Neetel Inside 文芸新都
表紙

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 ああ全く、とうとうと適当な嘘を吐く美登里さんにはヒヤヒヤさせられる。
 そしてそれを横目にいつもと変わらない無表情の琴美さんから何とか感情を読みとろうと、俺は懸命に努力してみる。全くの無駄だったが。
 と思われたその時琴美さんの唇が動いた。

「いいよ」
 え!?
 まじで今の信じたんですか。俺は演技するのも忘れて目を見開いて驚く。そうこうしているうちに美登里さんは、端正なジャリーズ顔を輝かせ、
「ほんと。じゃ頼むね」
と言って出ていった。
 ばたん、とドアの閉まる音がしてから俺は慌てた。
 この状況で置いていくなんて酷くないか?!
 こんな女装…絶対ばれるだろ! ばれたらどうすんだ? 生きていけない!
 あれ、つーか俺、
「何しに来たんだっけ?!」

「…お母さんに、会いに来たんでしょう…?」
 はっ、と我にかえる。
 いかん、思考が口に出てしまった。そう、私は米子なの。…名字は忘れた。クリスティーヌ真子先生に憧れて、感極まって会いに来てしまったのだ。

「そうそう、そうなの…あ、あなた、琴美さんと言ったかしら」
 米子どんなキャラなんだよ。よくわかんねえよ。俺は悲しくなりながらも必死で米子を演じる。
「こ、琴美さんは先生の漫画は読みまして?」
「うん」
「ええと…『葵ちゃん』の中で一番好きなキャラクターって誰かしら?」
「……ぶた彦」
「あ、ああ、葵ちゃんのペットの猫…」
 女の子は皆師匠を好きになるのに。猫て。(主人公のペットに豚のように丸々太った猫がいるのだ。主人の恋を応援している。葵ちゃんはオスだと思っているが実はメス)
「分かる分かる、可愛いわよね~」
「……米子ちゃんは」
「へ!?私?」
 向こうから何か言ってくるとは思わなんだ。ていうか俺(麦)としゃべるより口数が多いような気がする。嬉しいような悲しいような。
 俺は複雑な思いに駆られつつ。

「私は…やっぱり師匠ですね。だって素敵じゃない」
 女の子に徹して、イケメンの師匠をプッシュする。俺はもちろん葵ちゃんが好きさ。ロリコンじゃねえぞ。
 しかし、その俺の返答に琴美さんは浮かない顔だった。
「……そう?」
 むしろ俺に白い目を向ける。
 え、なにその、ないわ~みたいな目。
「だって格好いいし、優しいですし。女の子の憧れですよ」
 一応弁解してみる。実際師匠にはファンクラブまでできているんだぜ。ネット上では。
 が、琴美さんはそれに対しぽつりと反論。
「…私はそうは思えない」
「え」
「あのくらいの歳の男の人があんな若い女の子に好意を持つなんて…信じられないよ。現実にあったらキモチワルイ…かも」
 ええええ?!
 コノ人どうしちゃったの?
 ギャルゲだかエロゲだか好んでやってる人の言葉にはちょっと思えない気がするんだが。
「でも手出したりしないじゃない?あくまでプラトニックだし。歳なんて関係ないと思いますよ」
「……でも現実は、ああならない」
「………?」
 なんか、琴美さん、米子に対してだと何か、違うかも。
 俺と話しているときはもっと、変で、意味不明のことを言ったり、エロゲやったり、変な格好でうろうろしたりしてるのに。
 なんつーか、おっさんみたいだったのに。
 今はなんだか神経質な女の子みたいな感じもする。
 俺はふと思い立って聞いてみた。

「あ、あの。琴美さん、歳上の方に想いを寄せたりとか、そういうことってないですか?」

 すると、琴美さんの無表情だった能面のような顔に、ほんの少し、変化が現れた。
 どろりとした黒い瞳が、震えるように揺れる。動揺を隠そうとしたのか、手で口元を覆った。
 そして、叫ぶ。

「……ない!!!」

 これはどうしたことだろう。
 もしかして彼女が先ほど暴走していたことに何か関係あるのか?

 年上の男――。

 琴美さんに暗い影を落としたのは、いったい、なんだ。

 偽乳をつくろうと美登利さんにむりやりつけられたBカップのブラジャーが俺の胸を締め付けて、苦しかった。

       

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