Neetel Inside 文芸新都
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 今日、車の中で見た夢を思い出す。
 俺は当時3、4歳だった。
 それで兄は14だか15歳で、今の俺くらいのころだ。
 今の自分を思えば、兄貴はやはり大人で、俺の面倒を良くみてくれた。今も昔もかわらない。気に入らないことがあれば俺を叩いたり邪険にしたりしたが、俺のことをよく気遣って、いつも傍にいてくれた。
 ある日、俺は出張帰りの父親に、気に入りのロボットアニメのおもちゃをもらった。兄にはないようだった。
 俺は相当ご機嫌だった。ニコニコへらへら笑って、兄に自慢した。
「いいでしょ?オレ、れっどまーきゅりーなんだ!」
 オレがダンダムだ! とか何とか言って、ロボットを振り回した。
 兄も初めはそんな俺を黙って見ていたが、そのロボットが兄の眉間に当たってしまった。
 それで、兄が切れたのだ。
 兄は俺の首を絞めた。意識が遠のくほど絞められたが、すんでのところで手を離した。咳き込んでいると、次には俺を押し入れに入れ、閉じ込め、何度出してくれと言っても出してくれなかった。

「おにーちゃ、あけ、あけてえ!」

 俺は10歳になって父さんと母さんが別れるまで、これは兄が単に玩具をもらえなかったことへの嫉妬と、ぶつけられたことからの怒りだとばかり思っていた(実際ぶつかったことも引き金にはなっただろうが)。今考えれば14の男がおもちゃをもらえなかったからといって切れたりはしない。
 だがもうその頃には父さんと母さんは、問題があったのだ。
 二人とも不倫相手がいたのだ。幼い俺から見れば、二人の仲は良く見えた、喧嘩をしているのを見たこともなかったしな。まったくもって普通のごく一般の家庭に見えた。しかしそうではなかったのだ。悪い意味では一般的だったのかもしれない。今考えればこんなことは世の中ありふれているのだが、そんなことは他人事だ。自分の身に起こるなんてことはまず思わない。
 出張と理由をつけて家を出て行く――イコール母さんではない女と会う、だった。その後ろめたさからか、父は俺に玩具を買い与えただけだったのだ。
 当時14、5だった兄はそれを理解していた。
 しかし幼い俺は、不倫、そんな言葉すら知らず、気付かなかった――。あまりにも無知だった。幼かったのだから仕方なかったかもしれないが。
 兄も限界だったのかもしれない。
 一人で悩んで苦しんでいたのに、俺があまりに呑気にへらへらしているから。
 だからこそ俺は兄に、首を絞められた。
 そして今現在も、憎まれ続けている。
 …それだけなのだ。
 俺に非があったから兄貴は謝らない。
 わかってる。わかっていたのだ。

「わかってた…俺」
 なのにずっと、言ってなかった。
「…ごめん」
「……」
「ごめんなさ」
「黙れっつってんだろ…」
「……っく」
 何故か涙がでて、止まらなくなる。
 いっつもこうだ。兄貴と言い合いになると、結局俺は泣く。
 弱い。

「だっ、から…さ、もうやなんだ…知らないの」
「……ちなみに押し入れに入れたのはあんとき母さんが男連れこんでたからだけどな」
「…!それは初耳だっつー…」
 の。もはやショックどころの話ではない。
 そうだったのか。知らなかった。じゃ、もう、完璧兄貴悪くないじゃん。
「言ってなかったからな。でも知らないの嫌なんだろ」

 ほらな。
 …鈍感なのは、残酷だ。多少でっかくなってもこのざまだ。
 無理やり聞くのじゃなくて、気付くべきなのに。

 でもわかんないもんは分からない…。
 でも分からないと傷つける。
 でも分かったからといって何ができる?

「う…ぐ…」
 俺がぼろぼろ泣いていると、兄貴が重く溜め息を吐いた。

「……別におまえに謝って貰いたかったわけじゃねえよ…」

 そう言って、ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻きまわされる。
 そしてふっと笑った。


「それにもう、そのことは、報われたからいいんだ」


       

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