Neetel Inside ニートノベル
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 ゆっくりと目を開ける。そして、
「へ?」
 見えた景色に僕はまぬけな声を出した。
 そこは僕の部屋だった。
 否、僕の部屋にそっくりな何処かだった。
 棚もたたみも本棚も、机も窓も押入れも、僕の部屋と同じ場所にあって、そして、空っぽだった。漫画でいっぱいのはずの本棚には一冊の本もなくて、机の上に積んでたはずの参考書もなくて、ダンボールにつめた野球道具なんかもなくて、なんだか、学校帰りにカーテンを外された窓から見えた空き部屋を連想した。ものもなければ生活感もない、ガランとした部屋。
 そして何より、窓の向こうが壁だった。何かの冗談みたいに、窓の向こうはコンクリートか何かのざらざらした灰色の壁で、外の景色なんてかけらも見えやしない。
 なら襖はどうなるのだろうか。なんとなく考えて、本来ならこの部屋の入り口になる襖のほうを見ると、
「そっちも壁だよ。ここは閉じた空間だからね。どこでもドア以外に入り口はない」
 ドラえもんが言った。
 彼女は混乱する僕を置いてすたすたと押入れに近づくと、がらりとそれをスライドさせ、その二階によじ登り、そこに腰掛ける。
「君も座りなよ。短い話では終わらないだろうし」
 まるで感情のない声、どこかをうろんげに眺めていて僕の目を見ない青い瞳。胸の中に言い様のない悲しみが広がっていく。僕は小さく唇を噛み、無言のままで勉強机の椅子を引き、そこにかけた。
「……」
 彼女はやっぱり僕を見ていない。目は僕を視界に捉えているのだろうけど、まっすぐには僕を見ていない。部屋に物がないせいか、そのうろんげな彼女まで空っぽに見えた。ひどく無機質で、機械そのもののようだった。
 そんな印象を彼女に抱いたことを自覚したとき、僕は猛烈に彼女から視線を外したくなったけど、なんとか我慢した。彼女が僕を見てくれないのなら、なおさら僕は目を逸らしてはいけない。そう思った。
 と、
「なんでこんな馬鹿なこと、したの?」
 怒るでもなく、嘆くでもなく、ただ淡々と、彼女が尋ねた。
 僕は言葉を飲み、その質問を脳内で咀嚼して、
「未来をかえるために」
 そう答えた。それを彼女は鼻で笑う。
「未来? 君が変えようとしているのは過去じゃないか」
「ちがう――」
 僕はそれに答えようとするのだが、
「いいや、違わない。君がやっているのは未来を覗き見て、過去を変える行為だ。手探りの中現実と戦って未来を変えようとするものではない。いってみれば未来を“選ぶ”ということ。
 君は――、神様にでもなったつもりかい?」
 それを遮って質問されてしまう。
 初めて僕の方を見た彼女の目が、キッと僕を、睨んでいた。
 いつのまにか『未来を覗きに行く』というのが普通のことになっていた僕には最初、彼女の言葉の意味がうまく理解できなかった。それで、しどろもどろになりながら否定する。
「そんなことは……ないよ」
 それを聞いて彼女は大きく溜め息を吐くのだった。
「未来に都合の悪いことがあって、それに辻褄を合わせるために過去を変えるのは、絶対に間違ってる。そんなことはないというなら、君はなぜこんなことをしたんだい?」
「だからっ、都合が悪いとかじゃなくて、こんなのおかしいとおもったから……」
 うまく説明できなくて、なんとか言葉を選ぼうとして口ごもる僕を、彼女は笑う。
「それを選ぶというんだよ」
 僕は完全に沈黙してしまった。胸が震えて、涙が溢れそうになるけど、泣いたら負けだと必死で奥歯をかんでそれを我慢する。そして、
「君が、望んで未来に帰ったんだったら受け入れるつもりでいたよ」
 吐き出すように言って、
「だけどっ、あんなの見せられて許せるわけないだろっ!!」
 僕は吠えた。
 ドラえもんは俯くだけでそれに答えてはくれず、部屋の無音が耳にキーンと響いて痛かった。しばらくあって、
「君は、」
 うつむいたままで彼女がか細い声を出した。
「僕が壊されるところを見たんだってね」
 無言で、ゆっくりとそれにうなずく。
 そこで顔を上げた彼女は皮肉げな笑顔を浮かべていて、
「それで? “たかがそれだけのこと”で君は犯罪者になろうとしてたわけ?」
 こちらをバカにしたような口調で言ってのけた。僕にはその言葉が、信じられなかった。
 驚きすぎて言葉を返せない僕に彼女は続ける。
「何を勘違いしていたのか知らないけどね、のび太くん。僕はただの道具なんだよ。使い終われば捨てる、壊す。なにも不思議じゃない。
 僕の役目は終わったんだ。君には僕はもう“必要ない”んだよ」
 おねがい、やめて。
 心の中で叫ぶ。彼女の言葉にちょっとしたパニック状態に陥ってしまった僕の体は硬直してしまい、耳を塞ぐこともできない。
「僕は君がまともになるためにそばにいた“だけ”なんだよ。それが“仕事”だからこの時代にいただけなんだ。別に――、」
 その先は聞きたくない。
「望んでこんな時代にいたわけじゃない」

       

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