瞬間、思い切り殴られたかのような衝撃があって、僕は体の平衡を失った。上体がぐわんとかしぎ、椅子から転んでしまいそうになるのをなんとかこらえる。
――彼女は何と言った?
なんだか酸素が薄く感じる。僕はそれを求めて深く息を吸おうとするのだが体がそれを許さず、ひたすらに浅い呼吸を繰り返すばかりだ。
――彼女は何と言った?
過呼吸を起こしかけた体はさらに安定を失っていく。僕は椅子に背を預け、落ち着くのをまった。まずは落ちつかなくては。考えるのはそれからでいい。
明らかに変調をきたした僕を、ドラえもんは静かに見下ろしていた。
いつものように手を差し伸べてくれるでもなく、ただ淡々と押入れに腰掛けている。注意力を失った僕は、その手が押入れを仕切る板を強く握り締めているのに気付かなかった。
出口のない部屋に加速した僕の呼吸音だけがやけに響く。
煩いうるさい五月蝿いウルサイ。頼むから止まって。脳内に飽和した酸素を吐き出させて。フラフラする。怖いよ。助けて助けて助けて……いつもならば安心をくれる彼女、僕にとっての絶対の肯定者の彼女に頼ることが出来ない。その葛藤が僕から安定をどんどん奪っていく。
と、追い討ちをかけるように彼女。
「つまりは君がやっていたことは全部君の自己満足だったわけだ。僕は助けなんて望んじゃいなかったわけだからね。満足したかい?」
僕には答えられない。
答えられるわけもない。
ただ、必死に呼吸を整えようと大きく息を吐こうとするだけだ。しかし、それは叶わず切れ切れに浅い呼吸を繰り返す。
「諦めなよ。君にそこまでする理由はないはずだろ? 戦おうとするからそんなに苦しいんだ。受け入れれば楽になる。それにこんなことを聞かされたらもう――、」
苦しい、きつい、頭がぼんやりする。ぐにゃぐにゃと揺れる視界に続いて音すらも近づいたり遠ざかったりして僕はもはや彼女の言っていることを理解するのも困難になりつつあった。しかし何故だろう。
「君にだって僕はもう必要ないはずだろ?」
自嘲するように吐き出されたその言葉は鋭くとがったナイフのようにまっすぐに脳内に入り込んできた。
そして考えるより早く、口が動いていた。
「そんなこと……あるわけ、ないだろう?」
音が、やんでいた。僕の呼吸も、彼女の返事もなく、そこに沈黙だけがあった。
気がつけばめまいは引いていて頭痛もない。きっとあるにはあるのだろうけど一瞬のうちに意識外に消し飛んでいた。あまりに感情が動きすぎて逆に冷めていくような、そんな奇妙な感覚の中、僕はきょとんとした顔で僕を見返す彼女をじっと睨みつけていた。