Neetel Inside 文芸新都
表紙

クーライナーカ
『三』

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夜の学校に訪れたとしたら……

● 鏡を見てはいけない。映るのは自分の顔ではないから。
● 忘れ物を取りに来てはいけない。自分が忘れ者になるから。
● 階段の数を数えてはいけない。その数を知ることはできないから。
● 携帯電話に応じてはいけない。電話主は近くにいるから。
● 廊下で振り返ってはいけない。振り向いた先には何もないから。
● 屋上から下を覗き込んではいけない。引きずられるから。
● 七つ目を知ってはいけない。学校から出られなくなるから。



「だめね。没。」

そういってつばめは手品のような手馴れた手つきでその紙を折りたたむ。
あっという間に紙飛行機になったそれはつばめの手を離れ見事にゴミ箱の中に着陸した。
そして三日を通して調べたこまちの努力は泡になって消えた。

放課後に行われる部活動の威勢のいい掛け声も、
この生徒会室にまでは届かない。
位置関係からしても届かないのは明白だが
窓を完全に閉めているのも理由の一つである。
しかもその窓はカーテンで隠され室内灯だけではどことなく薄暗い。

おまけに天井と同じぐらいの高さを持つ本棚の中には
過去の資料の他に何に使うのか良く分からない実験器具が
お手製のショーウィンドウのなかに鎮座されている。
ちなみにそれらはつばめの趣味である。
触ると殺される。

床には鮮やかなワインレッドのカーペットが敷き詰められていて
なかなかセンスがいいものなのだが
こう薄暗いとその色がどす黒い赤に見える。

会長専用机に設置されているパソコンは真っ黒なスクリーンセイバーを
映しているしかなく、その姿はどことなく退屈そうにしていた。

明るさだけではなく雰囲気も暗いこの部屋はどちらかというと
秘密結社という方が正しいかもしれないが
ここは本当に生徒会室だ。

その中でつばめは腕を組み、両目を閉じて不機嫌そうにうなだれる。
子供のように生徒会長専用の回転いすを回しながらこまちに背中を向けた。

「つばめ先輩。三つほど聞いてもいいですか?」

語りかけたくないのが本音だがそれでは始まらない。
こまちはおずおずと口を開いた。
つばめはゆっくりと振り返り目を片方だけ開いてこまちをみる。
その目は言ってみろと十分に語りかけていた。

「この七不思議は学校に結構古くから伝わる話でそれにけちをつけるのはどうかと…」

「だって面白くないじゃない。はじめにさ、
夜の学校にどうやって入るわけ?
入るのも困難なのに誰がその七不思議に書いてあるような体験をしたというの?

十歩譲って入ることができたとしましょう。
屋上、階段、鏡、廊下、どれも学校以外の場所にもあるものじゃない。
保健室とか、音楽室とか学校ならではって場所があるでしょ?

百歩譲ってそのような場所に怪奇がないとして、
七つ目を知ってはいけないって何?
そんな記述で七不思議の恐ろしさをあげたつもり?
私はちゃんと七つ耳をそろえて調べてきなさいって言ったわよ。
それを最後にこんな記述で濁すわけ?

結論を言います。千歩譲ってもこれを七不思議と認めたくないわ。
それを理解したうえで次の質問を述べてください。」

こまちはなんか袈裟切りをされた気分だった。
うんともすんとも言えず、
もう少しつばめの言葉攻めを受け続けていたら
次に聞こうと思っていたことを忘れそうになっていただろう。

「そっ…それでですね、どうして七不思議を調べるつもりになったのです?
別になくてもいいじゃないですか。」

その言葉に過敏に反応したつばめがこまちをにらみつけた。
並大抵の小動物ならそれだけで尻尾を巻いて逃げ出してしまいそうな眼光だった。
こまちは言ったことをすぐに後悔した。

「学校に七不思議がなくていいと思って?
七不思議のない学校なんて牛肉のない牛丼と同値。
いやそれ以下よ。

うかつだったわ。
予算案決議とか代表委員会とかに気をとられていて忘れていたのなんて
失態にもほどがあるわ。

それをあなたは今要らないと発言したわね。
そんなことでこの学校の生徒との自覚を持っているの?」

「わっ…わかりました。さっきは失言でした。どうもすいません。」

「それで、最後の質問は何?」

こまちは最後の質問をいうべきかどうか迷っていた。
しかし今更口をつぐんでいたらつばめの機嫌が余計に悪化する。
スカートの裾を握り覚悟を決めた。

「どうして生徒会が七不思議を考えなくてはいけないのですか?」

「何?こまちは知らなかったの。」

机を勢いよく叩くとそばにあった湯のみがかすかに揺れる。
その手から四方八方に衝撃波を飛ばしているようで
こまちはカーテンが揺れていたのを確かに見た。

その目は怖いものを知らないで輝いている。
不敵な笑みを浮かべてつばめは高らかと宣言した。

「最近暇だからよ。」

その一言がとどめになってこまちは頭をがっくりと落とし、
ため息をする気力さえ綺麗さっぱり流された。

「とにかく、このままではつまらないわ。こまち。
明日までに改変してきてきなさい。
これは会長命令よ。」

つばめはとどめの一言を容赦なく放つ。
こまちはここを離れるまで
重くて湿ったような周りの空気が取りまいて離れなかった。

     




こまちが通う学校は進学校としては
ありふれた実績と知名度を保っている。
地元では結構有名でこまちもここに入学できたことを少なからず誇りに思っていた。

その歴史は思ったよりも古く遡ると戦前にまで突入する。
どうやら当時の実業家が自らの事業を一発当てて築いた財産で
立てた学校らしい。

元はその実業家の企業に就職する者を育成する
ための学校だったが、戦後は進学校としての方針を固めていったようだ。
これは全てこまちが七不思議を調べている途中で見つけた情報である。

それによるとこまちがリストアップしてつばめに見せた七不思議は
戦後の進学校としての地位が安定し始めた頃に一つ一つできあがっていたものらしい。

やはり落ち着いて心の余裕ができたらそのような娯楽に目が向くのが
人の性なのだろう。

山積みの本と一緒にかび臭いページを一枚一枚めくりながら
こまちの頭の中に今の生徒会長の顔が思い浮かんだ。

扉が開く音がする。
それはとても小さくて気を抜くと聞き逃してしまいそうだったが、
ここではどんな音でも遠くまで響き渡るある意味不思議な場所だ。

わずかに顔を上げると入ってきたのは図書室の司書だった。
眠そうな目をこすりながら背筋を曲げ、ポケットに手を突っ込みながら、
ぼさぼさの髪の毛を直そうともせずに
こまちのいる方へトボトボと歩いている。

白衣に覆われていても華奢な体つきなのが目に見えて分かった。
司書はこまちを見つけるとわずかに首をかしげ
また眠そうに欠伸をしながら奥へと進んでいった。
こまちは何事もなかったようにまた本を読み進める。

静寂があたりを覆いつくしていた。
ページをめくる音がいつもより大きく聞こえるくらいに。

部屋の空気が雪のようにしんと床に薄く積もっている。
本が痛むのを防ぐためだろうか?
窓から差し込む光は暗幕で完全に阻止されている。

図書室は生徒会室とはこれまたちがった薄暗さとなっていた。

一年生は学校に入学した喜びでテンションが上がっているから
こんな辛気臭い場所には寄り付かない。

二年生は中だるみで勉強のべの字も頭に残っていないから
ここには寄り付かない。

三年生は学校ではなく予備校で勉強をするから
ここに来るという考えも頭にないだろう。

というわけでこの図書室は順調に過疎化が進んでいる。
人口は零というほどではないがここにいる人間は寝ているか、
雑談にほうけているかのどちらかだった。

ここで本を読んでいるこまちが逆に珍しい存在となっている。
さきほど司書が見せた反応もおそらくそのようなものだろう。
こまちだってつばめに命令されなければこのような場所には足を運ばない。
しかしこの作業にうんざりしているわけではない。
いやいややってはいることだが投げ出そうという考えがなぜか微塵もないのだ。

「結局暇なんだよね。」

指で文字を追いながらこまちはついつぶやいてしまった。
そう。全てはそこに尽きるのである。

つばめが最近暇と言ったのはあながち間違いではない。
今年度の予算案決議とか、代表委員会とか、
その他もろもろのことをすでに成し遂げている。

彼女はいい加減に見えてやることはやるのである。しかも人並み以上に。

その実力は計り知れていなく、
生徒会がどうしてつばめとこまちの二人しかいないのは
つばめのおかげでもあり、つばめのせいでもある。
彼女曰く、

「忙しくなったら人員を募るわ。」

とのことらしい。
こまちはそのような事態になることはおそらくないだろうことを
うすうす感づいている。

そして生徒会は今日も暇である。
どうでもいい七不思議を考えているのがいい証拠だ。

このような生徒会でいいのだろうかとたまに不満や心配に思うことはある。
型破りな生徒会でつばめのきまぐれのなすがままにしてもいいのだろうか。
しかしそのような不満をいつも消してきたのはそのつばめなことも確かだ。

「まぁ暇なのはいいことだよね。たぶん。」

これがこまちの本音だった。
帰って家でごろごろしているよりこう図書室で調べ物をしているほうが
よほど生産的で学生らしい行動をしている。

自分では無駄なことと思っていても、後々になって役に立つのかもしれない。
だから肩の力を抜いてすこしは楽観的に考えておこう。
つばめの下でこき使われて始めに習ったことだった。

一つ本を読み終えて右に移す。
腕には軽い痺れが残った。

「でもね。この状況は何とかならないのかしら。」

一つ本を読み終えた達成感の後に横を見ると
同じぐらいの厚さの本が何冊も積まれている。
こまちはそれをみると胃袋の中に重たいものを詰められた気分になる。

油もの食べた後に感じる胃もたれよりも数段ひどい。
理由は分かっている。
こうして暇はつぶれているがこの作業は退屈だ。

大体今読んでいる本はこの前に七不思議を調べるために
読んだ本ばかりのものである。

つばめの欲求はこれを読んだところで満たすことはできないことは
火を見るより明らかだ。
また何か思いつくことを期待して目を通しているが
こう簡単に物事が進んだら苦労はしない。

理由が分かっているのに解決策が思いつかないでいると
なんだか神経が磨耗してくたびれてしまう。

肩を掴み、腕を回す。体の中で微妙な疲れが渦巻くだけで体の外には流れ出さない。
無理やりにでもだそうともっと大きく腕を回す。
どちらかというとやけになっているのだろう。

そのときにこまちの腕が本の山をすこし小突いた。
本はその衝撃に従ってその山を崩し床に落ちていく。
こまちはどうなるかをただ見ているだけで何も反応できず、
口を開けたまま散らばった本を見てやっとその状況を理解できた。

のろのろと鈍い動きではいつくばって床にばら撒かれた
本を一つ掴むと机の上に積み重ねる。
漬物石のような重たさが両手にのせられるたびに
体中の間接がギシギシいっていた。

目に見える場所にあった本を全部片付けて、
こまちは腰を回しながらとても上品とはいえない方法で椅子に腰掛ける。

なんだか疲れをほぐそうとした行為がもとで余計に疲れた。
本末転倒とはこのことだろう。

これでまた積み上げられた本の山は六つ。
こまちは崩す前は七つあったのを確かに覚えている。

もう一度立ち上がり最後のひとつを探そうとする前に
誰かがそれを目の前に差し出した。

こまちが両手を使わないと持てないその本を片手で持っている。
こまちにはそれがすごく頼もしく思えた。

両手で受け取ってお礼を言おうと顔を上げる。
その人はこまちよりも、そこらにいる男子よりも大きい身長なのに
恐怖感は微塵も感じられない。

やさしさを帯びた二つの目にバランスのいい鼻がつけられている。
見本どおりに背広を着こなし姿勢もきちんとしているのも素敵だ。
薄く開いた口には真っ白な歯が行儀よく並んでいた。

さきほどの司書とは打って変わった光がさしている。
彼の動作一つ一つが滑らかで美しかった。

こまちはその人を知っている。少し胸があつくなる。
こう一対一でこられたことはなかったからだ。

「こんにちは。谷川先生。」

ひざとスカートについたほこりをはたき落としながら
こまちは図書室の許容範囲内の声量であいさつした。

「やぁこんにちは。どうしたんだい?今日は幾分と困ったような表情をしているね。」

谷川の声は低いなりにしっかりとしている。
教師としての責任感というか、心の持ちようか、
とにかくそのようなものに谷川自身のまろやかな人当たりも含まれている。

聞いているこまちも落ち着きを取り戻したようだ。
胸の火照りもいつの間にか冷めている。

谷川はこまちが入学するときとちょうど同じぐらいにこの学校に赴任してきた。
こまちが生徒一年生なら谷川は教師一年生といったところだ。

しかし右も左も分からない生徒の一年生諸君に比べて
谷川は実地経験の不足を自らの才能で埋め合わせていた。
事実谷川は生徒からはかなりの信頼を集めている。

これも彼が生徒との年齢が近いということもあるし、何より生徒と対等の立場で接していることが一番の理由だった。
こまち自身、他人に話しにくい内容でも谷川になら話すことができる。

だからこまちは生徒会室でつばめとのやりとりの一部始終を谷川に聞かせた。
このようなばからしい内容も
谷川なら親身になって聞いてくれると信じているからだ。

「あはは。彼女らしい考えだな。
彼女にしては七不思議を作ることも、予算案を決算することも
同じことなのだろうね。」

「本当に笑い事です。でも私にしては笑い事ではないです。
どうにかして改変しなくてはいけないのですが
つばめ先輩が満足する七不思議を考えるとなると
やはり一から作り返さなくてはいけないのです。」

こまちがいうようにおそらく手段はそれしかないだろう。
しかし調べることでも三日の日数を費やしているのに
創作となるとその十倍ぐらいはかかってしまうかもしれない。

つばめはそこまで気が長くない。
というより誰でもそこまで気が長くない。

そう考えてみると八方塞でにっちもさっちもいってないではないか。

「ちょ。自分で言って気づかなかったけどこれはかなりやばい状況だったのですね。」

思考が鈍くなっていたうえにこまち自身の楽観的な思考が重なっていたから
気づかなかったが
今更ながらその現実を理解してこまちは顔面が蒼白になった。

よく考えたらつばめがこまちに課す仕事は
いずれも困難なものしかなかった。
そして今回はそれを簡単に超えた不可能なものになっている。

つばめがもし明日までにできないと知ったら……
こまちの頭に一瞬だけ血みどろ池に浮いている自分がよぎった。

谷川は真っ青になって固まっているこまちの顔を見て
納得したかのように軽くうなずいた。

「よかったら僕もすこしだけ手伝わせてもらってもいいかな。」

こまちの中にはそのような頼みを拒絶する理由がどこにもなかった。
捨てる神がいれば拾う神もいるということだろう。
とにかく今は選択肢がなかった。

「そんな。お願い事をする覚えはありますが、
される覚えはないですよ。お願いします。
七不思議を作るのを手伝ってください。」

ここを図書館であることを忘れて両手で机を叩き立ち上がって頭を下げる。
大げさのように見えるが本人はかなり必死である。

こまちの勢いに少し困惑したように谷川は両手を突き出して苦笑いをした。

「いやいや個人的な興味心だからね。そう感謝されると照れるな。
まぁとりあえずそうだね。僕の母校で広まっていた七不思議なら彼女も満足するだろうね。」
そういって谷川は背広の内ポケットから手帳を取り出し、
自分の頭に残る七不思議を書き始めた。

     




 つばめは生徒会室で自分が捨てた紙飛行機を紙になおしていた。
表に書かれている文字をじっと見る。

女子特有の丸っこい文字に目を通して。
その目は真剣そのもので鋭すぎる眼光で紙をにらみつけている。
些細なことも見過ごさないような彼女の本気のまなざしだった。

一文字一文字眺め、最後の行まで読み通す。
初めに見たときよりも数倍時間をかけていた。
そしてふっと女の子らしかぬ高飛車な表情を顔全体で表す。

「汚い字。」

そして今度はそれを折鶴にするとまたゴミ箱に投げ捨てた。




 今日はなぜか図書館に多く人が来るようだ。
しかし読書目当てではないのはいつものことだ。

こまちと谷川の様子を遠くから眺めている生徒もその類に入る。
その生徒の目的は人探しにある。
入り口あたりでざっとあたりを見渡して
司書と目が会ったから軽く会釈をした。

司書は気づかなかったのか頭をかきむしりながら奥へと消えていく。
その生徒は探し人がここにいるのを確信している。
放課後のこの時間はいつもここにいるのを知っているからだ。

そして自分の読みどおり、探し人を見つけることができた。

「谷川先生。」

それは遠くまで響き渡るような鮮明な声だった。
声量は少ないのに図書室全域に届いただろう。
初めに言わなかったがその生徒は綺麗な人だった。

胸もとのリボンの色から判断すると一年のこまちより上級生のはずだ。
その人は額縁に収まっているような静けさを携えている。
彼女の周りでは何もかもがとまって見える。

ちょっと細めの瞳も固い意志を持っているようで
その人にはむしろ似合っていた。
腰にまで伸びている長く黒い髪もまっすぐ垂れ下がっていてその人のためにあるようだ。

お姉様という感じだろうか。
男性なら二人に一人は振り向くであろう雰囲気を持っていた。
図書室の入り口付近でじっとりとした視線でこっちをながめている。

そこから動こうとはしない。
こまちと谷川に近づくのを渋っているというより
もともとその場には興味がなさそうだった。

谷川はその生徒を見ると一瞬だけ目を細めたが
すぐにまたさわやかな顔つきに戻る。
こまちはその変化には気づいていなかった。

「今日はこの辺で失礼させてもらうよ。さようなら。
僕の七不思議が会長のお気に入りになることを祈っておくよ。」

谷川は立ち上がるとその上級生へと近寄っていった。
その上級生は谷川の顔を一瞥すると
谷川を従えるかのように静かに出て行った。

最後までその表情は変わることなく、ただ一言発しただけだ。
そのままの印象どおりであそこまで見た目と中身が
一致している人はかなり見かけない。

谷川が消えた後こまちはちょっと残念な気持ちと緊張がほぐれ
ほっとした気持ちを入り混じらせながら、

残りの七不思議の創作に一人で取り掛かった。
谷川にさよならの挨拶をし忘れたことを後になって気づいた。





もしも夜の学校に訪れるとしたら

● 靴箱を開けてはいけない。よく分からないものが入っているから。
● 放送室に足を踏み入れてはいけない。狂った曲を聴かされるから。
● 理科室を通ってはいけない。実験台にされるから。
● 保健室に入ってはいけない。いつもより治療が痛いから。
● 音楽室を覘いてはいけない。ピアノが鳴り響いてあなたの耳に残るから。
● 職員室を訪れてはいけない。全ての電話があなたを待っているから。
● 図書室には近づいてはいけない。図書室から出られなくなるから。


「うん。いいじゃない。こんなものね。」

こまちは改心の出来に判子を押す代わりに片手で軽くはじく。
乾いて一瞬しか聞こえなかった音だったが
こまちの耳にはしっかりと残った。

学校が終わって放課後の教室。
帰る生徒で慌しい空気が充満しているなかで
こまちは自作の七不思議を書いた紙切れを手にしていた。

まじまじとそれを嘗め回すようにみて邪な笑みがこぼれる。
これでつばめをたまには驚かせることができるとでも考えているのだろう。

こうやって一日で完成できたのも七つのうちの三つぐらいは
谷川が手伝ってくれたおかげである。

今はどこにいるか分からないその救世主に
こまちは感謝しつくして教室を出る。
向かう先は一つしかない。

こんなにも足取りが軽い日は初めてであって
その瞬間を少しでも味わっていたかった。

こまちの目にはこまちの調べた七不思議に驚愕するつばめの顔と
その後に出るほめ言葉がありありと思い浮かんでいる。




「まぁよく推敲してきたわね。
正直逃げ出すかと思っていたから捕まえる準備をしていたのに。」

いつもより少し高い声を出してつばめが歓喜の声を上げる。
そういわれたらこまちは少し照れくさそうに顔をにやけるだろう。
自分の努力がこう報われるのはかなりいい気分だ。
それはひさびさに味わった高揚感であることは間違いないだろう。

「そんなことないですよ。
それにこれはありきたりすぎてすこしつまらない気もしますし……」

「何言っているの。」

つばめが立ち上がりカーテンを開く。
生徒会室ではめったに差し込まない太陽の光が真正面からやってきて
こまちは手を顔の前にかざす。

「ありきたり?もう飽きた?結構よ。
王道こそが万人の楽しめる基準であり道しるべ。
最後にたどり着くのはここなのよ。」

窓の前で立ちながらつばめは手を大きく広げる。
こまちには逆光で黒い影のように見えたが目の前のつばめは圧倒的な存在感だった。

「とくに最後の七つ目があたしのお気に入りね。
出られないといわれると背筋がぞくぞくするわ。
分かっているのに行ってみたくなるこの背徳感がたまらないわね。」

「言っておきますがこれはフィクションですよ。本気にしないでください。」

つばめは口を尖らせて少しすねたような顔をする。
頭の中では分かっているがつばめの中にある
子供っぽいところがつばめを急かしているのだろう。
おそらく七不思議を調べることにいたった事の発端もそこにありそうだ。

「それくらい分かっているわ。それにしてもよくここまで考えたわね。
これくらいできるならもっと仕事を増やしてもいいかしら?
ねぇこまち?聞いているの?」



我に返ったこまちは自分が生徒会室の扉の前まで来ていることに気づいた。
妄想で上の空でも本能的にここまで来ることができたようだ。
喜んでいいのやら悲しんでいいのやら分からないが
今はつばめにこれを届けるほうが先決だ。

扉を開けようとする。
しかしこまちは扉を開けることはできなかった。
こまちがノブを回す前に勝手に扉が開きそして中から誰かが顔を出した。

「つばめ先輩?」

呼んでもつばめは答えなかった。
なぜならその人はつばめではなかったからだ。

まず性別からして違う。
丸くて分厚い黒ぶちの正統的なメガネをかけて、
制服を第一ボタンまでしっかりと締めている。
体つきも平凡だがそれにあわせて髪型もさっぱりしている。

手には分厚い紙束を抱え、
こまちと目を合わせても落ち着き払って素の自分を見せていた。

自分から言わなくても秀才だと他人に教えているような格好だ。
つばめの格好とは何から何まで違っていた。

「誰ですか?」

その人を前にしてこまちはつい肩をこわばらせる。
つばめとこまち以外にここまで来る生徒が今までいないから
どう対応していいか思いつかない。
こまちが先にしゃべる前にその男性は信じられない言葉を発した。

「生徒会長だけど?どうしたの?」

確かにその人の格好は生徒会にお似合いだ。
その言葉をこまちは信じられるはずがない。
簡単に飲み込めるわけがない。
この人が嘘を言っていることは間違いない。

しかしこの人があまりにも当然であるように言う。
そして扉の隙間からかすかに見える生徒会の机には誰も座っていなかった。

「あっ。いや。何でもないです。失礼しました。」

こまちはこの人の嘘を見破る前に自分が嘘をついてしまった。
逃げるようにその場から離れる。実際こまちは逃げている。

廊下を右に左にふらつきながら歩いて我慢ができなくて
全力で駆け出した。遠くで谷川が見ている。
こまちはそれ気づけなかった。

この前の大雨でまだぬかるみがひどいのもかかわらず、
校庭では野球部とかサッカー部とかが大声を出しながら青春している。

こまちも同じぐらい汗を流していた。
ただしこまちが流しているのは冷や汗である。
木の幹に寄りかかりながらあえぐように息をしてその場にうずくまった。

「どうなっているの?」

誰かが答える代わりに携帯が鳴り響く。
それはつばめからだ。送信日時は昨日の夜。

そのメールが今頃になって届いたのに疑問を示す前にそのメールを開いてみる。
こまちはとりあえずつばめがいないということはなくてほっとした。

もしかしたら生徒会室前で会ったさっきの人も代理なのかもしれない。
メールは簡潔でたった二行だった。しかしこまちを困惑させるには事足りていた。


   七つ目はクーライナーカが知っている。
   偽者には要注意しなさい。

部活の掛け声もこまちには届かない。
ただ携帯の液晶に取り込まれるかのごとくじっと見入っていた。

       

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Neetsha