Neetel Inside ニートノベル
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「そんなこと、あるわけないだろう」
 自分の中でその言葉を噛み砕き、確かめるように繰り返す。感覚が中途半端に麻痺したようなぼんやりとしたしゃべりにくさはあったけど、さっきよりもすらすらと言葉が出てきた。
「そんな簡単に割り切れるわけないだろう!」
 続けて吠える。
 そこでハッとしたようにドラえもんが無表情に戻った。一切の情を持ち合わせていないかのようなその表情、しかし一瞬、かすかに一瞬ではあるが彼女は確かに驚いていた。
 僕はその高く堅い壁の向こうに僕の信じる彼女がいると信じて言葉の槌を振り下ろす。
「だって、ずっと一緒にいたんだ」
 彼女は答えない。
「一番そばで見ててくれたんだ」
 表情の変化すらない。その絶望から僕の言葉は少しずつ勢いを失っていったけど、それでもとぎれることはなかった。
「君がいたから僕はがんばれたんだ。だからッ、だから――、」
 そのまま俯いて、前髪で表情が覗けないほどに下を向いてしまった彼女に、あの時言えなかった言葉を届けた。
「君がいてくれなきゃ僕はダメなんだ」
 瞬間、ドラえもんの細い肩が微かに震えた。しかし、彼女は何も答えず、そんな彼女にかける言葉を僕は見つけられず、それ以外に変化のないまま、時間だけが過ぎていく。
 いつの間にか呼吸は落ち着いていて、頭痛も消えていた。そのことに気付いたころ、
「そんなの君の勝手な自己満じゃないか」
 細くくぐもった声で、ドラえもんが言った。相変わらず頭を下げたままなので表情は読めない。
「そうだね」
 僕はうなずく。確かにそうだ。こんなの完全に僕の側の理由であって彼女の事情も無視していれば僕の行動を正当化するものでもない。それはわかっている。
「僕の行動が罪なのならその罰はうけるつもりだよ。だけど、何もしちゃいない君をためらいなく撃つような人間たちの作った罰になんて死んでも従うもんか」
 それを聞いたドラえもんが俯いたままで小さく吹き出す。
「自分勝手。そういう自分にしか通じない理論を使って自分を正当化する癖、まだ直ってなかったんだ」
「別に正当化してるつもりは――」
「してるよ。確かに彼らが全て正しいかって言われるとわからないけどね。だけど、わからない以上、罪は罪だよ」
 正当化しているつもりなんてなかったのにそういわれ、僕は思わず黙ってしまう。そうなのかなぁ、などと頭を捻っていると、不意に、
「けど、なんで?」
 まだ顔を上げない彼女が尋ねた。ほかの事を考えていた僕はそれを聞き逃し、
「え? 何?」
 聞きなおす。それに対してため息を吐いた彼女が、
「どうして、ここまでして……」
 そこで言葉を区切り、答えを待つ。
 僕は大きく息を吸い込みながら目を閉じた。
 まぶたの裏に思い描いたのは桜吹雪を背に、机に腰掛けて手を差し伸べる彼女。
 そう、僕はあの頃から――、
「君が好きだから」
「へ?」
 言いながらゆっくりと顔を上げた彼女はきょとんとした表情で僕を見返した。大きく見開かれた両目からは涙の筋が流れている。
 顔が熱くなるのを感じて視線をそらすと、
――ヒック。
 思い出したように彼女は小さく一つしゃくりあげた。

       

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