Neetel Inside ニートノベル
表紙

ドラマティックえもーしょん
プロローグ

見開き   最大化      

「高校受験……かぁ。まさか静ちゃんや出来杉くんと同じ高校を僕が受験するとはね」
 堅い布団の上で呟いて僕は小さく笑った。小学校のころの僕を知っている人は皆突然の変化に驚いたものだった。
「のびちゃんが勉強してるなんて」
「この参考書は三冊しかないんだ、のび太の分は……って、エッ!?」
「お~い、のび太野球しようぜ~。なにぃ? 勉強だぁ? 俺様の言うことが聞けないって、の……か? つうかお前熱でもあるのか? あとでうまいもんもっていってやるから今日は早く帰って寝てろよ」
 全く、みんな僕を馬鹿にしすぎだ。確かに僕は勉強は得意じゃなかったし興味もなかったけど、それにしたって失礼な話だ。
 しなかったのとできなかったのはわけが違う。
 興味をもってみると勉強は意外に楽しいものだった。
 最初に興味を持ったのは中学から始まった英語だったのだけど、気が付けば僕は勉強に熱中し、出来杉くんや静ちゃんやほどじゃないにしろ、勉強ができるようになっていた。
 まぁ、将来はドラえもんを作る天才科学者になるのだ。もともと才能はあったのだろう。
 そんなことを振り返りながら天井の豆電球を見上げていると、不意に押し入れの襖が開いた。
「のび太くん、起きてる?」
 見れば、押し入れの主が開いた襖からちょこんと顔だけを出してこちらを見ていた。
 この、小学生の時に我が家にやってきた居候の名前は「ドラえもん」だ。22世紀からやってきた、万能ロボット。青い髪で、猫というよりは狸に近い、大きくまぁるい目をした自称ネコ型ロボット。
 まぁ、それはあくまで自称で、誰に見せても私服の女子校生と答えるような見た目をしている。
 なんでもここに来るまでに色々あったらしく頭頂部についていたネコ耳は千切れ、今は髪に隠された傷跡くらいしか人外の名残はないが、それだってロボというよりは妖怪の範疇だ。
 普通にご飯も食べるし、よく寝る。
 服のお腹にいつも張り付けているカンガルーの子袋じみたポケットから道具を出したりしなければ彼女の話なんぞ信じなかっただろうなと思う。
 まだ小学生だった当時の僕ならいざしらず、大人でありながら彼女の話を信じ、居候を許した両親はさすがに危機感が無さすぎると今では思う。
だから、布団やら絵やらを買わされることになるんだ。
 会員になって知人に商品を紹介し、新規に会員を増やせば紹介料が貰えるなんていかがわしい会に入ろうとした時はさすがに焦った。あの時ばかりはドラえもんも必死になって反対してたっけ?
 それにしても僕と話しているのに「のびちゃんが事故を起こしてお金を振り込まなきゃ――」なんて言い出した時は、
「寝ちゃったかな?」
 色んなことを考えているうちに彼女のことを忘れていた。
「起きてるよ」
 慌てて返事を返す。
 つい考えにふけってしまうのは昔からの悪いクセだ。
「そっか。よかった」
 オレンジ色をした淡い光の中で、ドラえもんが微笑むのが見えた。
「どうしたの?」
「なんだか、緊張して眠れなくって」
 苦笑するドラえもん。相変わらずの心配症だ。
「変なの。僕のことなのに。それにもし落ちてても滑り止めには受かってるんだから」
 僕は笑う。
「そうだけどさ。けどやっぱり僕にとっては集大成みたいなものだからさ」
「大袈裟だなぁ」
「自信はあるかい?」
「もちろんさ」
「そっか」
 そこで、ドラえもんはなぜか、少し悲しそうに、そして残念そうに笑った。
 そして、
「受かっててね、僕のためにも」
 続ける。
 僕はこの時、彼女の表情の変化に気づくこともなく、笑った。
「たぶん大丈夫。明日結果がわかったら一番に電話するよ」
 今日は本命の合格発表の前日。
 何も知らない僕が、彼女と過ごした最後の夜だった。

     

 結局それから、大したことは話さないままドラえもんは寝てしまった。
 すーすーと寝息を立てる彼女を見ていると、不意にいたずら心がわいてきた。
 今まで彼女の道具に頼るのは我慢してきたけど今日くらいは良いだろう。
 明日に行って一足早く合否を確認して、それに対する皆のリアクションをジョナサンみたく言い当ててからかってやる。
 僕は彼女がぐっすりと眠っているのを確かめると、机の引き出しを開き、そこに広がった暗い闇に向かって椅子を踏み台に身を踊らせた。
 トス、という柔らかい感触でもってタイムマシンが僕の体を受け止めてくれた。
 そういえばこれに乗るのも久しぶりだ。昔は過去やら未来やらにこれで行ったり来たりしていたのに。なんとなく見上げれば、黒い画用紙を四角く切り取ったように微かに明るく、部屋の天井が見えた。
 タイムマシンの前方のタッチパネルを操作する。
 それにしてもいくら未来の道具とはいえ時間移動ができるとは思えないほど簡素なマシンだ。
 大雑把に言えば、アラジンに出てくる魔法の絨毯よろしく空中に浮かんだマットレスにタッチパネルがついただけなのだ。
 しかし、これだけの装置で時間旅行が可能なのにはわけがあるらしい。 なんでも未来のある時に誰かが、本来、階層的に平行別世界であるはず過去、現在、未来に干渉し、近付け三次元的に疑似具現化するという奇妙な道具の開発に、たまたま成功して、タイムマシンは単にそれによって発生した世界間を繋ぐ時空間をただ移動しているにすぎないらしいのだ。
 まぁこれはドラえもんの受け売りで、実のところ僕はよくわかっていないのだが、戯れに
「そのタイムキーパーとやらを壊したらどうなるの?」
 と尋ねると、彼女は「複製がきかなくて貴重だからってことで歴代のタイムパトロール所所長が受け継いで持ち歩いてるからまず無理だけどね」と前置きして、
「全ての時間旅行が無かったことになる」
 そう答えた。
 つまりは自分のいるべき時間に強制的に送り帰されてしまうらしい。
「他の時間のタイムキーパーを借りちゃダメなの?」
 続けてそう尋ねると、
「他時空間のタイムキーパーもこわれちゃうんだってさ。誰も試したことはないけど、繋がってるだって」
 そう言っていた。
 全く、誰が作ったのかはわからないがすさまじい道具だ。
 そんなことを考えながら、とりあえず明日のお昼、静ちゃんと約束して合格発表を見に行くくらいの時間に目的時を設定する。
ブゥン、と微かな駆動音がすると共に、細かな振動が始まり、真っ暗だった周囲の空間が淡い濃紺の時計のビジョンが市松模様よろしくいくつもならんだお馴染の時空間に変わる。
 人間の脳には四次元移動を認識することができないから擬似的にそう感じるだけらしいが、その時空間をすべるように滑らかにタイムマシンが動き出す。
 しばしの移動を経て、目の前が不意に明るくなったかと思えば、僕は空の上にいた。ひさしぶりだったから場所設定をいじるのを忘れていたのだ。慌てて裏山まで避難してタイムマシンを着陸させる。
――ふぅ。
 こんなものを見られるわけにはいかない。少し早めの時間に設定しておいたおかげで人が少なくてよかった。
 山を降りつつ寝ていたドラえもんのスペアポケットからくすねてきた石ころ帽子を被る。
 これで僕は存在しないただの視点に変化する。

     

 樫小井高校。
 校門からのびた道をゆるやかに登った先、初代校長だかなんだかの銅像の前にベニヤ板が置かれ、そこにいくつも数字がならんだ紙が貼り出されていた。その前に集まった学生達が数字を確かめては、各々に喜んだり悲しんだりしている。
 ざっと見回したが僕と静ちゃんはまだいなかった。
 視界の隅に、なにやら大袈裟にガッツポーズを取り、ブンブンと両手を振っては「よし!」と吠えている出来杉くんが見えた。
 落ちるはずがないとは思っていたが受かってしまったか。それにしても落ちた人に気を遣うこともせずに吠えまくるとはさすがは出来杉くん。キング・オブ・KYだ。そんなことだから映画版には出れないのだよ。
 ため息を吐きながら掲示板に向かう。
 無事に僕の番号と静ちゃんの番号を見つける。
「よぉぉおおしッ!!」
 一際大きな出来杉くんの雄叫びをききながら、僕はちいさく拳を握った。
 このことを早く伝えたい。
 そう思ったときに頭に浮かんだのは、両親ではなくドラえもんの笑顔だった。

 ***

 僕は、もうここに来て、これを見たんだろうか。
 そんなことを考えながら校門までニヤニヤしながら歩いていると、ちょうど校門から入ってくる僕らが見えて、思わず足を止めた。
 不意に自分を見る、というのは実に奇妙な感覚で、鏡を見ていてその像が急に動き出したらたぶん似たような気持ちになると思う。もちろんそんな経験はないけど。
 僕らは楽しそうに話し合いながら歩いていく。
「静ちゃんはいいよね、都内で一番レベルが高いここでも楽勝なんだから」
「そんなことないわよ。それにのび太さんだって偏差値的には余裕じゃない」
「何が起きるかわからないからね。親戚の知り合いなんてもう五浪もしてるみたいだし」
「大学は別でしょう。きっと大丈夫よ」
 自分のことなのに何だか盗み聞きをしているような気分になってきて僕は歩みを再開しようとした。
 瞬間に、ぴたりと二人の会話が止む。
 思わず振り返ると、雄叫びを続ける出来杉くんに、二人同時に気付いたようだった。
 苦笑いを浮かべながら見ていると、すぐに僕らに気付いた彼は喜びの舞を止めて僕らに近づき、そして言った。
「二人も合格だよ。三年間よろしくね」
 キング・オブ・KYめ。
 そんなことだから(ry
 明らかな愛想笑いを浮かべる静ちゃんの横で僕が溜め息を吐いていた。
「よかったわぁ。出来杉さん、勉強だけは出来るから心配してなかったけど」
 うぅ、怖いよ、静ちゃん。 
 僕はその場をこの時間の僕に任せ、そそくさと後にした。

     

 野比家、のび太の部屋。
 六畳の狭い室内をドラえもんが歩き回っていた。
 まったく、心配症で落ち着きのない奴だ。よほど気になるのか今日のおやつにも手をつけていない。
 そんなにも心配してくれているなんて……。
 ちょっと感動しつつもそんなんに信用がないだろうかと悲しくなる。
「遅いなぁ。ダメだったのかな? 事故にでもあったのかな?」
 いかに勘のいいドラえもんとはいえ、まさか出来杉くんにつかまって、それから静ちゃんのストレス発散に付き合わされているとは思うまい。
 僕は彼女のおやつのどら焼きをつまみながら、僕のからの電話を待った。
 しかし、おやつにどら焼き8個ってどうなのだろうか。これだけ食べているくせに体型を維持できているのはロボットだからだろうか。
 不思議だ。

 ***

 それから一時間ほど経って、ようやく野比家の電話が鳴った。
 ドラえもんはハッとして部屋から飛び出し、電話まで駆けていくとみせかけて踏み留まる。
 彼女は何やら深刻な顔でうつ向くと、そのまま部屋に戻った。
 結局電話は鳴り続け、ママがそれを取った。
「ホントに!? 良かったわぁ。お母さんも鼻が高いわ。源さんにもよろしくね。ドラちゃんに変わるわね」
 階下からママの嬉しそうな声が聞こえ、それを聞いたドラえもんが大きく溜め息を吐く。その内に彼女はしゃくりあげ出し、さめざめと泣き始めた。
 僕の合格、嬉しくなかったの?
「ドラちゃ~ん、ドラちゃ~ん? のび太がドラちゃんに変わってほしいって」
 ママがドラえもんを呼ぶ。
 だけど彼女は立ち上がらない。そして畳の上に座り込んだまま大きく一つ唾を飲み込んで、
「聞こえてた~。なんだか涙が出ちゃって話せないからおめでとうって伝えといてください」
 言った。
 目の前で彼女を見ていた僕にはそれが嘘だとすぐにわかったが、ママはそれを信じたらしく、
「フフフ、ドラちゃんったら嬉しくて泣いちゃってるみたいよ」
 そんなことをこの時間の僕に言っていた。
 僕は声を押し殺して号泣する彼女に何をしてあげることもできず、ただ呆然と見つめていた。

     

 しばらくそうしていると、ドラえもんがおもむろに立ち上がった。
 涙はもう止まっている。
 彼女は下唇をかんで僕の机に向かうと、ポケットから手紙を取り出して、それに向かってしゃべりだした。
『のび太君。高校合格おめでとう。
 僕も自分のことのようにうれしく思うよ。
 思えば初めてここで君とあってから、もう五年になるんだね。
 初めて会ったときは本当に僕なんかに君を一人前の人に出来るのか心配だったけど、それもこうして実現できたようです。
 これで僕の仕事もおしまいかと思うと嬉しいような悲しいような、そんな不思議な気持ちだよ。
 それじゃああんまり長くなるのもアレだからこれくらいで。
 このタイムマシンの入り口は塞いでおくね。
 それじゃあ未来で待ってる。
 さよなら』
 どこから見ても無理をしている笑顔から吐き出されたその言葉が、手紙に書き写されていき、そして、
「終了」
 彼女がそうつぶやくと同時に手紙の終わりに光で書いたかのような色で『録音終了』と表示され、しばらくそれが点滅しては『再生しますか?』に変わる。きっとこれはただの手紙ではなく未来の道具の一つなのだろう。彼女は録音内容を確認することなくそれを便せんに入れると、
その上に、『のび太君へ』そう書いて、机の隅にそっと置いた。
 彼女が未来に帰ろうとしている。
 そのことは理解しているのに、
 止めなきゃいけないのに、
「君がいてくれなきゃ僕はダメなんだ」
 その一言を口に出せずに、
 ただただ驚いてしまって、
 タイムマシンに乗り込む彼女を、僕は呆然と見送った。

     


     


 ***

 そして一人になった部屋で、僕はようやく我に返った。
 引きつった笑いを浮かべつつ、
「まったくドラえもんったらたちの悪い冗談だよ……」
 呟きながら引き出しを引く。
 そこに広がっていたはずの真っ暗な空間はなく、あたりまえの木の板があるだけだった。
「そんな??、嘘だッ!!」
 ばしばしと板を叩いてみるがそれが抜けることもなく、時空間に繋がる入り口なんて存在しなかった。まるでいままでそこにそんなものがあったことのほうが嘘みたいに、どこまでも普通の引き出しが存在している。どうやら冗談じゃなく彼女は未来に帰ってしまったらしい。
 あまりにも距離が近付きすぎて、忘れていた。
 彼女が未来からやってきたのだと言うことを。
 あまりにそばにいすぎて忘れていた。
 いつかは、帰らなければならなかったということを。
 まともな大人になれば喜んでくれる。
 幼かった僕は単純にそう思っていたけど、それは同時に一緒にいられる時間の終わりも意味していたのだ。
 そんなの嫌だ。
 嫌だけど、彼女が決めたのなら……認めなくてはいけないんだと思う。
 納得しなくてはいけないんだと思う。
 そうして誰もいなくなった部屋で、僕は涙をぬぐった。
 格好つけたつもりなんだろうけどこんな別れ方許さない。
 早く帰って押し入れで寝ている彼女を起こして、たくさん話すんだ。
 悔いが残らないよう。
 笑ってさよならできるよう。
 家からでた僕の足はしだいに早まり、気が付けば走っていた。
 なんだか歩かなければいけない気がしたけど、そんな気の迷いは一瞬で振り切った。
 どれだけがんばっても運動音痴だけは直らなくて、すぐに息はあがってしまったけど、それでも僕は走って走って、裏山を目指した。
 タイムマシンに乗り込み、時空間にダイブする。そしてパネルをいじって元の時間に帰るべく操作をしようとした瞬間、タイムマシンが勝手に動き出した。
 突然のことに呆然としている間にもタイムマシンはぐんぐんすすむ。
 そういえばドラえもんがさっきタイムマシンにのったばかりなのを思い出す。
 これはきっと時空間に同じタイムマシンが二台入り込んだために、エラーが発生して目的地が勝手に設定されてしまったのだろう。
 つまりはこのまま行けばドラえもんに追いつけるということ。
 せっかくだから話をしようか。
 ずんずん動いていくタイムマシンの上で、僕は思った。

     

 そして広い空間に吐き出された僕は目撃することになる。
 彼女はタイムパトロールに囲まれていて、そして、
「お疲れ様、DR02。君は用済みだ。スクラップになりなさい」
 タイムパトロール所所長の言葉と同時に、

 ――破壊された。

 抵抗しなかったということは覚悟はしていたのだろう。
 タイムパトロールの手に握られているおもちゃみたいなデザインの銃から吐き出されたいくつもの銃弾が彼女を貫き、彼女の体はまるで電気でも走ったみたいにブルブル震えていた。
 その度に体が削れて、小さな歯車や血液みたいな機械油と飛び散った。
 石ころ帽子で誰にも見つからなかった僕は、彼女を助けようと走ったけど、間に合わず、何もできず、そのうちに倒れこんで小さく痙攣する以外は動かなくなった彼女を、まるでそれこそ石ころでも見るように、タイムパトロール達が見下ろしていた。無造作にポケットをむしとって彼らが帰ったあと、僕はその残骸を抱き締めて、ただただ泣いた。
 泣いて、
 泣いて、泣いて、
 泣いて、泣いて、泣いて、
 泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、そして決めた。
 こんなことになるのならドラえもんは返さない。
 納得なんてしてやらない。
 そうだ。
 僕が、『未来』を、変えてやる。

       

表紙

くるり 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha