Neetel Inside 文芸新都
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2.

クラスに一人や二人はいなかっただろうか?
イジメの対象になる訳でもない。その興味すら向けられない。


自己顕示欲が欠落してるとしか思えない奴。
風景と同化してる奴。空気と同列に扱われる奴。


とどのつまり、存在感の無い人間。


信二の胃に執拗なダメージを負わせていた人間こそ、
例の『声の主』こそ、そんなクラスメイトの象徴だったはず、だった。


「…………」
「…………」


二人きりの保健室で見詰め合う二人。
同じ顔を持った双子とか、そう言う推定が頭に流れるが次にはその考えも否定される。


(あんな印象的な苗字の奴、俺は一人しか知らない)


月見里 綾。

やまなしあや。



教室の窓際最前列を入学以来14ヶ月守り続ける鉄仮面、
動かない口と顔の筋肉を称して石仮面月見里。


実は顔の筋肉が全部死んでいる。
そいつの声を聞いた人間は必ず不幸になる。


そんな伝説を持つクラスメイトが、口元を歪めながら、
ベットに横たわる信二を見下ろしていた。





   胃痛はどこかに吹き飛んでいた。





――次に信二が取った行動は、次の通りである。
至極ノーマルで至極間抜けな確認作業。
つまり、他の人物が保健室にいないかどうかの点検だった。

しかしいくら見渡そうとも保健室にはこの二人しかいない。
そう言えば、保健室の先生はけが人の付き添いとかで病院に行ったんだっけ。
なんて考えてみたりする。


結局、事実は変わらなかった。むしろ揺ぎなくなっただけだった。



この保健室には信二と月見里綾しかいない。
それが唯一無二の事実だ。


ともすれば『声の主は月見里綾である』のが、当然なのであるが
それでも信二には「自分の耳の機能が突如イカれた」「全ては幻聴だった」なんて言う
天文学的な確立の方が高いような気がした。


それほどまでに、信二にとって、いや、月見里綾を知る者にとって、
彼女が言葉を発するのは稀有なのである。




    もっとも――





「はっ、君さ、つくづくいいシュミしてるね。何、当て付け?」



目の前の彼女がこの言葉を発した瞬間、稀有ではなくなった訳だが。
それに信二が返せた言葉と言えば、


「おまっ……しゃべれたのかっ!?」


最高に低レベルなリアクションだった。



「しゃべ――はははははは!
 確かに私は鉄仮面……いや、石仮面にバージョンアップしたっけな?
 とにかくそんな無礼極まりないような名前で呼ばれているが、言葉を持たない訳じゃない!」
むしろよく喋る方なんだ。彼女は確かにそう言う。


「嘘だと思うかい?」
付言する綾。


「……嘘だとは思わないが信じがたい」
返答する信二。


言われてみれば綾の声質には無口な人間の持つ重み、みたいなものが備わっていた。
多分、多分であるが、コイツは気に入った人間には呆れる程喋り、
気に入らない人間には呆れる程無言を突き通すのだろうと信二は思う。




じゃあ、自分は気に入られた……のか?




背筋に一つ、冷たい汗が通る。


「私は誰にでもフレンドリーになれるほど尻軽じゃあないんだよ。
 私はカップラーメンみたくお手軽じゃないんだよ」
そうして彼女は唄うように言う。



「……何か喜劇で、悲劇なんだ?」


ベットから起き上がり信二は聞いてみた。
先刻から気に掛かっていた、悲劇と喜劇の中身を。


「はは! いいシュミしてるね。ああ、これは褒め言葉だよ!」


綾の顔に浮かんだ明るい苦笑。
呆然とそれを見上げながら、信二は彼女の動向を探る。


それから流れるような動作で彼女は制服の胸ポケットに手を伸ばした。
取り出したのは一枚の名刺。綾は手の内でそれを弄びながら、



「別に悲劇と喜劇がいっぺんに上映された訳じゃない――ただ」


「ただ……?」



「一つの劇に、悲劇と喜劇が同席してるんだ」
シェークスピアも真っ青だね。
綾は笑い、顔に掛かった自身の黒髪を耳に掛けた。



――笑えば結構可愛い方なのかもしれない。
口が裂けても言えない考えが巡る。



「どうやらこの予告状によると、」


もったえぶるように一端そこで言葉を区切り、











「私は一週間後殺されてしまうらしいんだ」








綾は、たしかにそう言っていた。
まるで他人事。まるで無関心。自分は一週間後、殺されると。




『一週間後、お命頂戴いたします』




受けとった予告状を見、綾を見、


「は?」
信二は言った。声は少し裏返っていた。


「漫画みたいだと思うかい? 小説みたいだと思うかい?
そうだろうね。私も思った。と言うか呆れたね。君みたいにね。しかし――」
シニカルに笑う綾。
どこか屈折したような笑い方しか出来ない奴なのだろうか。信二は思う。


……どうでもいいか。


綾は返されたそのカードを弄びながら、緩慢な動きで隣のベットに腰掛けた。
それから天井を仰ぎ、



「しかし?」

「実例がある」

「実例……?」




「私が殺された」




彼女はそう言う。




「は……?」

「信二くん。なぁ、信二くん。私を助けてくれないか」




綾はこう言う。




「余命一週間の私をね」




それが始まり。あるいは終わり。
全ての顛末は、この保健室から始まる。




「……ふざけてんのか?」
いささか気勢をそがれ、普段のトーンで信二は問うた。
綾はニヒルに口元を歪めたままで、返答を寄越すような素振りは未だない。



「じゃ、じゃあ何か? 俺の目の前にいる人間は幽霊とでも言うのか?」


眉根をしかめさせたまま、信二は再度訊く。
復活し始めたあの憎たらしい胃痛に、今度は頭痛まで加わってきている。



「違うさ。オケラだってそうだが、私もちゃんと生きてる」


やはり緩やかな動作で綾は自分の手を左胸に押し当てた。
ギシリとベットのスプリングが軋み、


「何なら確認がてらに触ってみるかい?」
「結構だ」


「うわ、即決か。もう少しいたわりみたいなものを見せたらどうだい?
 君の目の前にいるのは一応、美少女じゃないか」

「自分で言ってる時点で随分アレだな」


確かにね。扇情的に微笑む綾。
……白状しよう。月見里綾は、顔がいい。
まあその分、口は開いてても閉じてもアレと言うような障害持ちであるが、
それを勘定に入れたとしても……以下略。



(くそ。だから嫌だったんだよ……)



「何で俺なんだ……?」
素朴な疑念に、

「君が信二君だからさ」
返される哲学。



しばらくの間無言が続き、


「訳わかんねー事言うなよ……」

口火を切ったのは信二だった。


「殺されるつーなら警察にでも何でも相談すりゃいいだろ」

「仮に言ったとして、まともに取り合ってくれるかどうか
 解らないほど君も馬鹿じゃないだろう?」

「……それは、そうだけど」


「信二」

綾のまっすぐな視線が、信二を射抜く。
急に名前を呼ばれ、目が醒めたような心地になる。



「君が君だから助けを求めている。これは理由にならないか?」

「…………」


しばらくの思案があり、



「いや、」



やっとの事で信二はかすれた声をひねり出す。




「ならないだろ」







『そいつの声を聞いた人間は必ず不幸になる』





綾が持つ噂。
ならば声を聞いた自分は不幸になるのだろうか。
いや、もしかすると関わった時点で彼女の不幸やとらに自分は囚われていたのかもしれない。



もう、既に。




       

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