Neetel Inside 文芸新都
表紙

怠慢な粗粒子
流浪さん

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「何かこう……『自由さ』を強調したデザインがいいんですよ」
 クライアントにそう言われて初めて、僕は「自由」について考えるようになった。


                    ・


 キャスターを地面に放り投げ、靴底で躙った。どうせ誰にも見られてないし、と考えて行動してしまうのは、僕の悪い癖だ。
 午前二時。
 この時間の住宅路は、僕のために用意された路だとも言える。付近の住民は皆所帯持ちであるため、この時間に出歩く人は少ないのだ。最近、浮浪者がここらを徘徊していると聞いたが、怖いとは思わなかった。
 一度、浮浪者と遭遇したならば、是非に聞いてみたい。「貴方は今、自由ですか?」と。

 WEBクリエイターという職業は、だがしかし楽な職だった。
 同業者が集まるサイトの掲示板では、もう四日間も寝てないとか、仕事が無いとか、単価が安いとか、とにかく同業者をこれ以上増やすつもりが微塵も感じられないような、そんな書き込みが目立った。
 要領が、悪いのだと思う。或いは、それなりの拘りがある故なのだろう。
 最初は、自分も同じだった。不眠不休で作業をして、「人間とは、これほどまでに寝ずとも働けるものなのか」と、大層驚いた記憶がある。
 僕の製作したサイトやネットワークには、共通する項目や素材、仕様が多々見受けられる。
 ……要するに、手抜きだ。
 新しいものを作る上で、一から打ち込むことはしなかった。過去の素材を引っ張り込んで、足りない部分だけを新しく作る、というのが、僕の手法だった。
 そういったことを今まで繰り返してきて、最近では、一つのものを作るのに、今までの素材だけで賄えてしまうということも、珍しくはなくなった。そしてその作業の時間が爆発的に減るのも、必然だった。
「仕事が速い」
「彼らしい特徴がある」
「彼に頼めば、まず納期の問題は解決する」
 それが、お得意様の間での僕の評価だ。
 中々良い評価だと言える。
 ちなみに同業者の間では、僕は中々に嫌われているらしい。
 見る人間が見れば、すぐにわかるのだ。「これは特徴なのではなく、ただの手抜きなのだ」と。妬みも含まれているのだろうが、そういった小細工を使うことで、毎日六時間以上の睡眠を満喫している僕を、同業者はあまり快い眼で見ては、くれない。
 過去に掲示板で僕の中傷を目の当たりにした時、そこには「クリエイターなんだから、もっとクオリティを高めようとか思わないのかね」と書き込んであった。
 それは、詭弁だ。
 仕事をする上で大事なのは、「クオリティ」ではなく「間に合う」ことだ。
 確かに、クオリティは高ければ高いほど良い。だがしかし「最高」である必要は無いのだ。
「最高に良いものを作ろうとしてたら、間に合いませんでした」
 結婚式当日、ドレスデザイナーにそうほざかれて、「あらあらそうでしたか」と笑って許してくれる新郎新婦は、いないと断言出来る。
 どちらが正しいとか、そういうことではなく、クオリティと制限を両立することで、初めて仕事は成り立つのだ。

 と、愚痴ることも、最近はしなくなった。
 何だか、ひどくどうでも良いことで争っているような気がして、情けなくなったのだ。いいじゃないか、どっちでも。
 二本目に火をつけて、薄暗い夜道を歩く。
 結果として、僕はこんなに自由だ。
 三本の仕事を同時に進行しながらでもなお、こんなにゆとりのある生活を送ることが出来る。
 誰にも怒られない。だって間に合うのだから。頼まれたことはきっちりこなすのだから。
 両手を大きく広げて、空を仰ぐ。
 見てくれ空よ、僕はこんなに自由なんだ。自由なんだよ。
 体調不良? いいとも存分に寝込んでくれ、どうせ間に合う。
 旅? いいとも存分に楽しんでくれ、どうせ間に合う。
 五本同時進行? ううーん、ちょっと勘弁してもらいたいぞ。間に合うだろうが、いささかしんどい。

 暗い夜道の散歩は、目的地が決まっていた。
 コンビニである。
 週に三回ほど、僕はコンビニで、タバコを七箱と栄養剤を一箱購入する。
 僕は、結構なヘビースモーカーだった。


                    ・


「いらっしゃいませ」を、しっかりと発音出来ない人だった。僕の耳には、彼の発音は「らっしゃっせー」と聞こえる。
 最近、週三日のコンビニ訪問の際には、必ず彼と遭遇する。きっと深夜帯専門のアルバイトなのだろう。
 夢も、希望も、へったくれも無いような出で立ちだ。
 髪はボサボサに伸ばして、髭も週に二回ほどしか当てていないことが容易に想像出来るほどの無法地帯。ユニフォームはヨレヨレの皺だらけ。眼は、鋭かった。
 僕がクライアントなら、どんな職種であれ、彼に仕事を頼むようなことはしないだろう。
 最近僕の中で、彼のあだ名が決定した。
「流浪さん」である。

 栄養剤に、拘りは無かった。茶色い瓶に入ってて、薬品っぽい名前であれば、どれでも良かった。
 レジに持っていくと、流浪さんが対応してくれた。「キャスマイ七個下さい」と伝えると、流浪さんは、奥のタバコ陳列棚からタバコを持ってきてくれた。


「今、自由ですか?」
「自由っすね」


 互いに、予測してなかった。

 僕じゃないと、断言出来る。
 今、口を開いて「自由ですか?」と問うたのは、絶対に僕ではない。
 誰かが、僕の口を借りて問うたのだ。
 流浪さんも同じようだった。「自由っすね」と言った後、目が覚めたように顔を上げて、僕を見た。

 戦慄した。

 こんな、髪ボサボサで、髭もじゃもじゃで、眼つきも悪くて、夢も希望も無いような雰囲気を出して、彼女もいないような顔をして、給料なんか十五万も無さそうな仕事してて、「いらっしゃいませ」の発音もしっかり出来なくて、タバコ七箱程度で三回往復するほど要領が悪くても、それでも……。

 僕と同じなのか?
「自由だ」と、何の迷いも無く言えるのか?

「3,563円になります」
「5,063円からで」
 流浪さんから1,500円を受け取り、僕は足早にコンビニを後にした。
 いつもは十分ほど立ち読みで時間を潰すのだが、そんなことをしている暇は無くなった。

 早急に、答えを出す必要があった。
 なんてことだ、とんでもない見当違いだった。この誤差は、修正出来る規模じゃない。一度、粉々に壊す必要がある。

「自由」とは、一つではないんだ。

 様々な自由がある。
 そして僕は、彼の「自由」が理解出来ない。理解出来ないということは、過去に例を見ないということだ。
 過去の素材・データベース・テンプレートなど、アテにはならない。

「徹夜は久しぶり、かな」
 僕は、走り出していた。


                    ・


 その後、僕が作り上げたサイトを目の当たりにした同業者の反応は、いつもと違っていた。
「彼らしくない」と言う者まで出てきた。

 だってそれは、僕らしくない作りだった。

       

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