Neetel Inside ニートノベル
表紙

ドラマティックえもーしょん
第二章

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「う、んぅ」
 うめきながら微かに目を開けると、見慣れない天井が見えた。どうやらソファの上に寝かされているらしい。
 助かったのか?
 考えながら辺りを見回す。見覚えのある内装。ここは……静ちゃんの家か。
 上体を起こして左手を付くと、肩の辺りにズキリと突っ張ったような痛みが走った。
 そういえば撃たれたんだっけ。
 見れば丁寧に包帯が巻かれている。とっさに右耳をなでるとそこにはガーゼが当てられていた。
 確認はしていないが傷は深いのだろうか?
 微かに血が滲んだ包帯に隠れて腕の傷は見えなかったけど、それは喜ばしいことに思われた。もしあの時とっさに傷口を見ていたなら僕は気絶していたことだろう。
――血は、嫌いだ。
 胸がドキリとしてしまう。
 と思ったところで包帯に微かに滲んだ赤に、思わず破壊されるドラえもんを思い出してしまった。
 あの時は激情にかられていたせいで平気だったけど思い出すと吐き気がしてくる。
許せない許せない許せない……。
「のび太さん。変質者みたいで恐いわよ」
 不意に、声をかけられた。
 どうやら僕は無意識にそのフレーズを口に出していたしい。
 彼女の突然の登場に驚いて反応できない僕に、彼女はフフッと小さく笑うと、
「気分はどうかしら?」
 尋ねてきた。そこに至ってようやくさっきまでの頭痛が消えていることに気づく。
「胸糞悪いくらいに最悪だけど悪くないよ」
 素直にそう答えると、彼女は僕の向かいに座り、そして質問を続けた。
「ま、傷もたいしたことはなかったしね。全部かすり傷よ。何をかすったかはとりあうず聞かないであげましょう。
 だけどこれには答えてほしいかな。あなた、何をしでかしたの?」
「静ちゃん、その質問の方が答えづらいよ」
 あまりにも彼女らしい物言いに思わず苦笑してしまう。
「ごまかさないで、のび太さん。成り行きとはいえ助けたのは私。私が 助けなかったら困ったことになってたんじゃなくて?」
「それはそうだけど……」
 思わず言葉につまってしまう。とはいえ彼女を巻き込むわけにもいかず、
「やっぱり話せない」
 そう告げた。

     


     

 沈黙。その間に、静ちゃんの表情から笑顔がスッと消える。
「そう。それがかっこいいとか思ってるわけ?」
「そんなんじゃなくて、介抱してくれたのは有難いけどこれ以上迷惑はかけられないから」
「迷惑、迷惑ねぇ。受験前の夜中にこうやって貴方の相手をしなきゃいけないこと以上の迷惑があるのなら教えてほしいものだわ」
「だからごめんって。もう行くよ。邪魔して、ごめん」
――フゥ。
 立ち上がった僕に静ちゃんが大きく溜め息を吐く。
「のび太さん。あなたは昔はおバカで何をやってもどん臭い人だったわよね」
「だから、何?」
 ぶっきらぼうに返すと彼女は嘲笑うかのような表情で僕を見る。実際さいには見上げられているのに見下されているような錯覚を覚えた。
「いつだってたけしさんにいじめられて、都合が悪くなるとドラちゃんに泣き付いて、本当に情けなくてつまらない人だったわ」
「……」
ここで彼女はもう一つ大きな溜め息を吐いた。そして、
「だけど友達を信じて仲間に助けを求めて頼ってくれる人だった。少なくとも今の貴方より素敵だった」
 言った。
 僕は答える言葉を見付けられず、ただ立ちすくむ。
 不意に、涙が頬を伝った。
 唇がぷるぷると震えている。
――ポン、と立ち上がった静ちゃんが僕の頭に手を乗せ、
「かっこつけるのなんて貴方には似合わないわよ。話してみなさい」
 言われた瞬間に堰を切ったように涙が、想いが溢れだし、僕はまるで子どものように泣いた。
「親が集中できるようにって家をあけてくれてて良かったわ。男の子を泣かしたなんてお母様にバレたら殺されちゃう」
 困ったように言いながら、彼女はぽんぽんと僕の背中を叩いてくれた。

 ***

 僕の説明は感情が昂ぶっていたためか、要領を得なくて、たどたどしくて、へたっぴだったけど、それでも静ちゃんは無言でちゃんと聞いてくれた。
 説明の途中で、また馬鹿みたいに涙がでてきて、僕はみっともなく泣いてしまったけど、それでも彼女は笑わなかった。
 大まかな説明を終え、彼女のリアクションを待つ。
 しばしの沈黙の後、彼女はハンッと鼻で笑うように息を吐くと、
「卑怯だなぁ」
 言いながらあさっての方を向き、ソファにもたれた。
「え?」
 わけがわからず尋ねると、
「こっちのハナシ」
 そう言って彼女は立ち上がった。
「たけしさんとスネ夫さんを呼ぶわ。二人は私立志望だし今は暇してるでしょ」

     

「二人ともすぐに来るって」
 受話器を置きながら、こちらに向き直り、静ちゃんは肩をすくめてみせた。
 電話の途中で「あのこと、おばさまに話すわよ」とか、「『パーマだけはかからない』でしたっけ? いい替え歌よね、あれ。けっこうコメントのびてたわよねぇ」とか聞こえた気がしたけど、気にしないでおく。気にしたらきっと負けだ。
 そんなことを考えていると、唐突に
「モロゾフの白いチーズケーキ」
 彼女がつぶやいた。何のことかわからず彼女の顔を凝視すると、
「お礼よ。今回のことはそれで手を打ってあげるわ」
 笑ってみせた。
「それで静ちゃんの手を借りれるんだったら安いものだよ」
「不合格祝いにちょうどいいわね」
「へ?」
「私は別にどこにいても勉強できるもの。一人で彼の相手をするなんて考えられないわ」
「静ちゃん……」
「謝りたいなら言葉じゃなくてお菓子かドラちゃんでよろしく」
「えっ!?」
「冗談よ」
 彼女は、つまらなそうに息を吐いた。
 どうリアクションすればいいかわからず困っていると、
「あ、そうだ」
 思い出したように言って近付いてくる静ちゃん。
「コレ、返しておくわ」
 差し出された手にはタケコプターが乗っていた。
「あ、ありがとう」
「ま、使わない方が良いけどね、たぶん」
 受け取ろうと手を伸ばしたところでニヤリと笑われる。
「なんで?」
「なんだかブンブン鳴っててうるさかったからスイッチを切ったんだけどね。コレ、スイッチ入れても震えるだけで回らないのよ」
「そんな――」
「うん。おかしいわよね。おかしいけど、少し話を整理すれば想像できなくもない。
 この時代でタケコプターを使えるのはドラちゃんの関係者の私達だけ。つまりは彼等にとっての邪魔者だけ。
 だから予め、タケコプターを使った人の脳波を乱すような電波をこの地域にばらまいておけば、私たちの足を封じられる」
 スラスラと淀みなく仮説を述べる彼女。そこには確かな説得力が存在していた。
 それならばタイムパトロール達がタケコプターを使って追って来なかったのも頷ける。
「これで目だけじゃなく足も奪われたわね、のび太さん。ここまで用意周到な相手よ、恐らくは私達がこの時間ののび太さんに事情を説明することは許されないでしょうね」
「……」
「どうする? 恐らくタイムマシンも押さえられてるわよ」
「……ここにいるタイムパトロール達を全員行動不能にする、しかないか」
 言うと、
「そういうわかりやすい話、私嫌いじゃないわ」
 彼女は笑った。
 笑った瞬間に、タイミング良く、チャイムが鳴って、僕らは顔を見合わせて笑った。

     

「よう、のび太。話は静ちゃんから聞いたぞ」
 言いながら扉を開けたのはジャイアンだ。中学に入ってまた一回りも二回りも大きくなって、レスリングでもやっているんじゃないかってくらいにゴツくなってしまった。今日はダウンジャケットなんてものを羽織っているから余計に大きく見える。それにしても別に鍛えているわけでもないのにこの体格……ちょっと家の手伝いが過酷過ぎるのではなかろうか。
 性格は相変わらず粗暴で、ことあるごとに僕やスネ夫に悪さをしてくるが、昔に比べればずいぶんとささやかなもので、ちょっかいをだす程度だ。成長して少しは落ち着いたのだろう。みんなで何か食べているときに「お前のものも俺のものじゃねーか」と人のものまで味見しようとする癖だけはなかなか抜けないようだった。
 彼とは、受験前ということで本腰入れて勉強するために、遊びの誘いを断り続けていたから、ちゃんと話すのすらずいぶん久しぶりな気がする。
「悪いわね、こんな時間に」
 彼を招きいれながら静ちゃん。
「久しぶり、本当にありがとう」
 なんとなく距離感がつかめなくって僕の言葉は他人行儀になってしまう。一瞬だけ、ジャイアンが悲しそうな顔をした気がした。だけど、すぐに彼は笑顔になって、
「水臭いこというなよ、心の友よ」
 僕の肩をバンバンと叩いた。大仰な台詞も、大きな彼の手の感触も、昔のままだ。いろんなものが変わっていく中で、それだけは変わらないようなそんな気がして、なんだか胸が熱くなった。と、
「悪いね、ちょっと遅れたよ。服の組み合わせにちょっと時間がかかってさ」
 言いながら、長く伸ばした前髪で顔の半分を覆い隠した少年が扉を開けて入ってきた。昔の面影は長く伸びた髪の先端が三叉に分かれているところくらいだが、スネ夫である。なんだか勘違いなヴィジュアル系の人みたいだが、線の細い彼がやるとそこそこ見れる髪形になるから困り者である。中学にあがったころからお洒落にこだわり始めた彼は、身長こそ少し低いものの、学年で一番のお洒落さんになっていた。それもこれも彼の持つ財力の賜物なのだが、そのお金と彼のルックスに引かれて何人かが告白したという話まで聞く。しかし、奇妙なことに彼は誰とも付き合うことはせず、ジャイアンとつるんで街を練り歩くのを楽しみにしていたようだ。
 思えば、僕と彼とはお互いに中学に入ってからどんどん変わって行ったためか、なんとなくわだかまりというか、距離を感じてしまい、いつのまにかジャイアン経由でしか関わらなくなっていた。
 こんな時に服の組み合わせを考えていたなんていかにも今のスネオらしいんだけど、やっぱりもう僕のことなんてどうでもよくなってしまったのかと少し悲しくなった。俯いて、「迷惑をかけてごめんね」そう言おうとすると、
「のわりには息があがってるみたいだけど、もしかして走ってきたのか?」
 ニヤリと笑ってジャイアンが言い、
「スネ夫さんのおうちはここからけっこうあるものね。思ったよりも早くてびっくりしたわ」
 肩をすくめながら静ちゃんが続けた。
 ハッとして顔を上げると、スネ夫はバツが悪そうに明後日のほうを向いて、
「そんなことはどうでもいいだろ。早く作戦を練ろうよ」
 吐き捨てるように言った。
 混乱してしまってきょろきょろ三人を交互に見る僕を置いてけぼりに、ジャイアンと静ちゃんは笑い、スネ夫は「あーもう、かっこ悪い」と言いながら乱暴に頭をかく。
 そんな状況じゃないのは理解していたけど、昔に戻ったような気がして、少しだけ心が和んだ。
 ここにドラえもんがいれば、全てはあのころのままなのに。

     


     

「さて」
 そう言って和んだ雰囲気を引き締めたのは、やはりというかなんというか、静ちゃんだった。
 その瞬間にジャイアンの顔が引き締まり、うろんげだったスネ夫の三白眼にも鋭い眼光がともる。さすがは何度も危機を乗り越えてきた仲間といったところか。
「状況は電話でざっと話した通り。今は詳しく話す気も、話す暇もないわ。
 とりあえず言えることは私がのび太さんを拾ってからすでに三時間は経ってるってこと。あちらも馬鹿ではないでしょうし、のび太さんがここにいることにはうすうす気づいているでしょう。
 その上でのび太さんを捕まえるために『まだ』犯罪者でない私の家に踏み込むかを考えているんでしょうけど、他に道はないしね。そろそろ行動を開始するでしょうね」
 リビングに戻りながら淡々と状況を分析し、仮説を述べる静ちゃん。僕らはそれに続いた。
「ここで、向かえ打つんだな。ケンカならまかせとけ」
 ニヤリと笑ってジャイアンが二の腕をたたく。たくましい、否、たのもしい。
 しかしそれはダ――、
「いいえ、違うわ」
 僕が異論を唱えるより早く静ちゃんが肩をすくめる。
「それじゃうちがボロボロになっちゃうじゃない」
 その内容にあっけに取られ、言葉を失う僕ら。一瞬の沈黙のあと、スネ夫が乾いた愛想笑いをして、
「冗談よ」
 静ちゃんがひらひらと手を振った。
「ま、おかげでどう思われてるかだいたいわかったわ。それはさておき、」
 そこで言葉を切り、振り返った彼女に睨まれた気がするけど、気にしない。それにそれは静ちゃん自身に問題があると思うんだ。あはは。という内心の思いもさておき、彼女が続ける。
「二人には戦ってもらうわけにはいかないの。理由は二つ。
 第一にのび太さんがみんなの分の武器をもっていないこと。
 このかっこつけくんはもともと一人で戦うつもりだったらしくてね、武器をほとんど持ってきてないのよ。対して相手は当然武装してる。勝てない戦いをするのは愚か者よ。
 第二に、うまくいこうがいくまいが、どちらにせよ戦った人間全てが時間犯罪者になってしまうこと。
 彼等の先祖にあたる私たちを処理することは恐らくできないでしょうが介入はしてくるでしょうね。のび太さんの話を聞く限りだと、彼等の思い通りになるクローンでも作って本人と取り換えるくらいのことはやりかねないわ。うまく未来が変わればそういうことを考える必要もなくなるのかもしれないけど過去に例がないからなんともいえないしね」
 ピッと握った右手を上げ、順に指を開く。内容を理解するのにしばしの時間を必要としたが、言いたかったことは概ね一緒だ。それに対して、
「それじゃなんのために俺らはよばれたんだよ!」
「それじゃなんのために僕らはよばれたのさ!!」
 綺麗にハモる二人。
 僕は、何も言えない。
 彼等を戦闘に巻き込めないことには同意だが、彼女が何を考えて、何のために彼等を呼んだのか僕にも理解できていなかったのだ。
 二人から視線を外し、天井を見ながら彼女は続ける。
「もちろん二人にはやってもらうことがあるわ。だけど、その前に確認したいことが一つ。
 今言ったように戦うのはのび太さん一人。一人で見えない敵を全て倒し、未来を変え、その罪を背負わなければならない」
 すっと視線を動かして、静ちゃんが僕を見た。
 柔らかい印象の丸い目を細め、睨むようにまっすぐに僕の目を見つめ、そして、彼女は尋ねた。
「覚悟は、ありますか?」
 沈黙。
 ジャイアンとスネ夫が固唾をのんで僕を見つめている。
 僕はチラリと自分の手のひらを見て、そして静ちゃんに視線を戻す。
「もちろん。それでみんなが一緒にいられるのなら」
 ゆっくりとその手を握り、小さく頷いてそう言うと、彼女は笑った。
 昔と変わらない優しい笑顔だった。
 気を取り直すように、パン、と一つ静ちゃんが手を叩く。
「それじゃあ作戦を話すわ。穴があればどんどん指摘して」
「わかった」
「おう!」
「うん」
 次々にうなずいて、僕らは、彼女の次の発言を待った。

       

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Neetsha