Neetel Inside ニートノベル
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「ねぇ、ジャイアン」
 街灯だけが薄暗く照らす道を歩きながら、それまで無言だったスネ夫が呼びかけた。その口調はなにやら真剣で、普段軽口を叩いてばかりの彼にしては珍しいことだった。
「なんだ?」
 答えるジャイアンの声もそれを感じてか、やけに重い。
「のび太さ、やっぱピンチだと思うんだよね。でさ、」
 ここで言葉を区切り、うろんげにジャイアンを見上げる。
「ん? おう」
「やっぱこの仕事は一人用だと思うんだよね」
「この仕事? 一人用?」
 彼の言わんとしていることが理解できずオウム返しに聞き返してしまう。
「タイムパトロールを呼び出すってやつ。二人でやることじゃない」
 彼は言って前を向きながら取り出した携帯をぱかぱかとやって見せるが、ジャイアンには未だにその本意が理解できない。
「僕一人でやる。やれる。ジャイアンには別のことをやって欲しいんだ」
「だけど、静ちゃんの作戦は――、」
 その意味を理解し、さらに困惑するジャイアンの言葉を遮る。
「あの作戦は片道切符なんだよ。確かにそれでこの時間ののび太はことの次第には気付くかもしれない。だけどそれで未来が変わらなかったら? タイムパトロール達がその上で妨害してきたら?」
 淡々と、あくまで淡々と説明するスネ夫にジャイアンは言葉につまってしまう。スネ夫はパタンと勢いよく携帯を畳んで、
「そういう時に対応するためにも逃げ道を用意しとかなきゃって思うんだ」
 裏山の方を見上げた。
「逃げ道……確かにそうだな」
 考えてはうんうんとうなずくジャイアンに、スネ夫は自嘲するように小さく笑う。
「皆はなんだかんだいって楽観的だし、勇敢だからね。そういう卑怯なことは思いつかなかったでしょ」
 ハッとしたような顔でスネ夫の方を見たジャイアンは、何かを言おうとして、だけどうまく言葉が出てこなかったのかそのまま悲しそうな顔をして黙り込んでしまう。
「だからね、ジャイアンには他のことをしてほしいんだ」
 そんなことには気付かないまま、スネ夫は続ける。
「タイムマシンの周りにも奴らはきっといる。その近くでちょっと歌の練習をしてきてほしいんだ」
「へ?」
 理解できないという顔で彼を見るジャイアン。スネ夫は、しばし「いや、あの、その……」と言い淀んで、ひきつった笑顔を作ると、
「君の歌はさ、ほら、聞く人を眠りに誘うくらいの美声だろ? それを活かしてほしいんだよ」
 口早に言った。言われたジャイアンはハッとしてまんざらでもない顔で笑う。
「まぁ眠らせれるかはわからねーけど俺の歌は美しいからな。それくらいお安いごようだぜ。けど、」
 と、ここで不安げな顔をしてみせる。
「危なくないかな?」
 それにスネ夫は笑って、
「ジャイアンは裏山に歌の練習にいくだけ、そうだろう? 危ないことなんかあるもんか」
 ぽんぽんとその肩を叩く。ジャイアンはそれで安心したようで、「だよなぁ」と言って笑うと、
「んじゃあお前も気を付けてくれよ。お前は左目――、」
 急に心配そうな顔になって何事か言おうとした。しかし、スネ夫がそれを遮る。
「うん。それじゃあ、お互いうまくやって合流しよう」
 しばし、あっけにとられたような顔をして黙っていたジャイアンだったが、おうとうなずいて駆けていく。
「僕も、うまくやらなきゃな」
 そうして一人になったスネ夫は呟いた。
「しかし、のび太の奴、まさかこんな大事な時にあの空き地を選ぶとはね。なんとなく無くなるのが寂しいから株で儲けたお金で買っといて良かったな」
 そして、一つため息をついて、頭を振ると、一瞬だけ前髪が揺れて閉じたままの左目がのぞいた。彼は神経質に髪を撫で付けてそれを直すと、携帯を取り出し、
「もしもし、ジャイアン? 僕だよ」
 どこにも繋がっていない電話に向かって一人話し始めた。
 そしてちょうど野比家の前を過ぎるころ、
「そうそう。変なところでのび太を見たよ。受験前なのにあんなところで何してたんだろうな。ん? どこかって? 空き地だよ。土管に座って空を見てたよ。変なやつ」
 少しだけ声を大きくして、呟いた。

       

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