Neetel Inside 文芸新都
表紙

怠慢な粗粒子
Best Management...?

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「また、ラバーを変えたの?」
 驚く僕を、何がそんなに自慢げなのかと突っ込みたくなるくらいに満面にニヤけながら、斉藤は頷いた。
「メルルモデル。凄いだろ?」
「メルルモデルって、あのメルルモデル?」
「あのメルルモデル」
 ああ、成る程、自慢げなわけだ。
 メルルモデルと言えば、あの見るからにハイスペックを要求しそうな、よっぽど自分のマシンのスペックに自身が無くちゃ使おうとも思えないような一級品だ。僕自身は、メルルモデルには興味は無かったが、その周りの評価からして、それが簡単に手に入るとは、思えなかった。
「それがさ、意外とすんなりと手に入った。何だっけ、諺であるだろ? 凄そうに見えて実は大したこと無かった、ってのを表すの。えっと……まぁいいや、とにかく、それだった」
「使い心地としては、どうだったのさ?」
「言わずもがな、スキンは完璧。誰に見せても恥ずかしくないな。カスタマイズすれば、もっと良くなるんじゃないか?」
「ふーん……リソース消費とかは? 処理速度とかはどうなの?」
「……諺でさ」
「うん」
「凄そうに見えて実は大したこと無かった、っての表すのあったじゃん? 何だっけ?」
 ああ。
 大したこと、無かったんだ。
「リソースは前の奴の一.五倍くらいの消費。処理速度は、確かに速いと言えば速いけど、コストに見合った速度じゃない」
「駄目ラバーじゃん」
「スキンが良かったら、何か内容も良いって勘違いしたりするだろ?」
「スキンでラバーを選び過ぎだよ。あと変えすぎ。何で一つのラバーを大切に使おうとしないのさ?」
「その、大切にすべき一つのラバーと出会う為に、選りすぐっているんじゃないか。始めに取ったラバーをぶっ壊れるまで使うのは、ナンセンスだと思うぜ。後になって『ああ、もしかしてもっと良いラバーがあったんじゃないか?』って考え始めるのは、自明の理だ」
 間違ってはいないが、その主張に理解の意を示すのは、どうしても避けたかった。それは、意地のようなものに近い。
「節操が無いね」
 それまで、黙々とミートボールを突付いては口に運ぶ作業に没頭していた芹沢が、くっちゃくっちゃと加工肉を租借しながら演説を始めた。
「もう少し、ラバーは慎重に選ぶべきだ。今後のマシーナリーとしての方向性を選ぶことと同じようなものだよ? 自分に合った、自分の理想のラバーを見つけるまでは、ラバーの使用は控えるべきだと僕は思うね」
「理想のラバーって何だよ?」
「リソースの消費が少ない。自分の志向性に合う専用アプリケーションの付属。アプリ制限が緩慢性。処理速度の飛躍的な向上。そして低コスト」
「お前さぁ……」
 斉藤が、頭を抱える。あっ、これ心底呆れてる時の仕草だ。
「お前、どんだけハイスペックなマシン持ってるわけ?」
「それほど、ハイスペックではないよ。ごく普通か、それ以下かな?」
「ダホが! そんな都合の良いラバーが、そんなオンボロスペックのマシンにインストールした所で、まともに動くわきゃねぇだろ!」
「だからそこもガリガリ動くようなのが、理想のラバーってもんじゃないか」
「あるか、そんなもん」
 箸を、ピッ! っと芹沢に向ける。芹沢が、鬱陶しそうに箸を払った。

 ラバーとは、コンピュータの機能・リソース・ケア等の管理を行う、マネージャのようなものである。
 とはいえ、マネージャそのものではなかった。インストールすることで反映される独特のスキン、専用のアプリケーション、マネージャそのものが使用するリソース、使用するアプリケーションの制限等、その機能は、マネージャというよりはOSに近いものがある。
 ただ、OSではない。飽くまでOSに認識させるマネージャの一つ、である。マシン自体のスペックと、OSのバージョンによって、多種多様の働きを見せるのが、ラバーの特性の一つだ。

「大体お前、さ」
 チェリーの色のついた玉子焼きを頬張りながら、斉藤が箸をタクトのように振る。
「そんだけ高性能なラバーを要求してる以上、当然自分はラバーの扱いに長けてるんだろうな?」
「勿論。ラバーのことは、細部まで研究してるつもりだよ」
「どうやって?」
「専用の雑誌見たり、専用のサイト回ったりしてかな? 現存のラバーの性能とか相性の差異は、全部データとして脳内に保管してある。あ、最近はシミュレータなんかも使ってるな」
「実際にラバーを使ったことは?」
「デフォルトのラバー。理想のラバーが中々無くてさ」
「馬ぁっ鹿じゃねぇーの?」
 心底、馬鹿にしていた。人間に存在する、怒髪という怒髪を天に向かせるためとしか思えない、心底馬鹿にした物言いだった。
「阿呆。アホ。ダァホ。ダホマ」
 あ、芹沢キレる。
「ふざけんなよ斉藤!」
 キレた。
「『ふじゃっけんなよぅさいとー!』……はっはん。ふざけんな、はこっちだ馬鹿」
 あれ、斉藤もキレてる。
「お前、ラバーを馬鹿にし過ぎ。雑誌? サイト? シミュレータ? ははん、そんなもんでラバーの扱いに慣れれんなら、俺だってとっくにそっち関係漁ってるわな」
「慣れるための物じゃないか」
「マニュアル馬鹿っつーんだ、そーゆーのは。この世に存在しないラバーのちんちくりんのシミュレータ。ただの統計の寄せ集めでしかないサイトや雑誌の特集。そんなもんどんだけ目ん玉で齧ったって、ラバーの扱いなんか上手くなりゃしねーよ」
「斉藤の言う事が全部正しいとは言わないけど、確かにラバーは、実際に触ってみないとわからないものも、沢山あると思うよ」
 僕と斉藤に押されて、芹沢は口篭った。
「いいか斉藤。ピュアソウル斉藤」
「変なあだ名つけるなよ」
「聞けピュアソウル。ラバーとはな……いいか、ラバーとはな」
 二回言った。
「キメ細やかなんだよ。精密機械なんだ。一見同じようなラバーでも、実際に使ってみりゃ雲泥の差があった、なんてこともあるもんだ。それは俺が実際に経験済みだ、間違い無い」
 あっ、ええっと……そうだ、二十四番目と二十五番目のラバーのことだ。
「雑誌? シミュレータ? そんなもんアテにする方が間違ってんだよ。言ってみろピュ藤! ラバーは世界に何個だ!」
 ……ピュ藤?
「……世界に、一個」
「ベネッ!いいセンスだ!」

 その通りだ。
 この世に、同じ形式のラバーは、ただの一つとして存在しない。
 類似するラバーは幾つもあるが、全く同じのラバーは、無いのだ。

 ラバーは、一人のフリープログラマーが開発したものだった。「ラバー」という名前も、そのプログラマーのハンドルネームから取っている。
 PGラバーは、最初に作ったラバーを、自分専用ラバーとして使っていた。ラバーの存在を知った世界中のプログラマー達は、ソースコードの公開をPGラバーに要求したが、PGラバーはそれを拒否。そのやり取りは、三年以上に亘って行われることになる。
 ある日、遂に痺れを切らした一人のプログラマーが、PGラバーの自宅へ侵入し、ソースコードの窃盗を試みた。が、それは失敗に終わる。
 ソースのサイズが、膨大過ぎたのだ。
 予め用意していたメディア・ハードディスク等々すべてを用いても、その膨大な量のソースコードすべてを複製することは、不可能だった。PGラバーは、たった一つのラバーの為に、ストレージを丸々一台使用していたのだ。
 結局、約15TBにまで及ぶソースコードのうち、たったの350GBを複製した窃盗犯は、その後ウェブサイトでこれを公開するが、程なくして御用、となった。
 それでも、世界中のプログラマーは衝撃を受けた。
 15TBのうちの、たったの350GBでしかない。だが、それだけでも十分、ルーティーンの癖や法則性は、掴めた。
 だがいかんせん、完全なラバーを作り上げるには、どうしても環境に不備がある。元々15TBという爆発的なサイズだったラバーは、無理やり200GB程度にまで圧縮され、結果として、劣化版ラバーが公開されることになるわけだが、性能はまちまち。どっちつかず。OSとの相性に四苦八苦。だが、「その癖が良い」と、マシーナリーからは好評だった。
 さて。
 問題になっている「同じラバーは無い」説なのだが、これにも一応理由はある。
 単純に、ソースコードのコピーが出来ないのだ。
 どうやらPGラバーの開発環境は、通常とは異なっているらしく、ソースが、どストライクで環境に依存していたのだ。玄人向けだとかそういうレベルではなく、真の意味で「1」から作り上げたものらしい。
 しかも意地の悪いことに、窃盗されたソースコード「そのもの」にも特殊な言語が使用されており、これが何とも意地の悪いことに、「コピー自体は可能だが、どこかしらが必ず改変される」というトラップが仕掛けられてあったのだ。
 かくして今現在、このPGラバーが世界中に散りばめたトラップの解読に、プログラマー達は躍起になって取り組んでいるのだが、今のところ、目を見張る成果は上げられていない。

「って、雑誌に書いてあった」
「読んでるんじゃないか」
 斉藤の意外な博識の様に驚きながらも、芹沢が食って掛かる。
「マニュアルを読まない、とは言ってないだろ。ただ、実際に触ることも大事だ、っつってんだよ。なぁ桜庭?」
「えっ? さぁ……」
「……桜庭ってさぁ」
 いつのまにか二人の食事は終わっていたらしく、斉藤と芹沢が、僕を見た。斉藤の弁当箱には、まだチェリーが残っている。斉藤がチェリーを食べられないことを知っていて尚、弁当にチェリーを投入する母親も、中々に意地が悪い。
「何でそこまで、ラバーに興味が無いわけ?」
「んー……別に、無くて困るわけでもないだろうし」
 そう、ラバーは確かにその汎用性・機能性共に、目を見張るものがある。ラバー一つあれば、「今日初めてコンピュータに触れます」という人にも、努力次第ではすぐにでもプログラムを一つ組み上げられると評価しても過言ではない。それほど、ラバーはオブジェクト指向に特化している。電波の原理を知らない一般人が、リモートコントロールを使用してテレビのチャンネルを自由自在に変更出来ることと同じだ。
 ……電波の原理を知っている僕は、リモコンを使う必要が無い。
「はぁん、流石に優等生は言うことが違いますなぁ」
「桜庭くらい知識があれば、ラバーの選別だってもっと細かいレベルで行われるだろうからね。僕以上に、一つのラバーに絞ることなんか出来ないんじゃないかな?」
「知識馬鹿なんだから、少しのラバーの不備くらい許容してやれよ」
「それじゃ本末転倒じゃないか」
「必要が無いから使わない。それだけだよ」
 芹沢ほどでは無いにしろ、ラバー関係の知識を漁ったりもするし、また斉藤ほどでは無いにしろ、それなりにラバーに触れる機会もあった。ただ、現存するラバーのどれかを、自分専用のラバーにして、自分専用のコンピュータに入れたいとは、思わなかった。
 飽くまでマネージャとして、間接的にコンピュータの操作を行うラバーのその働きは、正直言って、僕が直接働きかけた方が早いものもある。それに僕のコンピュータとて、プリインストールの塊であるそんじょそこらの物とは違い、一からすべて自分で組み立てたものである。故に、勝手知ったるとは言わないまでも、痒い所にまで手が届く自分専用のコンピュータを作り上げたつもりだ。そんな、自分の、自分による、自分の為のコンピュータを、どこの馬の骨が組み上げたのかもわからないラバーに弄り回され、好き放題管理されるのは、癪だった。いかんせんラバーを開発したプログラマーにだって、そのラバーがどのような働きをするのか、予測出来ないのだ。そんな危うい物を、自分の努力と財産の結晶であるコンピュータに入れるわけには、行かなかった。
「んじゃ、作ればいいじゃん、自分で」
「馬鹿なこと言ってる。そんなに簡単にほいほいと作れるなら、僕だって自分の理想のラバーを作ってるよ」
「そうだね。それに、仮に作れたとしても、それくらいの技術力があるなら、ラバーに頼ることも無いんじゃないかな?」
 言ってみれば、ラバーという存在は、マシーナリーにとって、利き手と交換しても差し支えの無い需要を持つソフトでもあり、また、マシーナリーとしての成長を衰退させる、諸刃の剣でもある。


         ・


 ここだけの話。
 PGラバーとは。
 実は、僕、桜庭だったりする。

「さくらば」の「らば」という字をもじって作ったハンドルネームだったのだけれども、今では「ラバー」という単語は、僕のハンドルネームという認識よりも、マネージメントソフトの代名詞という認識の方が強い。
 皮肉なことに、この「ラバー」という単語には、もう一つの意味がある。

 Lover = 恋人

 ラバーという名のつけられたマネージメントソフトの、その働きを考えてみよう。
 リソースを管理する。リソースを消費する。同じラバーは一組として存在しない。専用ソフトの提供。ソフトウェアの管理。
 まるで、恋人のようではないか。
 その認識が、言い得て妙であることに、「ラバー」というその名を尚更に定着させた。そういう見方で捕らえると、確かに斉藤は「節操が無い」し、芹沢は「夢見がち」と言える。
 故に。
 僕には、ラバーは必要無い。
 自分で出来ることを、わざわざラバーにさせる必要が無い。自分のコンピュータを、ラバーに管理させるのは嫌だ。
 
 つまり、そういうことだ。

 とはいえ、さて。
 斉藤が言っていたラバーの歴史を覚えているだろうか?
「ラバーとは、元々PGラバーが作ったものである」
 さて、そのオリジナルのラバーであるが。
 実は僕は、そのマネージメントソフトを、今だに利用している。
 ただ、僕はラバーを使用することは無い。僕は、そのマネージメントソフトを、ラバーと呼んでは、いない。

【おかえりなさい、ラバー】
「ただいま、『母さん』」

 何故なら、僕がこのソフトに、ラバーと呼ばれているから。
 ストレージとコンピュータの電源を入れれば、僕が「ラバー」と呼ばれるから。
 そしてこのソフトの名前は、「母さん」。最高のマネージメント・最高の管理・最高の志向性・最高のリソース、それらを統括して相応しい名と言えば、これしか無い。断言出来る。

「あー! 母さん、また勝手にファイル整理しただろ!」
【ディレクトリの分割に統一性が見られなかったため、私独断の判断の元、十月十五日のリカバリポイントを参照し、それらを整理しました】
「あれはあれで、僕なりに分割してたんだよ! 勝手にファイルとか捨ててないだろうね!?」
【使用用途が不明・最終更新日から一年以上経過・パーティーションの用途として不適切、以上のカテゴリに該当するファイル等は、削除済みです】
「何で勝手にそういうことするんだよ!」
【ラバー。私のデータに登録されているラバーの年齢として、不適切なスキャンファイル・アプリケーション・モーションデータを検出しました。これらのデータを登録したいので、これらの使用用途・使用頻度・サイズの大まかな計算を申請します。不適切と判断された場合、自動的に削除されます】
「いい加減にしろよ母さん! 僕のコンピュータの中で、僕の許可も無しに勝手なことするな!」
【お言葉ですが、ラバー。私はラバーの腕で、ラバーの開発の元・ラバーのマシーナリーとしての理想の環境を提供するために開発されたマネージメントソフトです。従って、私の処理は、私に登録されているラバーのデータを参照し、最もメリットの高い結果を生み出すであろうと予想された上での処理です】
「僕だって、日々成長してるんだよ! 母さんに僕のデータを登録したのは、どれくらい前だと思っているんだ!」
【ではラバー。今現在の貴方のデータを登録して下さい。それを認識しなければ、私は旧バーションの貴方のデータに従って処理を行うことしか出来ません】
「だから! 別にすべてをあれこれやって欲しいとは言ってないだろ! 僕が管理出来る部分は僕が管理するから、母さんは僕が言ったことだけをやってよ!」
【それは不可能です。私が認識しているラバーは、最終的に登録されたラバーのデータを参照して計算されます。故に、ラバーが幾ばくの成長を遂げても、私にとってはいつまでも、最終的に登録されたラバーでしかありません。故に、出来ることと出来ないことの計算は、リアルタイムで結果を算出することは不可能です】
「……」
【ラバー。貴方のここ一週間のコンピュータ使用用途が不明です。マシーナリーの方向性の変更があるならば、速やかに申請することを要請します。それらのデータを統合し、貴方に最も適した開発環境に作り変えます】
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーもーーーーーーーーーーーっ!!」


 まぁ……。
 最高のマネジメントなんだけど……。
 ちょっと、小うるさかったりも、するんだけど、ね……。

       

表紙

六月十七日 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha