Neetel Inside 文芸新都
表紙

狂人戦闘舞踏祭
第一話「ザ・アニキの来訪」

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時間の止まった世界。それを彼は楽しんでいた。
白いスーツの上下。似合いの青いネクタイを見事に締め、整った――これがまた、一目見ただけで惚れ込まれる、といった程の美形だった――顔つきにうっすらとした笑みを乗せ、その男は町並みを往く。ある中部の、ある田舎町。その広い、まさに田舎の家、といった様な和風の家が建ち並ぶ中をゆっくりと歩んでいく。
静かに歩行していた野良猫は動かない。家からは物音一つ聞こえない。そして、野良猫に手を触れても、動かす事は出来ず、殴っても傷つかない。
そう、WAYの中。男は両手にした革手袋越しに、動かぬ猫に触れた。本来なら革の手袋越しに伝わるだろう猫の体温も、伝わらなかった。彼は猫からそっと手を離して、快適な外気の中を歩いていく。
彼の居る場所は小高い丘に登る、坂の近くだった。この坂の上を行き、丘を登れば、私立の高校があり、この坂を登らず少し行けば、商店街が見えた。しかしさすがは田舎町だ――全く昔と変わっていない。この時間、あいているのは二十四時間営業のコンビニ程度だ。彼は彼がこの街に居た頃と変わらない事に喜びの笑みを浮かべながら、歩みを商店街に向ける。
途中、車道を横切った。暗い車道の奥に目をこらせば、遠く、遠くに小さな明かりが見えた――工場。男はそこを知っていた。彼の仲間、いや、厳密にはまだ違う。”明日からの仲間”が、そこで戦いを繰り広げているはずだった。彼はそちらに向けて右手の人差し指と中指をこめかみに当てて、健闘を祈った。
それから、商店街の入り口のアーチをくぐる。全く音のない、無音の世界。ただ澄み渡った空気の中を、男はうっすらとした笑みを浮かべながら歩いた。
二十四時間営業のコンビニ。明かりのともったその店の前を通る時、目をくれてみると、中で眠そうな目で店員がレジに突っ立っていた。彼は今なら、コンビニで好き放題出来ると思ったが、考えてみればWAYの中で物には干渉できない。大体、WAYの中ではふつうの扉は開ける事は出来るが、機械は動作しない。目の前にコンビニの自動ドアは、開く事は無いのだ。
彼はしばらくその明かりを、そして店員を見つめていた。「ボーッとしてやがんなぁ」そんな事を呟きながら、商店街で唯一明かりの灯ったその店を見つめていた。いや、どちらかと言うと、店員より店の中にいる、整った顔立ちの美女を見つめていたのだが。
しばらくして、やっと思い出す。そうだ、自分が目指していた場所。商店街で唯一、この店に明かりが灯っている? おいおい、我ながら何を言ってるんだか。
彼はそう思って、歩みを進めた。そう、彼が目指している場所。そこには、明かりが灯っている。この店が唯一、という訳ではない。
軽いあくびをしながら、彼はコンビニの直ぐ先、五十メートルも無い位置にあった裏路地への道を入った。それから、裏路地にあるまじき迷路のような複雑な道を正確に、知っているかの様に歩く。いや、知っているのだ。昔から、良く。
街灯もなく、暗闇の裏路地。足が覚える限りで彼は歩み、そして、見つけた。最初はポツリと。そしてそれは、近づくと、やがては大きくなった。
灯り。レンガ造りの、あまりにも裏路地には合わない建物。一階建てだが、奥行きは広そうだった。
「懐かしいな」
男はやはり笑みを浮かべながら、その建物をしばらくマジマジと見つめていた。
やがてその建物の玄関へつながるドアのノブに手を回すと、懐かしい感触にふと笑みをこぼしつつ、それを回し、引いた。
ギギッ……。古いドアの開く音。これもまた、懐かしく、彼の心を和ませた。
「ヒッヒ……お客様、ですかなぁ?」
しゃがれた、低い声。ドアを開けきると、そこに居た身長が百五十も無いだろう老人。タキシードを着こなして、洋式故にローファーを履いている。
白髪はやや後退していてデコは広く、口に張り付いた不気味な笑顔。彼はその老人を見ると、やはりパッと顔を笑顔に染めた。
「おぉ、これは……懐かしい客もあったものです、加藤九柳様」
「爺さん、まだ生きてたのか?」
九柳。そう呼ばれた彼は、老人にそう聞いた。「ええ、私は元気でしたとも」老人はそう答えてから、半身になって右手をそっと、家の奥に向けた。行きましょう、と言っているのだろう。
玄関。そしてその後ろに、直ぐ扉。玄関と一室しかない、特異な建物。
やはり変わっていない。九柳はそう思いながらも、「林檎さんも元気なのかい?」と聞いた。「もちろんですとも」老人はやはり笑いながら、答える。
老人が笑いながらも、九柳に一礼してから背を向けた。ゆっくりと歩きながら、老人は静かに奥の部屋に続くドアを開ける。軋む音を立てながら、ドアがゆっくり開いていく。
パッ、と明るい光が九柳の目を突いた。明るい、というより明るすぎる室内。老人が先に部屋に入って、続いて九柳が部屋に入ると、音もなく老人は部屋のドアを閉めた。
見渡せば、壁にはライフルやショットガンが掛かっている。それを挟むように、どこぞの画家が描いた絵画が飾られていた。この辺りもかわっていない。九柳はそう思いながらも、部屋の片隅で、ロッキングチェアーに揺らされる初老の男を見やった。
「久しぶりだな、九柳」
優しい、抱擁感のある声。白いセーターとスラックスに身を包んだ初老のその男はゆっくりと立ち上がって、こちらを見て、笑った。
九柳は出来る限り愛想のある笑いを浮かべながら、言った。
「久しぶりだな、林檎さん。もう十年も前か?」
「最後に逢ったのはな、十年と一ヶ月、それに三日と九時間十三分四十七秒ぶり、だなぁ」
笑いながら林檎、と呼ばれた老人はそう言って、手招いた。九柳は言われるがままに近寄って、林檎の暖かい抱擁に応えた。
この男、この街の狩人達を影ながら支援する、ガン・スミス。藤美林檎。年齢は不詳だが、見かけは初老のこの老人は、かつて十年前、十七歳の時までこの街で九柳が狩人をやっていた頃から、全く姿形を変えず、そのままの性格、そのままの表情。そしてそのままの暖かみを持って、やはりこの裏路地に居た。
九柳はそれだけでこの街に帰ってきて良かった、と思いながらも、林檎が身体を離すと、辺りを見渡した。前とは少し、物の配置が変わっている。部屋の中央にあったはずのテーブルを挟んだソファが無い。見渡す限りで、座れる場所は見つからなかった。
「九柳、おまえが居なくなってからはな、慎司とその教え子の三人がな、街を護っている。しかしなぁ、どうにも椅子があってもすわらん子達でね」
「礼儀に欠ける奴らだな、慎司は相変わらず、か?」
「歳は喰ったがお前と組んでいた時より腕が落ちた気がするがなぁ……」
「時代も変わるさ、少しの時間でな」
言いつつ、九柳は「ヒッヒ」と老人が笑いながら運んできたロッキングチェアーに腰を下ろした。対面する形で、林檎もロッキングチェアーに腰を下ろす。
それから九柳はしばし待った。十年前、まだ自分が慎司と組んで狩人をやっていた頃は、ここで毎回たばこを老人が持ってきて、「ヒッヒ……どうぞ」と不気味に渡す。
そして、美味そうにそれを一服し終えてから、話がやっと始まるのだ。懐かしむように、九柳は一瞬を幾度も重ねたのだが――それは、一向にやってこなかった。
まさか、と思って九柳は聞く。
「たばこ、吸わなくなったのか?」
「時代は変わるのだろう? 私だってね、色々あったのだよ……あーむ、特に肺ガンを患ったりもしてね」
「そりゃあ、大変だったろう? 報せをくれりゃ、見舞えにきたのにな」
言いつつ首を横に何度もふって、九柳が白いスーツの胸ポケットから、マイルドセブンの箱を取り出した。
良いたばこらしい。らしい、というのは、九柳がこのたばこを持っていたとしても、吸った事が無いからだった。たばこは健康を損ねる。健康を損ねたら、街に繰り出して女性をくどく事が出来なくなる。この人口の少なすぎる街に飽きて、都会の狩人――魔も狩るが、主に女性を狩るのが仕事だぜ☆――になったのだった。健康第一だ。駅のホームでたばこを吸う奴が居たならば、彼は「テメェは俺の健康を損ねた! 情熱とはイコール行動だぁ! てめぇがたばこに注ぐ情熱、イコール吸うって事だろうが、俺は健康に情熱を持ってる! つまりイコール鉄拳制裁!」と叫びつつ、鉄拳による制裁を試みる。たばこは嫌いだ――林檎なら許すのだが――。しかし、たばこは咥えているだけでもかっこよく見える。それだけで充分なアドバンテージがある。吸わなければ良いのなら、咥える。彼はつくづく思う。俺って頭良いなぁ。
「お前がたばこ、か。時代は確かに変わるか」
「いや、火はつけない」
一瞬咥えるだけか? と聞くような顔をした林檎に、たばこを咥えつつ九柳は頷いた。感嘆した様に林檎は唸って、言う。
「健康第一は変わってないようだなぁ」
「そりゃそうだ、健康がなきゃ女性は口説けない」
「そこも、変わっとらんな?」
「あぁ」
爪楊枝を咥える風来坊、ではなく、たばこを咥えるイケメン。我ながら絵になる、などと思いつつも、唸る林檎に九柳は本題を持ちかけた。
「さて、林檎さん。俺だって、用がなくてWAYの中で会いに来た訳じゃない。事前に電話でも話したが……」
「うむ」
林檎は頷いて、玄関へのドアの近くに立つ老人に本当に見えているのか怪しい程の細いその目を向けた。
ヒッヒ、とやはり笑いながら、老人が玄関に出て行く。長い沈黙。部屋に置かれた時計の秒針が進む音だけが響いていく。
林檎はそれを楽しむかのように目を閉じて、静かに老人の帰りを待った。
長い静寂を破って、ドアが軋みながら開く。
「ご注文のものです。ヒッヒ……」
老人が右手に銀塗りのケースを持って部屋に入ってきた。一度それを床において、丁寧にドアを閉めてから、再び手に持って九柳に近づいてくる。
九柳は立ち上がって、ゆっくりと九柳の前まで歩いてきた老人からケースを受け取って、林檎を見た。
林檎が頷く。九柳はうなずき返して、ケースを床に置き、片膝を突いてケースを開けた。
「おぉ……!?」
ケースの中に互い違いに納められた二挺のリボルバー。その妙に旧式な二挺。片方を手に取った。
ズッシリと重い。三十センチもある、巨大な全長。九連装弾の特異なシリンダーに、上は長く、下は短い上下二段のバレル。
磨き上げられたシルバーとゴールドの装飾。
九柳は試しにシリンダーを開けてみた。特異なシリンダー。中央にある弾倉をシリンダー軸に、九連装の回転弾倉。
「レ・マット・リボルバー……百四十二年前に生産の終わったリボルバーなのにな」
「うむ。しかしなぁ、古風の物は良いなぁ」
林檎はそう言いながら、穏やかな目で九柳を見ていた。
レ・マット・リボルバー。アメリカ南北戦争時代のこの拳銃だが、十六番ケージの散弾が拳銃ながら撃てる事や四十二口径が九連装という事もあって、アメリカ連合国陸軍に採用された経歴を持つ傑作リボルバーだった。博物館行きの拳銃なのだが、狩人にいかなる権限があるのか。林檎はそれを所有していた。
半ば観賞用だったそれを、殆ど無理矢理装飾の術式によって強度を高め、撃てる段階にこぎ着けたのだ。あくまで撃てる、といった程度だが、十六番散弾に加え四十二口径で敵兵士を血祭りに上げたかのリボルバーである。他の魔法効果、たとえば反動軽減などは、リボルバーの特徴を逆に潰す事もある。撃てる、といった段階で充分だった。
九柳はしばらくそのレ・マット・リボルバーを見つめていたが、ふと林檎を見て、
「恩に着るよ、林檎さん」
言った。それからレ・マット・リボルバーを、静かに着込む白いスーツの中――ホルスターに納めた。
「しかし、もう一丁も芸術品だな」
更にケースの中から手に取ったリボルバーは、どこか西部劇を連想させるリボルバーだった。
しかし、ガンマン御用達のシングル・アクション・アーミーではない。スタームルガー・ブラックホークである。
精密な照準器を採用しシングルアクションリボルバーとしては珍しい安全機構を取り入れ、クイックドロウ(早撃ち)に対応する四十五口径モデル。やはり装飾がなされているが、これも金属疲労対策だった。
「私の仕上げは気に入らないかね?」
「いや、どっちかというと最高さ」
九柳は言いながら、笑みを浮かべた。手に取っているブラックホークも、レ・マットも、どちらも林檎による術式がなされている。
九柳が昨日まで居た都会では、狩人の支援者はただメーカー品を売っていた。それを考えると、ガン・スミスと狩人達から半ば伝説に語り継がれる林檎のすごさが身にしみて感じられた。ハイウエイパトロールマンのシリンダー改造からこういった術式の刻印まで。彼と知り合えた自分が、いかに幸福が理解出来る。
ただ、九柳はそれを見ながら、こうも思った。これは確かに美術品だ。しかし――そこから先は、苦笑しながら声に出す。
「まるで世界最大の美術品だが、世界でもっとも危険、最悪と最高を兼ね備えた、イコール世界一危険な美術品、だな」
「ふむ……お前が初めて魔と戦った時も、同じような事を言っていたなぁ」
「気にするべき事柄じゃないさ」
言いつつ、九柳はブラックホークも静かに胸のホルスターにしまって、ケースを閉じると、またロッキングチェアーに腰を下ろした。
老人が手早くケースを手に、部屋を出る。また少しすれば、弾丸の詰まったケースを持ってきてくれるだろう。
そのひとときを利用する用に、林檎は問うた。
「さて、九柳。慎司に呼ばれたんだろう?」
「あぁ、そうだな。情熱とはイコール行動だ。俺はあいつにまだ、情熱を持ってる」
「ふむ……また、魔を狩りに?」
「あぁ、その事だが……どうもな、近頃おかしいんだ」
林檎が眉を寄せて、聞いた。
「おかしい?」
九柳は首を縦に振ってから、答えた。
「もしかしたら始まりかもしれないな。魔達が起こすと言われ続けてきた、ウロボロス……どうかは解らないが、異常に魔が活性化してる」
「活性化、か。確かに二日前にWAYが発動されてから、今日も。一ヶ月に一度あるかないか、のペースだった活性化が、おかしいなぁ」
「あぁ、だから、俺が呼び戻された」
九柳は言ってから、少し目を閉じた。一瞬睡魔に襲われたが、何とか払いのけて、目を開ける。
直ぐに目を開けたつもりだったが、十何秒もまぶたを開けるのにかかったらしい。故郷に帰る、帰路の旅路が長かったのだろうか。
「……噂は聞いているよ。中々、強くなったな、一人で、とはな」
「そうだな」
九柳は曖昧に答えた。都会での、たった一人で大型の魔を狩った、などという話が流れてきているのだろう。
何かしら、国内だろうと海外だろうと、こういったガンスミスや狩人は、関係を持っている事が多い。
九柳ももちろん少しはそんな仲間がいたが、コンタクトは全く取っていない。魔の活性化も、自分の肌で感じた事だった。
「大人は、子供には何もしてやれなかった」
「そんなことないさ」
林檎が懐かしむように、しかしどこか悲しそうに言うのに、九柳は暖かみを持った声で言った。
林檎が首を幾度か横に振ってから、包み込むように暖かい笑顔になって、言った。
「ともかく、強く、大きく育ってくれて……お帰り、九柳」
しばらく九柳は逡巡していた。
数拍おいてから、頷いて、答える。
「あぁ、ただいま」
それから、また長い沈黙が続いた。
老人が戻ってきて、弾の詰まった弾薬箱を渡されて。
九柳は寝入った林檎を後に、老人に礼を言ってからその場を後にした。
空を仰ぐと、驚くほど月が美しかった。




       

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Neetsha