Neetel Inside 文芸新都
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3.


『3年の鳥居坂にあってくれ。
 事情を聞いてからでも結論を出すのは遅くないだろう?』


そう言って綾は保健室を後にしたのだが、
相変わらずの胃痛に悩まされる信二にとってはただの戯言程度でしかなかった。

『3年の鳥居坂』とやらを探す気力もない。


終礼が終わり、皆が帰り支度をしているのをぼんやりと見つめながら
全部すっぽかして帰ってやろうかなんて鬼畜な考えも巡ってはいたが、
どうもツキが愛想をつかしてしまっていたらしい。



三年の鳥居坂が直ぐに見つかったのである。



『 ピンポンパンポーン 』


いや、見つかったというよりは、


『あー、もしもし? 信二くんですかーっ?
 ゐヤッホー、鳥居坂未玖様でーぃす! 早速だけどお前放送室にちょい来いや』

見つけられたと言う方が正しいのかも知れない。
全校放送で呼び出しとはどう言うことだろう。
これには流石に信二も固まった。机を下げながら人知れず嘆く。


(……確実に、これは)


あいつがもたらした不幸だ、と。
チャオ! なんて一言を持ってブッツリと切られた放送。固まる教室の空気。


「まぁた…………」


教室のスピーカーを見上げながら、誰かが嘆息を漏らした。


…………鳥居坂未玖。
言われてみれば名前くらいは聞いたことがあるような気がする。
良く言えば天真爛漫、悪く言えば唯我独尊。
しかしてその実態は、




「あの会長か」




委員会を束ねる生徒会の会長だったはずだ。
再度漏らした嘆息を絡めとるのは、いつもの事だと解凍され始めた教室内の空気。




(仕方がない、か)




自分の持つ選択肢はあまり多くないような気がしていた。
そしてそれは、ありとあらゆる意味で事実だったのだ。




        【 ――県立VIP高校 放送室 】



「7分27秒26」


放送室に入ってから真っ先に告げられた言葉がこれだった。
コイツもめんどくさい部類の人間だ、とかぎ分けたのは
どうでもいい所だけ冴え渡る直感。



「いいかい、いいかいっ、人生の時間ってのは戻らないんだよー、
 くそぅどうしてくれるよ私が君を待ってたこの時間をさっ!」



これ見よがしに目の前でピッピピッピ押されるストップウォッチ。
6畳一間に押し込められた放送機材、そしてネズミとライオン。逃げ場なし。


「アンタが遭いにくればいいだけの話じゃないか……」

「めんどくさい」


窮鼠にはライオンを噛む力などなかった。
目の前には望んだ展開に嬉々とするライオン、もとい3年の鳥居坂。
一刀両断された正論が床に転がり、信二は前髪を掻きあげる。
類は友を呼ぶと言う。捕食者と群れるのは捕食者だけという話だった。




「……どんなご用件なんですか?」



演出しえる限りのぶっきらぼうな声で言ったものの、
そのリアクションさえ相手が欲していたものらしかった。
わざとらしく細められた目元に、信二は明確な力関係を見る。逃げてぇ。


「んんー? ツキミサトから聞いてないかい?」

「ツキミサト、って誰ですか」

「揚げ足を捕らないで欲しいなぁ」


放送室の隅っこにうず高く積み上げられた古い放送機材を物色しながら、
鳥居坂未玖はやはり楽しそうな声色で言う。



「聞いてませんよ。月見里からは何も」

「うっそーん。って、まっ予想はしてたけどねっ」

「どっちなんですか……」


放送室の中央に鎮座する学習机を指でなぞりながら、
信二はやはりうんざりとした声色で言う。


「でぇーもね、ツッキーの現状くらいは聞いてるっしょ?」

「一週間後に殺される、って奴ですか?」

「半信半疑?」

「むしろ全否定」

間髪入れずに返した言葉に返されるのは、いっそ愉快な馬鹿笑い。
そりゃそうだ、とヒーヒー言いながら抱腹絶倒中の未玖を尻目に、
信二は思い出していた。


それはあの、悪夢のような保健室での出来事。


『どうやらこの予告状によると、私は一週間後殺されてしまうらしいんだ』


それはあの、綾の奇怪な言動。


『実例がある』


そして一番難解な、あの言葉。


『私が殺された』



「…………」

「彼女の言葉をどこまで信じるかは、君の自由だ」


前触れもなく真顔を作った未玖が言う。
どこまでも愚直な視線。肩口で切り揃えられた透き通るような鳶色の髪。
おあつらえ向きに西向きの窓からは夕日が差し込んでいた。


「彼女の言葉はどこまでも真実で虚偽である、ってね」

「……月見里綾は確かに殺された、しかし、殺されていない」

「そーゆーことさね」

未玖は朗々と笑う。
信二の直感は実感に変わる。



(コイツも面倒くさい部類の人間だ)、と



少年のような仕草で信二は鼻っ面を掻いた。
中央の机に腰を据えた未玖はそれを見て笑い、こう付言する。



「解かんないかなぁ、解かって欲しいんだけどなぁ」


この時点で信二には一つの予想があった。
綾の言動の理由についての予想だ。

もしもその通りなのであれば、全ての事象に説明はつく。
しかしその通りなのであれば、全ての事象に意味がなくなるなんて言う
恐ろしいパラドックス含んだ予想。


「これを認めてしまえば全てが倒錯しかねないんだぞ……?」

「半信半疑?」

「むしろ全否定したいな」


そりゃそうだ、とまた抱腹絶倒する未玖。
ああ、実に面倒くさい事に絡まれた、と信二。



「にしし、まあまあまあ、その『全否定したい事』言ってみれば?」



全てを知り、自分は正解の場所に立ちながらヒントを寄越さないで
人が解答に苦悩する様を見て喜ぶ人間が信二の目の前にいる。
生粋の支配者階級が。



「こんなモンが存在し得るこの世の中はクソだな」


なぞる彼女の言動。
なるほど、こんな状態に陥ったなら誰だって言いたくもなるって話だ。
正解の場所に立ち、やっと納得した。
西日で満たされた放送室内、信二は言う。









「 月見里綾は、多重人格障害者だな? 」









瞬間、返される未玖の笑い声は肯定の証だったのだろう。



・多重人格障害
旧称、多重人格障害。現在名称は解離性同一性障害と言う。
明確に独立した性格、記憶、属性を持つ複数の人格が1人の人間に現れるという症状を持つ。
ほとんどが人格の移り変わりによって高度の記憶喪失を伴い、
そのために診断が遅れたり、誤診されることが非常に多い疾患である。


自然に漏れたため息を聴き、満足げに頷く鳥居坂未玖は、
信二の眉間に寄って来たシワを見、さらに満足げに頷いてみせた。


「……むかつくなぁ」


「渡されたパズルのピースで、謎はちゃぁんと解けたみたいだねっ」


「無視かよ。……全部知ってたんですか?」


「そんなこともあるよーなないよーな的な?」


「どっちだ」


ケタケタと笑い出す未玖を信二は気だるげに見る。
確かに謎は解けた。しかし根本的な部分で解けない部分がある。


「何で俺なんだ」

「ツッキーが君に助けを求めた理由かいっ?」

「ああ」

腕を組み、未玖は暫しの間黙考した。
一つ一つのアクションが幼いな、と思ったのは口に出さない。
箸が転んでも可笑しいお年頃とは、何歳位の事を指すのだった?




「君が君だから、じゃないかなぁ」



「……聞いたことのあるような台詞だ」


つい30分前ほどに。
当然の疑問をねじ伏せる超理論に説明をつけろと言うのが無理な話か。
いつのまにか勢力を増しつつある胃痛にため息さえ持っていかれたらしい。



「どっちにしろ、俺には実害がないんだろ?」



誰かの一精神が死んで、葬式を上げる訳じゃない。
事実彼女の精神は一度死に、けれども自分の生活はいつも通りだったのだ。


「そーれーはぁ、あんまりにも白状すぎないっ?」

「どうとでも言え」


くるりと返した踵。


「ぐぇっ」


そしてリアルに引かれた後ろ髪。


「君には月見里綾を助けなきゃいけない理由がある」

「それは何だよ……って離せ。痛てぇ!」


仏の顔も三度だけだよ、と未玖が言う。
きっと、今後ろにいる鳥居坂未玖は真顔なのだろう。根拠のない憶測。







「だって君、××××じゃないか」






――ずっと信二には一つの予想があった。
もしもその通りなのであれば、全ての事象に説明はつく。
しかしその通りなのであれば、全ての事象に意味がなくなるなんて言う
恐ろしいパラドックスを含んだ予想が。



「…………いま、なんて、言った」



また返した踵。
360度一周した結果、視界に飛び込んで来たのは



「ね? これで君はツッキーに協力しなくちゃいけないねー?」



鳥居坂未玖の満面の笑み。窮鼠がライオンを噛む事はあっても、
それで食物連鎖がひっくり返るなんてのはありえない。
とどの詰まり、自分はどこまでいっても自分であると言う事だ。



夕日の放送室、両手を広げ鳥居坂未玖は高らかに力言する。





「じゃーまー、話そうか。
 犯人の要求と、君のやるべき事についてねっ!」




自分の持つ選択肢はあまり多くないような気がしていた。
そしてそれは、ありとあらゆる意味で事実だったのだ。

       

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