Neetel Inside 文芸新都
表紙

― 反ノックスの十戒 ―
第一章

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1.


「悲劇だね、喜劇だね。まったく持ってこの世の中クソだ!」


心の底から憤慨したような女子の声が信二の居た保健室に響いたのは6限目を少し周った所だった。
独り言ともとれるその声は、信二のご機嫌の斜めな胃にダメージを与える。


途端、ズキンと鈍く疼いた胃に舌打ちしたくなるような衝動を、
残り少ない理性で信二は押えた。
そして少しだけ一体何が悲劇であり喜劇であるのか考えてみたが、
押し寄ってきた胃の痛みにその思考は完璧に洗い流されていってしまった。


それにしても、怒声の女子は誰に向かって言葉を発しているのだろう。


まさか自分ではあるまい。


思いつつ、キリキリ痛む胃を抑え、ベットの中で軽く身じろぎする。


「いや、クソ、と言うのは少し口が悪かったかな。
私のこの不満かつ不服かつ可笑しさと若干の泣きたい気持ちを伝わりやすく
更に私のオリジナリティーをいい感じに出して世の中にぶつけるにはどう言う言葉が相応しいと思う?」


ワンブレスで件の女子は言う。
まっさらな思考に言葉は思いの他深く浸透する。
とは言っても、それも一瞬の事ではあるが、
普段よりも頭の回転が鈍った信二にとっては十分過ぎる時間があった。



布団を頭から被り、信二はそれを忘却する事に勤める。
余計なことに能力を裂く余裕もなければ気持ちもない。


それにしても、よく口の回る奴だな。
ため息を噛み殺し、ベットの中で再度小さく身じろぎする。
どちらにしろ、変な人間には知らんふりが一番いい薬なのだ。




「おやおや、だんまり? それはあまりにも酷くないかい、信二君」



もしも。
もしも女子の語尾に「?」がついていれば、
信二はこのまま無視を決め込んでいただろう。


だが。
だが女子は確固たる自信を声に持たせ、
今現在ベットで胃痛と戦う人間を指名した。
「信二」の名を言い、さらにその上で意見を求めてきた。




(……どこで、ばれた? どこで俺がベットにいるって事が知れた?)



自分の名前を呼ばれ、微かに緊張した心で考える。
女子の声に聞き覚えは……ない。ような、気がする。



(なら、何でだ? と言うより、アレ全部俺に言ってたことだったのか?)



胃の痛み以外の理由で、眉をしかめさせる。




「誰だ……?」


やっとの事で口から搾り出た声。払いのけた布団。
起き上がる気力はまだなく、信二は白い天井を見つめながら考える。


はっ。
白い仕切りカーテンの向うから、鼻で笑う声がする。


「君は質問を質問で返流儀なのかい? 
だとしたらいいシュミしてるね。ああ、これ褒め言葉じゃないよ。
じゃあ私も君の流儀に乗っ取って返そう。誰だと思う?」


………………。

思考停止。

…………。

再始動。
そして結論。


……あー、なんか、うざいなぁコイツ。



本題の「誰だと思う?」に辿り着くまでお前は一体どれだけの言葉と時間を使ってんだと。
しかも律儀に嫌味まで添えてたよな、コイツ。


近寄りたくない人種にばっちりと遭遇してしまったらしい。
物事を理屈で捉えて行く人間とは折り合いが付け難いのだ。人生の経験上。


「知らん。知りたくもない」
ぶっきらぼうに言い捨て、信二は強く目を瞑った。
胃の痛みは既に最高潮。仕方がないので体をくの字に曲げる。
少し和らぐ胃痛。おお。グットグット。


「質問放棄? ハッ、いいシュミしてるね」


もちろん、それも褒め言葉じゃないんだろうな。



――――…………全然グットじゃねぇ。



何がグットだコラ俺。現実逃避してどうすんだ俺。
まずはこのムカツク野郎の口封じるのが先決じゃねぇか。おい。

頭から降ってきた声に、信二は舌打ちを押さえ込む。
いつのまに接近していたのだろうか、よく口が回る女子の気配がすぐ真横にあった。



想像したのは、にやにやと自分を見下ろすのっぺら坊。



誰だよ。


唱えてみても、のっぺらぼうは前文句を長ったらしく延べてから
「誰だと思う?」そう言って嘲笑に顔を歪めるのだ。



――ああ、畜生。今確かめてやるから逃げるなよ。



のっぺらぼうの素顔、もとい、声の主を知るために瞼を押し上げようとする。
その簡単な動作でさえ、今は随分と大儀な事に思えた。






    ――――――光が、




       

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