Neetel Inside ニートノベル
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 僕の頭がその意味を理解するよりも早く状況は動いていた。
「ヒッ――!!」
 彼女が叫んだ直後に所長が間抜けに引きつった声を上げ、すぐに鼻で笑う。
「貴様、何をするつもりだ!? そんなものを私に向けて。貴様はロボットだろう? 人間を撃てるはずがない。人間に危害を加えることができないように作られているんだ!」
 言葉から察するにドラえもんが彼に銃を向けているらしい。僕は何とか目を開けようとしたけど、かすんだ映像が微かに見えただけで、まぶたはすぐにふさがってしまった。
「冗談はやめろ! 撃てるはずが――」
 焦ったような所長の言葉の途中で、
――パァンッ! パアンッ!
 空気銃のものではない、そして映画よりもずっとずっとちゃちで乾いた銃声が響いた。それにドサリとい何かが倒れこむような音が続く。
「所長、未来はね、運命に縛られるようなものであっちゃいけないんですよ。今の人間が最善を尽くして切り開いていくものだ。今ある未来に辻褄を合わせるために作るものじゃない」
 凪いだ海を連想させる落ち着いた声でドラえもんが言って、すぐそこから、老人のうめき声が聞こえた。
 どうやら殺しはしなかったらしい。所長のことは殺してやりたいほど憎らしかったけど、ドラえもんに人殺しになってほしかったのも事実だ。
 うめく所長に彼女が解説を続ける。
「自分がね、人に近づいてることならとっくの前に知ってました。僕はさっきだって空気砲でとはいえ人を撃っている。そんなの本来の僕にはできないことだ。でも、よかった。のび太君の未来を守ることができた」
 と、不意に、僕の頬にぬくもりが触れた。
「ごめんね」
 返事ができない僕は痺れる体を無理に動かし首を振ろうとした。
「のび太君。君に会えてよかったよ」
――ピッ。
 機械音と同時に全身にあった脱力感が消えた。ハッと顔を上げ、動こうとするが、まだ痺れのような感覚があってうまく動けない。
 ただ、目を開くことは出来た。
 目の前には見慣れたドラえもんの顔。
 大きなたぬきじみた目をした愛らしい顔。
 涙が溢れそうになって、胸がつまって、伝えたい言葉がありすぎて、結局僕には何も出来なかった。
「それ、重犯罪者用だから、しばらくは動けないよ」
 言って、ドラえもんが笑う。
 あの晩押入れで見せたのと同じ、悲しそうな、残念そうな、そんな笑みだ。
「さよなら」
 彼女は僕を起こして微かに抱きしめると、僕をその場に残して立ち上がり、そしてきびすを返した。
 呼び止めることも、つかんで止めることもできず、僕はただただ呻き、そして無理に動いたせいで体勢を崩して再び地面にうつぶせになる。
 その音でドラえもんは足を止め、こちらを振り返って困ったような顔をして見せたけど、もう何も言わなかった。
 彼女の進む先に視線をやると両腕から血を流してうめく所長の姿があった。彼は何らかの道具を使っているようで口早に部下に指示を出していたが、どうやらそれもうまくいっていないようだった。
「都合の悪い話をしたかったから自分でここらへんを不可侵空間にしたんでしょ? 貴方自身が解除コードを使わなければ外からは誰も入ってこれませんよ。まぁ、優秀な貴方の部下なら数分で空間にハッキングをかけてロックを外してしまうでしょうけど」
 落ち着いたドラえもんの声に対して、
「この不良品が!!」
 吠える老人は完全に安定を失っていた。
「えぇ、よく知っています」
 楽しそうな声でドラえもん。
 彼女は呻き続ける所長に近づくと、彼の懐に無造作に手を入れ、首から掛けられていた、中に機械仕掛けの時計が入った大きな宝石のような特殊道具『タイムキーパー』を取り出た。ブチリ、とそれを固定していた鎖を千切る。
「そろそろ僕らの時間に帰りましょう」
 呟くように言って彼女はそれを宙空に放ると、素早く打ち抜いた。
 僕にはその射撃が間違いなく正確なのがわかった。
『タイムキーパー』
 タイムパトロール所の所長だけが持つ、唯一無二の不思議な道具で、タイムマシンシステムの根幹をなす特殊な道具。ドラえもんは言っていた。偶発的に出来たそれがあるから過去、現在、未来は干渉しあえるのだと。そして、その破壊はすぐに全時空間のタイムキーパーに連鎖し、世界同士の擬似並列化を無意味化し、それ以降の時間旅行の不可能を意味する。
 この時間の住人ならざる僕も、この世界から追われるのだろう。
「さよなら、のび太くん」
 最後に、ドラえもんの呟きが聞こえた。
 まるでテレビの映像に少しずつノイズが入っていくかのように、世界がかすんでいく。
 僕は、――

       

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