Neetel Inside ニートノベル
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 空き地。
 僕は相変わらず土管に座り、空を見上げている。
 時刻は十時を少し過ぎたくらいか。
 そろそろかな?
 そんなことを考えながら空を見ていると小さな白いものが降って来ているのに気付いた。
 あの日と変わらず、雪が降り始めたのだ。
 視線を僕の家があるほうに巡らせてみた。二階建ての家が少し遠くに見えて、二階の窓から灯りが漏れていた。きっと僕は何も知らずに勉強をがんばっていて、その横でドラえもんはつまらなそうにドラ焼きでもつまみながら漫画を読んでいるのだ。
 と、不意に、入り口の方から小さな足音。感覚を研ぎ澄ましていなかったら聞き逃していたであろうその微かな音に気づき、僕は腰を上げる。
 思ったよりも早かったな。そんなことを思いながら、僕は土管を駆け上がる。と、それを上り切ったところで声をかけられた。
「野比のび太だな」
 僅かに緊張を孕んだ大人の声。僕らの武勇伝は彼等も聞き及んでいるのだろうか。
「違ったらどうするのさ、不用心だなぁ」
 返しながら、ゆっくりと振り返る。
「その時は記憶を操作して過去に戻るだけだ」
「なら僕が誰かなんて確認する必要、ないじゃないか」
 視線というか気配というか、不可視の重圧をいくつも感じるが、やはり姿は見えない。雪が彼らを視認する手助けになるかとも思ったのだが、空から降りてくるうちに溶けてしまうような儚い粉雪だ。残念ながら何の役にも立ちそうにない。内心の落胆を悟られぬよう、無邪気に笑ってそうちゃかすと、
「決まりだからな」
 自嘲するように声が答えた。声は続けて、
「正式な過去介入許可が降り次第、君を逮捕する」
 そう宣言して、しばしの沈黙が生まれた。
 正式な、ということは先の僕への発砲は正式なものではなかったということか。それともその場その場で別の許可が必要なのか。彼らのルールはよくわからないが、どうもそういう決まりらしい。
 それにしても公権力というものはいつの時代にも面倒な決まりに縛られているらしい。恐らく、こちらに投降の意思がないか確認しなければいけないのだろう。だから彼等は光学迷彩だけでなく音や行動を含む認識迷彩の機能をもつ『いしころぼうし』を使用できないわけだ。
 なんにしろ僕は、相手の姿が見えないものだからいまいちどこを見ればいいものかわからず、適当に空き地の入り口の方をぼんやりと眺めながら、相手の反応を待った。
 相手は多数の上に姿が見えないのだ。圧倒的に不利すぎる。
 双方一言も発さないまま、しばしの時間が過ぎて、
「さて、お待たせしたな、時空間犯罪者野比のび太。時空間旅行法第137条に基づき、貴様を逮捕する」
 声が無表情に、そう告げた。
「痛いのは嫌だなぁ」
 苦笑いを浮かべつつ、そう返すと、
「抵抗しなければ悪いようにはしないさ」
 だいぶ近いところで、声が笑う。
 抵抗をしなければ……、
 瞬間に溢れそうになる感情があったが、なんとかそれを押し殺す。
 ここで無策に飛び出しても何も出来ずに捕まるだけだ。
 なんとか、なんとか、
 ――相手の位置をつかまなくては。
「ところでさ、」
 近づく気配に向かって、世間話でもするような調子で言いながら両手をゆっくりと上げる。
「“ノビノビロープ”って道具を知ってるかい?」
 返事はない。
「たまたま僕と似た名前の道具なんだけどさ、自由自在に伸ばして細くできるつよいロープなんだよ。
 そして僕はあやとりの天才らしくてね」
 ここで言葉を区切り、腕を完全に持ち上げ、指先から伸びたソレを、ピンと張った。
「悪いけど抵抗させてもらうよ」
「クソッ!」
 瞬間、両手の指から伸びた不可視な程に細く細い糸に引っかかる感触。恐らくは僕が動くより早く近づき、僕をとりおさえようと走ったのだろうが――、
「遅いよ」
 次の瞬間には僕は処理を終えていた。
 指を丁寧かつ素早く動かしながら腕を引く。確かな感触がそこにあった。数は8つ。
「確保だ! 支援部隊、早くこいつを確保しろぉ」
 確保されてしまったさっきまでの声が言う。自分の身かわいさとはいえ自ら今の攻撃の範囲外に支援部隊を展開していたことを明かすとは。愚かにも程がある。
 もとより今ので全てをしとめたとは思っていなかった僕は素早く後方に飛び下りた。運動神経なんて欠片もないから、着地なんて思い切りうまくいかず、右足首をくじいてしまうが、今は気にしている暇などない。慌てて土管に背を預け、土管と壁の隙間に体を隠す。
 ぱしぱしと、土管や神成さんちの壁にゴム弾とおぼしき球がぶつかって音を立てた。
 発射音が聞こえなかったということは今度こそいしころぼうしを装備しているらしい。
 状況は考えうる中で最悪の状況だった。
「自信がなくなってきたよ、静ちゃん」
 雲が厚みを増し、月の光すらも見えなくなった空に向かって、僕はつぶやいた。

 ***

       

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