「やあーーーーーーッ!!!」
玄関の直ぐ近くにある階段から響く叫び。
これは――。
「琴美さんの声?!」
俺は鈍い頭の痛みに目をぎゅ、と一度つむってやり過ごすと、美登利さんの肩を借りて靴を急いで脱ぐ。しかし、玄関を上がり二階へ向かおうとすると、後ろにいる美登利さんが呟いた。
「うあ、また始まったか…」
また、始まった――?
「どういうことです」
「ああ…麦っこは知らないんだ。ちー、まずいな。稲生に口止めされてたんだった」
「!」
あのヤロウ…!
美登利さんまで丸め込んで俺に琴美さんのこと口止めしてたのかよ!
再び顔を歪めたが、そんな場合ではないのであいつを罵るのは我慢した。
その代わり、また同じ質問をする。
「どういうことなんですか?!」
「どうって言われても俺の口からは…なんとも言えないんだよ」
美登利さんは中々折れる素振りをみせない。
「…。じゃあ、俺、このまま二階に行って、琴美さんに問い詰めますよ?いいんですか!」
俺は頭に血が上っているらしい。脅しに入るしかない、と強行に走った。
「えーーーそりゃキミ、困るよ。やめておいた方が無難」
それでも折れない美登利さんに俺は相当頭に来てまた大声でつめよる。
「いいから訳を話してください!これじゃあキリがないでしょうが!」
「話せない。そのまま上に行くのもダメ。キミはここで待って。
――琴美を傷つけたくないなら」
「……!」
言葉に詰まる。
がなりすぎと風邪のせいで渇いた喉が動くのを感じた。
一体これは、どういうことなんだ?
俺が琴美さんに今会いに行く事によって琴美さんが傷つく、というのは。
「でも…」
心配だ。
一体なんでこんなに最近知り合ったばかりの他人を気にしているのか自分でも分からない。
世話を少ししただけで親鳥になった気分なのか? 既に意地になってるだけなのか。
「もう鳴子が琴美の部屋へ行ったよ。俺たちはお呼びじゃないさ」
「…でも…!
心配で仕方ない!今の悲鳴、普通じゃないでしょう?
何週間しか共にしてないけど、
同じ建物に住んでるだけの他人になるつもりで、彼女らの家政婦するためだけに
俺は同居を受け入れたんじゃないんだ!
分かるでしょう?!美登利さん!」
俺は息も絶え絶えに、なんだか恰好いいことを言った、と自分で自画自賛した。
ここは読者も感動するところ。なあそうだろう。そう思うのだが、美登利さんの口からは、
「…つまんねえ理由だこと」
などという言葉が笑顔で吐かれた。
なん…だと…?
俺は唖然として美登利さんを凝視する。
すると、彼は溜息をつきながらついに折れた様子で言った。
「まーいいか。そこまでいうんなら、俺の責任で琴美にあわせてあげるよ」
「え?!本当ですか?」
「ただし、俺の言う通りに出来るならね」
後悔するなよ、と捨て台詞を吐くと不敵な笑みでおもむろに廊下近くの物置部屋へ入っていく。
急いで彼に習うが、
――数分後、俺は後悔することになる。