僕が泣き止むまで無言のままで待って、彼女は一つ溜め息を吐いた。瞬間に、彼女の雰囲気が一変する。感じたことのない空気を彼女から感じて、我知らず背筋を冷たいものが這い上がる。彼女に会えた喜びが、急速に冷めていくのを感じた。
彼女は、僕が鼻をすするだけになったのを確かめると、くるりときびすを返す。
「さて、まだ意識がある人達にお願いしたいことがあります」
まるで講義でもするように正面にむかって投げられたその声は、彼女に背を向けられていることもあってかやけに冷たく聞こえた。
返事はなかなかなくて、それを待ちながら、彼女は簡易鎧の脇についていたスイッチを押す。プシューと空気が抜けるような音がして、鎧は彼女からはがれるとどんどん縮み、折り紙のように小さく、薄っぺらになっていく。そうしていつものパーカー姿になった彼女はそれを拾ってポケットに入れると、ガキッと空気砲も外してポケットに直した。
「何だ?」
ロープに縛られ、転がされているのであろう透明な誰かさんが尋ねる。
スゥっと息を吸い込む音が聞こえた。そして、
「必ず説得して戻ります。探さないでください」
彼女にも彼の姿は見えないのだろうが、声のしたほうを見据えて、はっきりとした口調でそう告げる。普段のやわらかい口調とはあまりに違うその堅い響きに、僕の知らない彼女の一面があることを見せ付けられたようで悲しくなった。
返事は、ない。
そんなこと一兵隊でしかない彼にできるわけがない。
無言で見守る僕に背を向けたままで、彼女はもう一つ溜め息を吐くと、
「まぁ、とりあえずいいです。動けないとは思いますけど、追わないでください」
言いながらポケットに手を突っ込み、どこでもドアを取り出した。
「のび太くん、行くよ」
首だけで振り返って彼女が言う。別にきつい口調というわけでもないのに、有無を言わせぬ迫力を持ったそのあまりに彼女らしくない物言いに、僕はうなずくしかなかった。
――カチャリ。
彼女がドアを開く。
その枠で四角く切り取られた空間は別のどこかにつながり、半透明なフィルターをかぶせたような朧げな像を結ぶ。
色の変化に乏しいその景色がどこかはよくわからなかったけど、どうやら灯りはあるところらしく、夜の帳が下りた空き地の只中で、そこだけが明るいという異様な光景だった。
「二人っきりで話をしよう」
前を向き、今度は振り返りもせずに彼女は言って、そのままドアをくぐる。
僕は、一瞬だけ考えた。
彼女は僕を説得すると言った。
それならば僕は逃げたほうがいいのではなかろうか。
今なら、作戦通りに行っているなら、僕の家は無防備になっているはずなのだ。
ドアの向こうに、彼女のぼやけた後姿があった。
彼女は会話を望んでいる。僕を説得しようとしている。
つまりは僕の行動は彼女の意にそぐわないということだ。
考えるまでもない。
僕は意を決するように目を閉じて、ドアをくぐった。
――パタン。
僕の背後で、ドアが閉まる音がした。