Neetel Inside 文芸新都
表紙

怠慢な粗粒子
絶望の世界、希望の少女

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 知る必要も無いだろうが、僕の名前は三田村邦和である。
 断言しよう。この三田村邦和という名前が、今後この物語を展開する上で姿を露にするのは、後にも先にもこの一度きりだ。
 何故ならこの物語は、一人称形式にて進行するものであり、その一人称形式上にて「僕」と呼ばれるものに置き換えられるのが、その三田村邦和、つまり僕だからだ。
 それでも名前くらいは呼ばれるだろう、お前友達も居ないようなロンリーボーイなのかと、僕に浅瀬に打ち上げられたクラゲを見るような目を向ける方々もおられるかもしれないが、その意見に対してはちょっと待ったをかけさせてもらいたい。
 流石の僕も、友達はいる。確かに男子と女子の比率を割り出せば、確かに八:二くらいの割合である、どこにでもいるそれなりにモテない学生であることは認めるが、とにもかくにも友達は、いる。ついでに主張させて頂くならば、僕の交友関係の是非は、この物語の中では毛先ほども重要性を持っていない。
 何故ならば、この物語に登場するのは僕だけであり、登場する舞台も僕の部屋という閉鎖的空間に限定されるからだ。
 お前の赤裸々な男臭い私生活など暇潰しの材料にすらならんわとお嘆きの方々、ごもっともであることを認める。だがそこを何とか抑えていただき、僕の話に耳を傾けていただきたい。

 貴方がたは、どこかに外出し、そして帰宅し、自分の部屋のドアを開けた際、まずどこに目を向けるだろうか?
 くたくたに草臥れ果てているのならばベッドに目を向けるだろうし、試験を控えているのであれば勉強机に目を向けるかもしれない。
 ちなみに僕は、何時、如何なる時でも、必ず窓の外をまず見る。
 また貴方がたは、部屋の模様替えなどを頻繁にするタイプだろうか?
 不変を嫌う癖があるならばタンスはこっちがいいかしらベッドは日当たりがいいところがいいかしらと常々模索するだろうし、そもそも自分の部屋に雅を求めていない方ならば考えたことも無いだろう。
 ちなみに僕は、模様替えなどをしたこともなければ、だからといって雅が無いわけではない。

 何が言いたいのかと、いい加減イライラしてきた方もいらっしゃるかもしれないので、そろそろ本題に入らさせていただく。
 結論を回りくどく言うならば、僕が上記のような行動原理を持つ理由が、つまりこの物語の核たるものであり、また、物語を進行する上で必要不可欠な起承転結のすべてを担うものなのである。
 結論を端的に申し渡すならば。

 僕の部屋の窓から見える風景は、毎度毎度その姿形を変える。


                   ・


 いまいち要領を得ない方々のことを懸念し、やはり回りくどく一から説明させていただこう。
 例えば、貴方がたの部屋に、窓があると仮定しよう。身の丈をあと数センチ長くした縦幅に、身の丈をあと数センチ長くした横幅の窓だ。
 何を置いても良い。とりあえずその窓から見える風景を創造し、想像していただきたい。高層マンションから見える青空でも良いし、お隣に住む大企業庶務三課OLのお姉さんの着替えが丸見えになっているリビドーに正直なものでも良い。この際重要なのは、貴方がたが胸の奥底に抱えるエロスの指向性ではなく、風景があるという事実だからだ。
 想像していただけただろうか? ならば、その窓がある部屋から、一度その身を出して頂きたい。
 そのまま、数秒待機。
 さて、部屋に入って頂こう。

 窓から見える風景は、戦国時代の武将達が、己が刀で斬り合いをしている風景だ。

 そういうことである。
 ちなみに戦国時代云々というのは、今まさに僕が目の当たりにしている、窓から見える風景なのだが。
 いつの間にか隣接地に巨大なデパートが出来ていたとか、本日は区を挙げての祭り騒ぎだとか、そういうレベルの変化ではない。大陸云々、時代云々、下手を打てば惑星そのものも変わっているのではないかと疑わしくなるような風景もあった。

 正直、驚いたのは最初だけだ。
 それは確かに最初は、空から女の子が降ってきたことを親方に伝えるか否かと悩む少年のような目をその風景に向けざるを得なかったが、その後数年に渡って同じサイクルが続くとなると、流石にそれはもう不思議でも何でもなく、「こういうレイアウトなんだな」という達観にも昇華する。むしろ「今日はどんな風景が広がっているのかな」という、朝一で目の当たりにする血液型別運勢診断を待ち望むような感覚すら覚えてしまう辺り、人間の感応能力には目を見張るばかりだ。さもなくば、繁殖行為に対する意欲の旺盛な両親の懸命な努力の結果、それほど間を置かずしてこの世に誕生した僕の妹の、僕に対する「お兄ちゃんって結構アバウトなところあるよねー」という精神分析結果の正当性が証明されているのか。

 それはいい、窓だ。
 数年もこのメルヘン現象と衣食住を共にしている以上、何かしらの法則性や特徴を掴んでも良いものなのだが……
 正直、すべてがランダムであるとしか言いようが無い。
 風景である、と僕は確かに言ったのだが、そこに映るものは、何も風景画のモデルになるようなものばかり、と言うわけではない。そもそも今まさに血湧き肉踊り、肉片が弾け飛ぶ戦場を描写しているわけなのだが、それはそれとして。
 その証拠といっては難だが、一昨日の今の時間、この窓は、微生物を顕微鏡で覗いた時のような風景をその身に映し出していた。尤もその時僕が見ていたのは、バイラテリアですらない、そもそも生き物なのかどうかすら怪しいような透明無機質の何かがふわふわと上下しているというものだったわけなのだが。
 否。
 だからといって、すべてにおいて「ワッケわかりませーん」と匙を投げるわけではない。僕は僕なりに、この風景が何を意味するものであり、何を僕に伝えようとしているのかくらいは考えたのだ。
 そしてその考察は、ある一つの答えを導きだした。

 この窓は、時は未明、この場所で起きた(或いは進行していた)すべての事柄を、時系列をランダムにして映し出しているのだ。

 根拠は、ある。
 すべてがすべてパズルのように合致するとは言わずとも、風景のその一つ一つの地形が、どこかしら統一性を持っているのだ。
 驚くべきことに、地球がこの場に誕生してから今日まで、鍋底にこびり付いたカレーの如く頑固に形を残す地形も存在するようだ。勿論そっくりそのままと言うわけではないし、中にはその限りではない風景も存在することは言わずもがな、だが。
 言うなれば、ここは「リアル歴史資料館」だ。明確な年月日は解らずとも、この地球という星が経験してきたすべての事柄を、この窓は脚色編集無しのノーカットエディションでお送りしているわけである。

 窓が、水を張った洗面器に青色のインクを垂らしたような模様を作り上げた。
 時空が移動し、風景が変わるのだ。いつの時代の何を映し出すのかは、僕にも解らない。僕に衝撃を与えるような風景なのか、或いはカフェインでも抗い難い極上の睡眠欲を同伴しているような風景なのかすらも、解らない。

 だから僕はこの時、この直後映し出される風景に、よもや涙するとは思いもよらなかった。


                   ・


 まず、自分の推測を疑うことから始めなければならなかった。
 というのも、そこに映し出された風景は、もしそこにそれが本当に存在したのならば、地球絶景ライブラリに登録されて然るべきと言わざるを得ない、美しいものだったからだ。こんな風景が日本に、それも都心に、存在するわけが無い。
 余計なものが、何一つ無かった。日光を遮るマンションだとか、全国的に規模を拡大させる電気店のでかでかとした看板だとか、そういったものは一切皆無である。地球が、地球としてあるべき姿なんだろうと思う。
 山。
 川。
 花。
 空。
 ただそれだけが、牙の存在理由が解らぬ温厚な狼の吐息のような風に吹かれ、揺れていた。
 空気の味を確かめたかった。確かめたかったというよりは、見るだけで「美味い」と解る料理を食べてみたい、という心境に近い。
 だがしかし、それは叶わない。干渉することを拒んでいるのかどうかは解らないが、この窓が風景を映し出している間、こちら側から窓を開閉することも出来なければ、あちら側からこちらを認識することも出来ない構造になっているらしい。

 何かが、飛んだ。
 麦わら帽子だった。麦わら帽子が存在するということは、それほど離れた時代でもないのかもしれない。
 麦わら帽子は、おそらくはたんぽぽの花であろうものにパサリと被さり、その身に巻きつけた水色のリボンを、そよそよと風に躍らせる。
 大きい犬だった。
 グレートピレニーズといっただろうか? 麦わら帽子が飛んできた方向から、今度は白い大型犬が姿を現し、麦わら帽子を鼻先でつついた。
 闘争本能というものをどこかに置き忘れてしまったのではないかというくらいに柔和な面持ちのその犬は、麦わら帽子をパクリと加えると、再び自分が登場した先を振り返って、ブルンブルンと尻尾を振っている。おそらくは、ぼちぼち飼い主の登場なのだろう。
 そして、この飼い主というものが、クセ者だった。

 打ち抜かれた。

 何をと問われれば、心臓をだ。何にと問われれば、先端がハートのモニュメントを象っている矢にだ。
 決して、空想上の世界にしか存在しないわけではないのだ、雪のように白い肌とは。
 決して、洗髪剤のキャッチコピーなだけではないのだ、絹のようにしなやかな髪とは。
 決して、女性を喜ばせるだけの大嘘なわけではないのだ、天使のような微笑みとは。
 おそらく、年は僕とそう変わらない。少なくとも年下ではないと思う。それを年下だと認識することすら、おこがましいような気がする。
 天界人のすべてが才色兼備だと唱えたのは、誰だろう? 僕はそれを知らない。そして今のご時世、こんなことを言うのは正気の沙汰ではないことくらい、僕も理解している。
 だがしかし、あえてこの文句を使わせてもらおう。何とならば、そうとしか表現出来ない。
 地上に舞い降りた天使が存在し、それが或いは女性だったとしたならば、きっとこんな女性なのだ。

 風に吹かれたレースのカーテンのように髪をなびかせ、女性が犬のもとへ歩み寄る。犬は、主人にドタドタと駆け寄るようなことはせずに、ただただ尻尾を振って、主人の到着を待つ。
 身に着けたワンピースは、白と呼ぶための白で統一された飾り気の無いものではあったが、それがかえって神々しい。彼女は足に何も履いておらず、故に花の蜜であれ栄養を十分に食んだ芳醇な土であれ、様々なものが付着してはいたが、それすらもがどんな宝石よりも美しい装飾品のように映る。
 一歩。
 一歩。
 やがて犬の目の前にまで歩み寄った女性は、その口に咥える麦わら帽子を受け取って、犬の頭を撫でた。
 一陣の風。
 女性は、再び舞い上がりそうになる麦わら帽子を掌で覆い、捲れ上がりそうになる下衣を五指の先で抑えた。
 そこに、エロスは無い。無遠慮な風が捲り挙げるスカートを、力任せに押さえつけるのではなく、ちょっとした悪戯心で舞い上がろうとする衣を、優しく諭すように撫で降ろすその仕草。それに伴う、困ったような、それでもなお気持ち良さそうに目蓋を微かに閉じての微笑み。
 一つ一つが、メタファーとしての表現が必要性を失うほど優雅で、可憐で、安寧を呼ぶ。

 恋とは、性欲の延長線上にあるものなのだろうか?
 瑞々しい四肢や熟れた下腹部を吟味したいと思うその感情が、恋をするという行動原理となるのだろうか?
 そんなはずは無いのだ。
 エイセクシュアル。タナトフィリア。フリークス。
 或いはそれは、生命としてそこにある以上、絶対に認められることのない情なのかもしれない。情というものに、同種異性限定というルールを課せられたこの地球上では。
 だがそれは、紛れも無く「恋」なのではないか?
 この世に存在するそれに心ときめかせ、それを想うただそれだけで高揚する感情は、それは恋と成り得ないだろうか?
 倫理とは、人が人として思う、人の理想像となるべく作られた模造の心の部品である。
 故にそれは、ナチュラルではない。何故ならそれは、人自身が作ったものだからだ。
「恋」は?
 それは、人が作った部品なのだろうか? 倫理を構成する一つの歯車なのだろうか?
 違うはずだ。それを人は、初めから持っていたはずなのだ。人が誕生する際にプリインストールされていた、純正のものであるはずなのだ。
 それは決して、本能の延長線上に存在する模造の感情ではなく、独立した一つの構成要素であるはずなのだ。

 僕は、知らなかった。
 性的欲求を伴う恋ではなく、恋というフィルタでカモフラージュされた性的欲求でもなく。
 恋が、ただそれだけが心に姿を現した時。

 人は、涙を流すのだ。


                   ・


 風景が、再び青のインクのノイズに閉ざされた。

 やられた。
 名前も知らぬ存ぜぬの彼女に、心の容量を横領された。
 今や僕の心の中身は、彼女の薄い微笑みで満たされてしまった。抗おうとする雑念とその微笑みの残像の押し合いへし合いは、さながらミニ四駆と1/1スケール四駆の綱引きよりも勝負が明らかなものである。
 あるものだ、一目惚れとは。
 流れる涙を拭うこともなく、僕は考えた。この涙は彼女が原因であり、彼女が原因であるすべてのものを、僕の手などで払いたくはなかったからだ。

 彼女のが居た風景は、おそらく「未来」のこの場所だ。
 僕自身、完全にその案を喪失していたのだが、そもそもこの窓自体が理解の範疇をロケットエンジンでも搭載しているかの如き超スピードで超越しているため、考えられない方がおかしいのだ。
 何も、この場所は過去にしか存在しないわけではないのだから。当然のように未来はそこにあって、そしてこの場所もそこにあるはずだ。
 でなければ、あんな風景は、有り得ない。少なくとも僕という存在が認識している日本という国の歴史上では、あんなアルプスの写真にフィルタ加工を加えてグラデーション処理を施しレヴェルをミリ単位で補正したような世界は、有り得ないのだ。一度レイヤーそのものを処分し、下書きの段階でやり直さねば、あんな風景は、とにもかくにも説明がつかない。
 そう、一度処分しなければ。

 おそらく、地球には、何かが起こるのだ。

 遠いのか近いのかは、解らない。
 しかし、それはまず「滅亡」で間違いないのだろう。
 あの風景が、今までのどの風景のレイアウトとも合致しなかったのは、それはおそらく何かが地形を抉り、嬲り、変形させたからだ。地球の形を捻じ曲げるほどの、何かが。
 そんな事態に遭遇して、人類が平々凡々に日常生活を謳歌出来る可能性など、もはや確率論を持ち出す必要も無い。
 そして、また一から地球が生命を生み、育み、進化させた結果の世界。
 それが、あの理想郷と言っても差し支えの無い世界なのだろう。

 それは、絶望なのだろうか。それとも希望なのだろうか。
 彼女が生きているその場所は、僕にとっては絶望の象徴に他ならない。
 そんな場所で、まるで希望の権化のように微笑んだ彼女。

 まっ。
 いいや。

 今はともかく、この胸の高鳴りを何とかせねばなるまい。そうしないと、今夜は寝れないはずだ。
 それにしても、融通の利かない窓である。ほんの少しでも開いてくれたならば、言葉くらいは交わせたろうに。

 当の窓は再び、透明無機質の何かがふわふわと上下している風景を映し出した。
 それは、窓が僕に当てつけた皮肉か否か。

 それが、世界最古の生物であることを知るのは、もう少し後のことだ。

       

表紙

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Neetsha