Neetel Inside 文芸新都
表紙

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「あるぇ~?なんだキミは?鳴子がめずらしく飯つくってんのかと思ったけど」

 細い首を傾げながら、男は俺に近づいてくる。
 なんだろうこの人は?
 鳴子さんの名前を知っているということは、不法侵入者って訳ではないらしい。
 琴美さんも知ってるようだったし。なんと言っていたか。
 確か――‘みどり’。

「俺は…あー、塩川稲生の実弟です」
「えー!?嘘ーー!稲生の弟!」
「嘘じゃないですよ…」
「はーまあ目は…猫目なのは少し似てるかもしれないけど。イケメンには程遠いな」
「……」
 はあまあ、そりゃあそうですけどね。
 兄貴や―ましてやあんたと比べりゃどうせ俺は地味でめがねで平面顔ですよ。
 彼は男のわりに、小柄で華奢でスレンダー、色素の薄い髪(ちなみに頭も薄い)という風貌だが、顔は整っており、ジャリーズなどのアイドルのような顔をしていた。
 ですがそう初対面で何でも言うとかね、駄目だと思うよ、うん。節度と言うものが…。
「あー…ところで貴方はどちら様で?」

「俺?俺は鳴子のアシスタントだよ」
 自分の白い頬を手で何気なくいじりながら、にこと彼は笑った。



 彼は、江戸美登利(えどみどり)と名乗った。鳴子さんの漫画のアシスタントらしい。
「そうそう、今日も仕事しに来たんだよ」
「はあ」
「あんま上手くないけど、いつもはご飯、店屋物か俺が作ってんるで、夕飯時前に来てみたらキミが作ってるじゃん?しかし美味いなー」
「ほんとおいしいわ!玉子がふわっと焼きあがってて…何でこんなにおいしく出来るのかしら」
「…どうも」
 鳴子さん、琴美さん、俺――加えて妙なアシスタントのミドリさんというメンツで、食卓を囲んでいた。
 好みに合わせて作ったオムライスは好評のようだった。鳴子さんもミドリさんもにこやかに食している。
 しかし…この美少女だけは本当に―――

「あー琴美さん、もう少しゆっくり食べたら良いんじゃないかな」
 言いたくはなかったが、言わずにはいられなかった。
 なんていうのかな、その…行儀が壊滅的に悪い。
 犬食いに近い形でスプーンであちらこちらをかっ込むので、俺の美しい形のオムライスは跡形もなくなっていた。
「琴美は何度言っても直んないのよ。でもこれだけ食べるの早いって事はよっぽど美味しいって感じてのことじゃないかしら?」
 鳴子さんが困った子ねえと困ってなどいないようにそういった。
「そ…そうなんですか…?あ、どうですか。辛くないですか?」
 俺がとりあえず料理の具合が聞くと、琴美さんが皿から顔をあげた。

「おいしい。おかわり」

「……」

 兄貴の分の卵はなくなった。




「あー、何だこれ?」
 食べ終わってうろついていたミドリさんが、がさがさと音を立てつつ言う。
 わざわざ目に付かない所に置いたのに、目ざとく見つけたらしかった。
 いうかいわないか一瞬迷ったが、素直に答える。
「…ホワイトボード、だけど」
「見りゃ分かる。何に使うって言うことさ。さっき買ったん?」
 どうするかな、言いにくいが…。いつ言おうと思っていたし、いいか。
「まあまあ、何かしら?」
 鳴子さんもこちらに寄ってきた。
「…一日のスケジュールを書いてもらおうと思って。兄貴も鳴子さんも忙しいでしょうから…」
 毎日の予定を毎回聞くのも憚られ、時間が合わなくて聞くタイミングを逃すこともあるだろう。
 なんせ、琴美さんは。…しゃべってくれるかどうかも謎だ。
「ああ、まあ!いいわねえ。そうしましょうか」
 鳴子さんは手のひらをあわせて嬉しそうだ。
 その横で関係のない男が既にマジックを用意し、キュポンと蓋をとり腕まくりしていた。
「んじゃあ俺、書いちゃおう」
「何で貴方が…」
「俺も殆どここの家族だよ。俺はお前より古株だぜ、けち臭いこと言うなよ。」
「…言ってないですけど言っても書くでしょうね…」
「私は修羅場期とかも書いておこうかしら」
 わいのわいのと早速二人は書き出し始めた。

 琴美さんだけはこちらに興味も示さずまだ黙々と食していた。茶菓子を。
「……」
 琴美さんにほんとは書いてもらいたいんだが…。
 それはないようだった。

 ホワイトボードはすでに二人によってごちゃごちゃと書かれ、それはリビングのソファー横の棚の上に置かれた。

 何だかなー。
 自分がやった事だが、やっぱ変だな。
 違和感…不思議な気分だ。

 けれどやはり、その違和感、悪い気はしないのだった。

       

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