俺がごちゃごちゃと取り留めもないことを考えていると、兄貴が盛大に溜め息をついた。
「まあいい。早く服を着ろ。風邪が悪化すんぞ」
「う…うん」
「まったく…馬鹿が」
「……」
正直恥ずかしいのが先だったので、兄の悪態にむっとするのもわすれ、いそいそとクローゼット内の寝巻を取り出しにいく。着替えるついでに顔をタオルで拭っていると、ふと後ろからの視線に気づいた。兄貴はいつのまにか俺のベッドに腰を落ち着かせている。
「なんだよっ見んなよ」
「見るだろ、弟が女装に目覚めたとなっちゃ」
「目覚めてねええええええ!」
「…着替えたら、寝ろよ。ほら」
兄貴がそう言っておもむろにベッドを、ぽんとたたく。
とても怖い。なにこれ。気味が悪い。
しかし目が怖かった。優しくしようという訳ではないらしい。
仕方なく言われた通りにベッドへ下半身だけ布団に入って座ると「寝ろ」と兄がまた言った。
「……」
沈黙。素直に寝転んだところで、死より重い沈黙が訪れた。
ねえ、なんでこいつ部屋から出てかないの?
俺が気まずさに耐えかねて出てけよと言おうとすると、兄が口を開いた。
「…悪かったな」
「は?」
「ビールぶっかけて」
思わず俺は目を見開いた。
「何…だよ。気持ち悪いな!」
何を言うかと思ったら謝罪だと?
兄貴、絶対謝ったりしないのに。いや、今までで初めてじゃないのか?
――首を絞められて押し入れに閉じ込められたときだって。
(…あのときだって謝ったりしなかった)
「自分に非があれば俺だって謝る」
「……」
嘘だ。恐ろしくて全身の毛穴が開く。
今まで理不尽な扱いをいくらでもうけてきたが、全くもって謝る気配をみせなかったぞ。おめえの『非がある』とやらの基準ってなんだよ。
「今回のことはお前はまったく悪くない」
「……」
いや、知ってるけど?
「今まで俺は、お前に非のあることに関しては謝らなかった。まあお前は理不尽だと思っていただろうが」
「なんだ…よ、それ」
くそっ。頭ががんがんする。
いい加減にしてほしい――、もう精神的に来ることはしゃべるなよ。
こちとら一時は立ってられないほど具合が悪かったというのに。
「まあ、いい。とにかく今回はお前は悪くない。それだけだ」
「なんだよ悪くないと思うなら、琴美さんのこと…教えてくれよ」
「……お前、琴美ちゃんのこと気に入ってるのか」
「…え?」
「まあお前は他人にのめりこみやすいからな。勘は鈍いけど」
「そうか?」
俺ってそうか?
そういえば信男にもそんなこといわれたか。
「琴美ちゃんのこと、女の子として気にしてないってんなら教えてやってもいいが、そうじゃないんなら教えないほうがいいだろうな」
「…え?」
なんだ?
どういうことなんだ、それって。