Neetel Inside 文芸新都
表紙

ノリの使い魔
第一章

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2007年も残すところあと8週間の金曜日、
僕は名鉄津島線のさる駅で、スポーツ新聞を読みふけっていた。

名鉄というのは名古屋鉄道のことで、名古屋というのは、あの名古屋だ。

きしめん、味噌カツ、エビふりゃあ。「猫でもないのにミャアミャア言ってんなよ」と東京人から馬鹿にされ、次の首都候補に選ばれたが何の音沙汰もなく無駄に10年の歳月を重ねた都市、名古屋。

僕はその名古屋の郊外で生まれ、名古屋圏から一歩も外に出ないまま育ち、今年で27歳になる。純粋培養な地元民、土着民、土人。名古屋土人は未開民族だ。

そんな土人、野蛮人たちの日常の興味は、基本的に一つしかない。
それはプロ野球、中日ドラゴンズの戦績だ。

ドラゴンズが勝利を上げた夜は、各地で華やかな宴が催される。会社の部長も上機嫌でOLのオッパイを揉み、揉まれるOLも川上憲伸にセクハラされてる気分で許してしまう。

しかしドラゴンズがブザマに負けた日には、名古屋駅前は死の街、地下街はまるで共同墓地だ。OLはセクハラを許さず、部長はOLのオッパイを揉みしだけないストレスから、課長に理不尽な説教を垂れる。課長は心を病み、帰宅後に女房にDV。そして高校生の娘が入浴してる最中に脱衣所へ乱入。「お父さんやめて!出てって!」「うるさい!俺の家で何しようが勝手だ!ほら、昔みたいに一緒にお風呂入ろうよ。フヒフヒ」娘は、泣きながら家出し、憂さ晴らしに夜の街へ繰り出し、出逢い系で小遣いを荒稼ぎするのであった。

こうなっては、ドラゴンズの勝利こそが、この街のルールだと言って間違いではない。

さて、僕は寒風吹きすさぶプラットホームで、4両編成の名鉄電車を待ちながら、手にしたスポーツ新聞を何度も読み返していた。その一面には『昇竜ついに日本一に大手!』の文字が躍っていた。

老婆心で注釈すると、昇竜の「竜」はドラゴンズの意味だ。名古屋で「ドラ」と言えばドラゴンズを意味し、けっしてドラえもんの事ではない。

戦後60年の暗闇は終わりを迎えようとしていた。中日ドラゴンズは低迷期を脱出し、いまや日本一の座に上り詰めようとしている。あと1勝で決まりだ。その主役はなんと言ってもノリさん。

日本球界で名誉のノリ・ブランドを確立後、単身渡米、メジャー・リーグで活躍したりしなかったりを経て、日本球界に堂々の復帰を果たした。しかし天才にハードラックはつきもので、怪我に見舞われ減俸処分され、それを不服として何度か交渉したがあえなく決裂、あと一歩で球界から追放という崖っぷちに立たされながら、捨てるカミあれば拾うカミあり、かろうじて育成選手枠にしがみつき中日ドラゴンズに入団した。そのあまりの転落ぶりに、一時期は「終わった人」扱いされ、不幸のどん底だったノリさん。金に汚かったノリさん。とその嫁。

しかし心を入れ替え、見た目も何となく小ざっぱりしたノリさんは、いまや中日ドラゴンズの主力打者として奇跡の復活を果たした。そんなノリさんを見ていると、僕もまだやれる、何がやれるのか具体的には分からないけど、27歳で貯金5万も無いけど、会社では空気状態だけど、飲み会にも呼ばれないけど、生まれてから一度も彼女できたことないけど、何とかなる。そう思える。逆転の可能性はある。あるだろ?あるよね?ああ、ノリさんは、僕にとってのスーパーヒーローだ。

夢中でスポーツ新聞を読んでいた僕はうっかり「ノリさん・・フクシくん・・」などと独り言を洩らしていたらしく、隣で同じく電車待ちをしていた女子高校生の二人組みが、僕の方をちらちら見ながら「ウワァ」「キモ」と嘲笑した。

僕に対する侮辱は、イコール、ノリさんに対する侮辱だ。僕の怒りは0.5秒で沸点を超え、こいつら小便臭いガキどもに大人社会の怖さ厳しさ、そして優しさを教えてやるべく、ゲンコツを握り締めた。

だがタイミング悪く、女子高生二人の背後から、茶髪で鼻ピアスして日焼け顔のヤリチン風イケメン(ロシア風に表現すればヤリツィン)が現われたのだった。「よお、待った?」「おそーいよー」和気あいあいキャッキャと猿のように馴れ合う光景は、僕の心を永久凍土に閉じ込める。分かりやすく言えば、こんな高校時代を過ごしたかったなあ・・という羨望と嫉妬と怒りと軽勃起。

僕は握り締めていたゲンコツに息を吹きかけて「はぁ~今日は寒いな~」と一人芝居しながら、プラットホームの反対側へ歩いていった。キモイって言うやつがキモイんだよ?と心の中で悪態つくのが精一杯だった。ノリさんからもらった自信を失いかけた僕は、人気のない待合室へ入り、端っこの席へ腰を下ろした。

ポケットから名古屋ドームの観戦チケットを取り出す。今日、午後7時から名古屋ドームで行なわれる、中日ドラゴンズvs日本ハムファイターズの先行予約チケットだ。現在の時刻は午後6時30分過ぎ。残り30分足らずで試合が始まる。今日の試合でもノリさんは大活躍するに違いない。その勇姿をこの目に焼き付けなければならない。ああ早く電車が来ないかな・・名古屋ドームに着いたら味噌カツ弁当食べようか・・。僕は待ちきれない気持ちでまたスポーツ新聞を広げ、先ほど読み終えた記事に、もう一度目を通し始めた。

「もしもし」

突然、後ろから声をかけられた。振り返ると、黒い帽子に黒いトレンチコートに黒いサングラスに白いマスクの男が、僕と背中合わせに座って、顔だけこちらに向けている。僕が警察官だったら、間違いなく職務質問したくなる出で立ちだ。

その身なりもさることながら、この待合室にはいま、僕とこの男以外に誰もいない。普通ならもっと離れた席に座ってしかるべきものを、僕の背後に陣取るあたり、気持ち悪い。もっと空気読めよ。「あいつKYだよね」と女の子に陰口を叩かれるタイプだ。

もっとも、僕もリアルでそういう陰口を叩かれているから他人事ではない。特に、僕を陰で誹謗中傷していたグループの中心人物が、よりによって1年間片想いしてるNさんだった時の絶望感は、語り尽くせない。あまりのショックに、会社帰りの電車を乗り継いで富士五湖探検ツアーに一人で旅立とうかと思った。ゴールは青木ヶ原樹海だ。まあ、そんな話は今どうでもいい。

僕はなるべく平常心を保って、男に訊き返した。
「えーと、なんでしょう?」
「ゴホンゴホン、突然話しかけて申し訳ありませんね。いやなに、その、つかぬことをうかがいますがね」
「はい」
「そのチケット、もしかすると、今日の名古屋ドームの観戦チケットですか?日本シリーズの?中日vs日本ハムの?」
「ええ、そうです」
「ということは、ノリ選手が出場する試合ですよね?」
「!」

僕は直観した。この男もノリさんのファンに違いない。彼も今日の日本シリーズを観戦しに行くのかも知れない。あるいは、僕がスポーツ新聞のノリさんの記事を貪り読んでいる姿を、どこかで見ていたのかも知れない。とにかく、同じノリさんファンとして、世知辛いこの日本の片隅で、連帯を求めているのではあるまいか?僕の脳裏で一瞬にしてそのようなノリ・ロジックが組み立てられた。

僕はそっと右手を差し出した。
「分かりますよ。ノリさん最高ですよね」
「ええまったくですな」
男も右手を差し出した。

僕の計画では、ここで二人が固い握手を交わし、以後名古屋ドームまでノリさん談義に花を咲かせる予定だった。しかし、その期待は次の瞬間、あっけなく裏切られることになる。男が差出した右手には、黒光りするリボルバー式拳銃が握られていた。

「そういうわけで、そのチケット、私に譲ってもらえませんかね?」


     

(前回までのあらすじ)
金曜日だというのに何の予定も無い僕は、今日こそは片想いのNちゃんと一言でも会話がしたいなあという、ささやかな希望だけを抱いて普段どおり出社したが、今日のNちゃんは、いつもよりオシャレで高そうな服を着て、ほんのり化粧までしてて、どう見ても会社帰りにデートの予定入ってて、僕は一日モンモンとしながら一言もNちゃんと会話出来ぬまま、終業の鐘とともにNちゃんはそそくさと退出し、僕はハァァァァァァァァァと死にそうな溜め息つきながら一人帰宅して、暗い部屋でYouTubeにアクセスし、鳥居みゆきのコント見たけど、今頃Nちゃんはどこかのイケメンに甘えたり上目遣いで微笑んだり二人きりの部屋でスキンシップしたり接吻したりオッパイ軽く揉まれたり強く揉まれたり乳首をチロチロ舐められたりズッポリ吸われたり陰部を開かされたり自分で開いたり指でいじられたり指を入れられたり仕事で使ってるシャープペンを挿入されたりじっくり抽送されたりして、恥じらいながらも悦びの声をあげて「お前ってほんとスケベだな」と男になじられつつも、はにかんだ笑顔を絶やさずに「うん」と答えて、これから一晩ねっとりした夜を過ごした挙句、土日も二人きり全裸で過ごし昼も夜もセックス三昧かと想像すると、もう死にたいです。



僕に拳銃を突きつけたトレンチコートの男は、先ほどの言葉を繰り返して言った。
「そのチケットを私に譲っていただけませんか?私はどうしてもノリ選手に会わなければならない理由があるのです」

僕は呆然と、突きつけられた銃口を見つめた。これはこれは。とんだ厄日だ。名古屋ドームで生ノリさんを拝もうと意気込み、仕事を早々に片付け、寒空の下で電車を待つこと10分。思わぬ同好の士との邂逅に喜びをつのらせ、固い握手を交わそうと差し出した右手は、友好の証のつもりだった。でも、お返しに突きつけられたのは、冷たい拳銃。要するこの男はチケット強盗だ。人生ってこんな事ばっかりだ。

「さあ、そのチケットをこちらへ渡してください。もし渡していただけないと、あなたの命とチケットを交換することになります。それは私も本意ではありません」

男は淡々と喋る。僕は右手に握っているチケットをちらと見る。もし今日の試合、ドラゴンズが日本シリーズの優勝を決めたら、僕はその場にリアルで立ち会うことになる。歴史的瞬間に立ち会うのだ。この経験は、僕の今後の人生に大きな影響を与えるだろう。「お父さんは昔、ドラゴンズが日本一になった瞬間を名古屋ドームで見てたんだぞ」「わーパパすごーい」みたいな会話を子供と交わしたり。そこへ美人の奥さんが「あら何楽しそうに話してるの?」なんてニコニコしながら入ってきたりして。いやいや待て、そんな未来が僕にはあるのか。そもそも結婚できる気がしないよ。なんか別な意味で憂鬱になってきた。

男はイライラした口調で問い直した。
「黙っていないで、そろそろ答えを聞かせてください。チケットを譲っていただけますか?どうしたんですか?」
「・・フフ、なるほど、僕にはこの試合を見る資格が無いようだ」
「?」
「神様もそれを見越して、あなたを僕の前に出現させたんでしょうね。僕は生涯孤独ですからね。この試合を見ても、喜びを語り合う相手がいないわけです。あなたが言いたいのは、つまり、そういうことです」
「いや・・別にそんな事は言ってないですけど・・」
「僕がこの試合を見たところで何の役にも立たないんですよ。はあ、参った参った。僕にはこんな特別な経験なんて必要ないんです。喜びを分かち合う相手がいないんだから。豚に真珠です。それに気づかなかったとは。あはは。どうぞ持って行ってください!こんなもの!」
僕は悔し涙を浮かべ、乱暴にチケットを差し出した。

男はとまどいながらも、おずおずとチケットを受け取った。
「あ、どうも・・お譲りいただき、ありがとうございます。良かったらこれ・・」
彼は、トレンチコートのポケットに拳銃とチケットをしまいこみ、かわりに花柄のハンカチーフを差し出した。涙を拭けという事か。だったらチケット返せよ。空気読めよ。ていか、いまさら返されても、もう観戦しに行く気はないし、お前の目の前でビリビリに破ってやりたいよ。強盗に同情されるほど惨めな僕の人生。ああ絶望した。

僕は男が差し出したハンカチーフをひったくり、地面に叩きつけた。
「はは。こんなもの、僕の人生には必要ないんですよ!」
うわごとのように喚いて、僕はそそくさと立ち上がった。そして、フラつきながら休憩室を後にした。

僕がプラットホームに戻ったとき、折よく、電車到着の警笛が鳴り出していた。
僕は虚脱感でいっぱいになっていて、警笛を耳にしつつ、自分がどこに向かって歩いているのかおぼつかなかった。そこがプラットホームの端っこで、白線の内側に足を踏み入れている事にも気づかなかった。後ろで女子高生たちの悲鳴が聞こえたが、それもどこ吹く風だった。案の定、足を踏み外し、線路に転落した。

はっと我に返り、顔を上げると、鉄さびた巨大な赤い車両が、猛烈な勢いで僕の身に迫っていた。慌てて立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。転落時に怪我をしたか、腰が抜けてしまったか。「ヤバイ」と思ったが、一歩も動くことが出来なかった。周囲から聞こえる悲鳴の嵐。それに急ブレーキの軋音が重なって、騒々しいことこの上なかった。

こういう時、一瞬の出来事なのに周囲の動きがスローモーションで見えると言う。僕の場合もそうだった。全盛期の与田が放った剛速球でも完璧にミートできそうな動体視力だった。いまドラフトが開かれれば、落合監督の一位指名を受けられるかも知れない。僕は慙愧の念に耐えなかったが、万事休すだ。「南無阿弥陀仏」と唱えようとした。
その時。

「しっかりつかまってて」

緊張した声が、耳元でささやいたのが分かった。聞き覚えのある声だった。僕は、後ろから誰かに抱きすくめられ、突然、体が軽くなった。尻が地面から離れていた。信じられない事に、僕は宙に浮いていた。プラットホームを覆う天蓋が見下ろせるぐらいの高さにまで、一気に上昇した。

下を見ると、さらに不思議なことが起きていた。

先ほど猛烈な勢いで迫っていた電車が、音もなく停止していた。プラットホームに立ちつくす女子高生や、慌てて駆け寄る駅員も、それぞれのポーズのまま動かない。全員そろって「だるまさんが転んだ」を演じているみたいだった。もしくはDVDの一時停止ボタンが押されたみたいに、この駅がまるごと凍りついて、時間が止まっていた。

僕はしばらく空中を浮遊したあと、駅に隣接するオフィスビルの非常階段へ、静かに着地した。背後で「ふう・・」という溜め息がもれた。僕をここへ運んできた誰かが、一仕事終えて発した言葉だった。

その言葉を合図にして、凍結していた時間がふたたび動き出した。電車の急ブレーキ音が10秒ぐらいの間、途切れなく続いた。僕がいる非常階段から駅のプラットホームを見下ろすと、駅員や女子高生が叫び声をあげて、右往左往していた。

プラットホームの混乱をよそに、僕は後ろを振り返った。トレンチコートにサングラスに白いマスク、例のチケット強盗が立っていた。

「はあ、危なかった。間一髪でしたよ。もう少し遅かったら、あなた、グモってましたよ」
「・・あなたが・・助けてくれたんですか?」
「ええ、まあ」
「空を飛んで?時間を止めて?」
彼は僕の質問に答えず、にわかに、装着していたサングラスとマスクを外した。
「ハー、この恰好、けっこう苦しいんですよね」
そう言いながら現われた素顔に、僕は目を疑った。そこにいるのは、整った顔立ちの女性だった。年齢は10代後半から20代前半といった感じ。男じゃなかったのか??僕の混乱は激しくなるばかりだった。

「ちょ、え、ちょっと待ってくださいよ。あなた女の人?でも、さっきまで喋ってた声、すごく中年のオッサンっぽかったのに・・」
「ああ、このマスク、声帯変換機能が付いてるんですよ」
彼女は指先にひっかけていた白いマスクを口元にあてた。
「あーあー」
マスクを通すと、アメ横の物売りのオッサンみたいな嗄れ声になった。本当にそんな機能がついているらしい。傍目には、安物の風邪防止マスクにしか見えない。
「ね?お分かり?」
口元のマスクを取り払って、彼女はイタズラっぽく首を傾げて見せた。変換前の彼女の声は、透明感のあるハイトーンボイスだった。

次に彼女は、片手を後頭部に回して、ヘアピンらしき金属棒を抜き取った。すると、光沢のある髪が重力に従って落下し、彼女の両頬を隠すように落ちかかった。ここまで来ると、渋谷あたりを歩いている若い女性にしか見えない。黒一色のトレンチコートすらオシャレに見えて来る。

「さっきは脅してごめんなさい。ピストルを突きつけたけど、撃つつもりなんて無かったんです。どうしても名古屋ドームでノリ選手に会わなければならなくって、観戦チケットが必要で、やむを得ず強引に・・。それに、チケットさえ手に入れば、黙って立ち去るつもりだったんですけど、まさかあなたが線路に身投げするほどショックを受けるとは思っていなくて・・」
「それで、助けてくれたんですか?」
「これで死なれたらなんか後味悪いっていうか、ねえ」

言う事が微妙にヒドい気がしたが、そこはツッコまなかった。身投げしたのではなく足を踏み外しただけということも、説明が面倒くさいので否定せずにおいた。その代わりに、僕はもっと別の事柄について質問したかった。

「僕としては・・脅されてチケットを奪われたのは、ひどいとは思うんですけど・・その後で助けてもらったし、すごく感謝してます。だから、名古屋ドームの観戦チケットは、そのお礼ってことで差し上げますよ。うん」
「本当に?ああ、良かった!じゃあ後腐れなくチケットはもらって行きますね!」
「でも、一つだけ教えて欲しいんですけど」
「??」
「僕を助けるために、どうやって空を飛んだり、時間を止めたりしたんですか?気のせいじゃないですよね?実際に、空中を移動してこの非常階段までやってきたわけだし、その間、あの電車は動いてませんでしたよね?」
「・・ハイ」
「それに、声帯を変えるマスクとか持ってたり、ノリさんに会わなきゃいけないって意味もよく分かんないし。謎だらけっていうか。一体全体、あなた何者なんですか?」

僕の問いに、彼女はしばらく目を閉じていた。返答に困っているのかと思ったが、そうではなかった。突然、貧血を起こしたみたいにフラついて、膝から崩れ落ちた。僕は間一髪で彼女を抱きとめて、体を支えた。

彼女は青白い顔をして、額に手を押し当てながら、参ったな、という表情を浮かべていた。
「えーと、色々とご質問の件にはお答えしたいわけなのですが・・空を飛んだり時間を止めたりするとですね、ものすごく体力を消耗してしまうんです・・普段はよっぽどの事が無い限りアアいう事はやらないんですけど、たまにやっちゃうと、こう・・体力の限界が来て・・」
彼女は小さく欠伸した。
「ファ・・もう無理。おやすみなさい」
そう言い残して、ガックリと意識を失った。リズミカルな呼吸音が聞こえてきた。

「え、ちょっと!あれ!?」
寝息を立てる彼女のほっぺたを軽く叩いたり、つねったりしてみたが、完全に熟睡状態だった。どうすんだよ、これ。僕は彼女を地面にそっと寝かしつけ、体育座りした。途方に暮れた僕の視界の先に、まだ混乱の収まっていない駅のプラットホームが映った。

       

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