Neetel Inside ニートノベル
表紙

ドラマティックえもーしょん
エピローグ

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 昼下がりの空き地に、僕とジャイアン、スネ夫、静ちゃんの四人が集まっていた。朝からメールを出して、僕が呼び出したのだ。
「しかしのび太から野球に誘われるなんて、思ってもみなかったぜ」
ボールを投げながらジャイアンが笑う。基本的にいつだって楽しげな彼だが、なんだか今日はいつになく嬉しそうだ。
 投げられたボールを、髪から覗いた右目を細めてミットを動かし、何とか捕球したスネ夫が、
「まぁ、三人じゃただのキャッチボールだけどね」
 それをまぜっかえしながら僕にボールを投げる。
 山なりにゆるく投げられたボールを見上げ、おおよそ予測を立てて僕はミットをかまえたのだけど、それよりはるかに前でボールは失速し、綺麗な放物線を描いて落ちていく。
 やばい、計算を間違えた。頭の方ではとっさにそれを理解できていて、もっと前に出なければいけないこともきちんとわかっているのに、運動神経を欠いた僕の体は脳が出した命令をうまく受け取ってくれない。
 おたおたと混乱している間にボールは地面にぶつかって、おまけに地面からの力積を受けてバウンドし、なんの因果か見事に僕の鼻先をとらえ、僕の目の前に火花を散らせた。
「お、おい! だいじょうぶか?」
 思わず座り込む僕に、柄にもなくジャイアンが心配して、肩をすくめながらスネ夫は溜め息を吐く。
「キャッチボールにもならない。片目の僕に負けてどうすんのさ」
「計算違いしたんだよ」
 鼻をミットで押さえながら右手でボールを拾って、すねたように言うと、
「言い訳にもなってないわ」
 と、土管の上に腰かけて僕らを見ていた静ちゃんが笑う。
 彼らは何も知らない。
 ドラえもんが殺されそうになっていたことも、僕がそれをなんとかしようと戦っていたことも、そのために別の時空間の自分たちが手を貸していたことも。結局現実は何も変わらず、僕は静ちゃんと同じ高校に合格していたし、これからは二人とは違う学校に通うことになる。
 僕は大きく一つ息を吐き、
「ねぇ」
 立ち上がってボールをジャイアンに投げながら呼びかけた。
「僕らさ」
 明らかに狙いのそれたボールをパシッと手を伸ばしてキャッチしたジャイアンは僕の口調に何か感ずるところでもあったのか、キャッチしたボールを投げることはせず、そのまま手を下ろし、残りの二人も僕に顔を向ける。
 僕は脳内であーでもないこうでもないとしばし考え、
「学校別々になっても一緒だよね?」
 照れ隠しに苦笑を浮かべ尋ねた。
「は?」
 ジャイアンが不思議そうな顔を浮かべ、
「うわ、きもちわるっ」
 スネ夫がひどく嫌そうな顔をしてみせる。
 まさかそんなリアクションをされるとは思っていなくて僕が固まっていると、
「のび太さん、さすがにそれは痛いわ」
 ひどく冷静に静ちゃんが呟いた。
 あれ?
 リアクションがとれずに顔に苦笑を貼り付けたまま涙目になりながら呆然としていると、
――ハァ。
 土管から降りながら静ちゃんが溜め息を吐いた。
 僕らが無言で見守る中彼女はすたすたと僕のほうに近づいてくると、
「あなたがそうあるように願い、努力し続ければ」
 呆然とする僕をそっと抱きしめ、背後に回した腕で、僕の顔を自分の肩に預けさせ、
「人の縁はそうそう簡単には切れないものよ」
 とてもやさしい声でつぶやいた。
「ちょっと、静ちゃん!!」
「のび太のくせに……」
 完全に置いてけぼりの形になった二人がよくわからない不満の声を上げているが僕には対応する余裕もない。色んな思いが後から後からこみ上げてきて涙が止まらなかったのだ。
 と、不意に
「ああああああああああああああああああああ!!!」
 大きな声が聞こえた。
 さすがに顔を上げて声のした方を眺める。
 そこには驚いた顔をしてこちらを指差す青い髪の少女、ドラえもんの姿があった。よほど動揺したのか差し入れに持ってきたらしいドラ焼きと水筒をおっことしている。
「ちょっと、ちょっとちょっと! 何してるんだよ君たちは!」
 彼女はパタパタと駆け寄ってくると僕と静ちゃんの間に手を割り込ませ僕らを引き剥がした。
 支えを失って座り込む僕に、軽く両手を上げてスポーツ選手が『何もしてないよ』というような格好で明後日の方を向く静ちゃん。
「のび太くんに何したのっ?」
 興奮冷めやらぬといった様子で静ちゃんに食って掛かるドラえもんの背景で、
「なんかのび太ばっかりせこいよな」
「のび太のくせにね」
 溜め息を吐きながらジャイアンとスネ夫が落ちたドラ焼きと水筒を拾ってこっちに来ていた。
 僕は、一度堰を越えた涙を止められなくて、一人で馬鹿みたいに泣いていた。
 笑いながら、泣いていた。

     

 あの時、
 タイムマシンが使えなくなったあの時、

 白のノイズに辺り一帯を覆いつくされて一瞬だけ気絶した僕は、
 気付けば自分の部屋にいた。

 そして、不意に

「え?」

 声が聞こえた。

「どうして?」

 そんなの僕にもわからない。

「そんな――」

 道具の影響で痺れて動かない体を無理やりに動かして
 あの時とっさに伸ばした手が、

「のび太くんだ」

 ドラえもんの細い腕をつかんでいた。
 どうして彼女が向こう側に送られなかったのかはよくわからない。僕と触れていたせいで境界があいまいになっていたのかもしれないし、向こうにいた期間より、こちらにいた期間が長かったからなのかもしれない。
 だけど、そんな理屈なんてどうでもよくて、
 ただ、
 泣きそうな顔の彼女が、
 僕の大事な人が、
 すぐそばにいることが嬉しかった。

「さよならなんて簡単に言うなよ」

 頬を伝うものを止められないままそう言うと、
 彼女は傷だらけの僕を抱きしめた。

「馬鹿だなぁ君は」

 震える声で、彼女が笑った。



 fin

       

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