まれている。

だからひかりのいうことが間違っているということを言いたくはないが
ひかりの考えているとおりになるのは歯がゆい思いがしていた。

コーヒーを飲み干す。
コーヒーのおかげなのか、自分に気合が入ってきたのかどちらかはわからないけど頭がすっきりした。ひかりが立ち上がる。

のぞみも立ち上がり互いにうなずきあった。
なんにせよ調査が続くことは間違いないだろう。
まだこの静寂に包まれていることになることものぞみは気にはならなかった。

     


図書館の特異な雰囲気が破られる時間が訪れたようだ。
二人は閉館の時間まで粘っていたけど結局クーライナーカを知ることはできなかった。
閉館を知らせる音楽が流れたときにのぞみがこれほど悔しく思ったのは
生まれて初めてかもしれない。

のぞみは子供のように顔には出さなかったけれど内心気落ちし、
もうすこしで地団駄を踏むところだった。
何の成果もあげられないままにすごすご帰るなんて
今日に図書館で費やした時間が無駄のように見えてくる。

けだるさとこの場から立ち去らなければいけない名残惜しさが
のぞみの体をさらに重くさせる。
反面足取りが軽いひかりの顔には満足感が溢れていた。

始めにのぞみの提案を渋ることなく受け入れたことから
ひかり自身クーライナーカを調べたがっていたのかもしれない。
しかしひかりは今日の成果には何も感じていないのだろうか。

「一日や二日でわかるわけないじゃない。そのほうが見つかったときのありがたみが増すってものでしょう?」

ひかりに軽く励まされのぞみは少し気が楽になる。
しかしクーライナーカを知るようになるのは
いつになるのが分からないという不安が新たに胸で暴れ始めた。

不安を抱えたままのぞみは荷物を軽くまとめると図書室から出て行く。
青かった空は時間に合わせて自分に黒い色を塗りつぶし、
のぞみに時間の経過を教えてくれる。
体で感じる寒さで季節の移り変わりにも気づいた。
吐く息が白い。周りが暗いせいでその白さが際立つ。

その白い息もやがてはこの暗闇に飲み込まれるように消えてゆく。
なんかそれを見ていることができなくなって
のぞみは深呼吸をするのをやめた。

ひかりと手をつなぐ。
それは暖かさを二人で共有したいというよりも
白い息の二の舞になりたくなかったからかもしれない。

認めたくないことだがのぞみは自分でもびっくりするほど弱気になっていた。
一寸というわけではないが五メートルほどの先しか見えない。

すこしづつ進んでいけば先の風景が現れる。
しかしどれだけ進んでも住宅しか姿を現さない。
無限に出てくるかと見間違うくらいの住宅がまっすぐな道に沿って並んでいる。

まぁしかし無限に続くものとあるはずがなく、
いつも通学に使っている十字路に到着した。
のぞみは左に曲がる。ひかりはまっすぐ行く。

つまりはこの手を離す時がきたらしい。

「明日もがんばろうね。」

ひかりとはそこで別れた。
走るひかりの後ろ姿は彼女がもう遠くまでいっているのによく映えていた。
のぞみは暗い中、街灯のにじんでいるような灯火に導かれるままに歩いていき、
交差点で立ち止まる。

くたびれたような鈍くて赤い光をだす信号を眺めていると
思考が過去というか今日の出来事に向いてしまう。
昔小学校のときによくやった反省会の名残が体に染み付いているのだろう。

朝少し早起きしたこと。
授業の七割五分は寝ていたこと。
昼休みはいつもの三人ですごしたこと。 
クーライナーカを調べると思い立ったこと。
ひかりと休憩室で話したこと。
図書館を出て行ったときにひかりと話したこと。

それはまるで小さな走馬灯。
たくさんの言葉と光景でそれが色鮮やかに蘇る。
ふと現実を振り返ると信号はまだ赤い。
一、二分と立っていないはずなのに信号はなかなか青に変わらない。

腹からふつふつと苛立ちが沸いてくる。
今日は図書館のことといい、今といい、
ぜんぜん自分の思い通りにいかない。実にもどかしい。

「クーライナーカ」

ぼそりと呟いてみる。信号が青になった。
道路が溜まっていた人で埋まる。
交差点に人と一緒に向かい風が駆け抜けた。

のぞみは人海に埋もれながら自身もその人海の一部となって交差点を渡る。
昼に呟いたときとは違って鍵を回したような
すっきりした安心感が湧き上がってきた。

なんだろう。明日は何かが起こりそうな気がする。
ちょっとした気持ちいい胸騒ぎを抱えたままのぞみは足早に家に向かった。

     

次の日はのぞみの予感どおり何かが起こっていた。
のぞみはひかりの姿に目をむくことになる。
ひかりがいつもどおりの時間に学校に登場したのも、
服装はただのセーラー服なのも変わりない。

そこまでは普通だというのに今日のひかりは両手に松葉杖を持ち、
片方の足は純白のギブスにひざまで覆われている。
足代わりのその杖をゆっくり、
そして懸命に動かしている姿とそしてなにより
なぜかその使い方が手馴れているのがさらにのぞみの心を揺さぶられた。

ひかりはのぞみに気づくと昨日と変わらない笑いを浮かべる。
その様子がのぞみを激しく動揺させ、喋れないほどにまでさせた。
のどが震えるだけで、声が出ない。
目だけをひかりに向けてあとは手も足も錆付いたように上手く動かせなかった。

「ちょっと階段から落ちちゃって。私どじだから。明かりをつけずに降りようとしたのがまずかったのね。こんどは気をつけようと思ったのにまた同じどじ踏んじゃった。」

決まりが悪そうに髪の毛をいじる。
ひかりはどじな自分をのぞみが呆れているのかと誤解しているらしい。
のぞみはその言い方からひかりは自分の怪我に全然気にしていないのは理解した。

しかしのぞみ自身はそんな簡単な説明で納得できるほど
このような事態に慣れているわけではない。
それにひかりが今言ったことに見過ごせないことがあった。

「『こんどは気をつけよう』って前にもこんなことがあったの」

「うん。ちょうど一年前だったかな。
でもね私がけがしたからこだまと仲良くなれたんだよ。
けがをして上手く歩けない私の世話をこだまがしてくれたんだ。
これって所謂けがの功名。」

ひかりは声のトーンを落として、周りを伺いながら喋る。
自分のどじを説明するのはいくら鈍いひかりとはいえ抵抗があるのだろう。
のぞみはそのようなことに気をかけている心の余裕はなかった。

ひかりの姿が激変したことに対する動揺はなんとか収まった。
そしてふとあの言葉がやってきた。
考えてみればそれが事の発端ではないのか?

昨日にけがをしたひかり。
昨日から意味を探し求めたとある言葉。

その奇妙な一致に目をつけることはただのばかばかしい考えに過ぎない。
では……………それならなぜまず先にそのことが頭をよぎったのだろう。

その疑問がぴったりくっついて離れなく、
のぞみは昨日の夜に何かあったか記憶を急いで巻き戻してみた。
そして何一つ見つけられないから余計に気持ち悪い。

軽いめまいがのぞみを襲い、耐えられなくなりひかりの隣に座る。
自分の席ではないけれど歩く気力がなかった。

息をついて、冷静さを無理やり取り戻して、
ふと見ると遠くから扉越しにこだまがのぞきこんでいたから
取り戻した落ち着きを失ってしまった。

鼓動が跳ね上がる。血液の流れが体中から感じる。
頭が火照るように熱く、目は閉じることを忘れていた。
そして目線をそらすこともできなかった。

やめてほしい。もうこれ以上追い詰めないで欲しい。
のぞみはこだまに叫びたかった。でもできなかった。
こだまは何か喋っているからだ。

遠くだったからのぞみにはよく聞こえなかったけど唇の動きがよく分かった。
なんと言っているのかなんて考えたくない。
知ってしまうと自分の疑念が確信に一転しそうで怖かった。

「ところでさ。今日も調べに図書館行く?のぞみ。」

ひかりが笑って尋ねてくる。いつものような人を憎んでいない無垢で無邪気な笑みだ。
のぞみはただ引きつった笑いを返すしかできなかった。

       

表紙

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Neetsha