「よう、のび太。話は静ちゃんから聞いたぞ」
言いながら扉を開けたのはジャイアンだ。中学に入ってまた一回りも二回りも大きくなって、レスリングでもやっているんじゃないかってくらいにゴツくなってしまった。今日はダウンジャケットなんてものを羽織っているから余計に大きく見える。それにしても別に鍛えているわけでもないのにこの体格……ちょっと家の手伝いが過酷過ぎるのではなかろうか。
性格は相変わらず粗暴で、ことあるごとに僕やスネ夫に悪さをしてくるが、昔に比べればずいぶんとささやかなもので、ちょっかいをだす程度だ。成長して少しは落ち着いたのだろう。みんなで何か食べているときに「お前のものも俺のものじゃねーか」と人のものまで味見しようとする癖だけはなかなか抜けないようだった。
彼とは、受験前ということで本腰入れて勉強するために、遊びの誘いを断り続けていたから、ちゃんと話すのすらずいぶん久しぶりな気がする。
「悪いわね、こんな時間に」
彼を招きいれながら静ちゃん。
「久しぶり、本当にありがとう」
なんとなく距離感がつかめなくって僕の言葉は他人行儀になってしまう。一瞬だけ、ジャイアンが悲しそうな顔をした気がした。だけど、すぐに彼は笑顔になって、
「水臭いこというなよ、心の友よ」
僕の肩をバンバンと叩いた。大仰な台詞も、大きな彼の手の感触も、昔のままだ。いろんなものが変わっていく中で、それだけは変わらないようなそんな気がして、なんだか胸が熱くなった。と、
「悪いね、ちょっと遅れたよ。服の組み合わせにちょっと時間がかかってさ」
言いながら、長く伸ばした前髪で顔の半分を覆い隠した少年が扉を開けて入ってきた。昔の面影は長く伸びた髪の先端が三叉に分かれているところくらいだが、スネ夫である。なんだか勘違いなヴィジュアル系の人みたいだが、線の細い彼がやるとそこそこ見れる髪形になるから困り者である。中学にあがったころからお洒落にこだわり始めた彼は、身長こそ少し低いものの、学年で一番のお洒落さんになっていた。それもこれも彼の持つ財力の賜物なのだが、そのお金と彼のルックスに引かれて何人かが告白したという話まで聞く。しかし、奇妙なことに彼は誰とも付き合うことはせず、ジャイアンとつるんで街を練り歩くのを楽しみにしていたようだ。
思えば、僕と彼とはお互いに中学に入ってからどんどん変わって行ったためか、なんとなくわだかまりというか、距離を感じてしまい、いつのまにかジャイアン経由でしか関わらなくなっていた。
こんな時に服の組み合わせを考えていたなんていかにも今のスネオらしいんだけど、やっぱりもう僕のことなんてどうでもよくなってしまったのかと少し悲しくなった。俯いて、「迷惑をかけてごめんね」そう言おうとすると、
「のわりには息があがってるみたいだけど、もしかして走ってきたのか?」
ニヤリと笑ってジャイアンが言い、
「スネ夫さんのおうちはここからけっこうあるものね。思ったよりも早くてびっくりしたわ」
肩をすくめながら静ちゃんが続けた。
ハッとして顔を上げると、スネ夫はバツが悪そうに明後日のほうを向いて、
「そんなことはどうでもいいだろ。早く作戦を練ろうよ」
吐き捨てるように言った。
混乱してしまってきょろきょろ三人を交互に見る僕を置いてけぼりに、ジャイアンと静ちゃんは笑い、スネ夫は「あーもう、かっこ悪い」と言いながら乱暴に頭をかく。
そんな状況じゃないのは理解していたけど、昔に戻ったような気がして、少しだけ心が和んだ。
ここにドラえもんがいれば、全てはあのころのままなのに。