Neetel Inside ニートノベル
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ドラマティックえもーしょん
SOMEDAY

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 朝、のび太の部屋。
「行ってきまーす」
 一階から眠そうなのび太の声が聞こえた。朝ごはんを終えてそのまま部屋に戻らず学校へ行くのが寝ぼすけで少しでも布団の中にいたい彼の常だ。のっそりと襖を開けて部屋に戻ってきたドラえもんが、
「いってらっしゃーい」
 あくびをしながそれに答える。水色に白い水玉模様の入ったパジャマ姿のままの彼女はほとんど目を閉じているようにしか見えないのに、まっすぐに押入れに戻っていく。いつになくゆっくりとした動作で押入れを空けた彼女は襖を閉じることなくそのまま横になってしまった。学校があるわけでもなく、用事があるわけでもない彼女は二度寝が日課だったりする。
 朝、起きてすぐにのび太がカーテンを開けた開けた窓から、レース越しに柔らかな春の日差しが入り込んでいた。
 ドラえもんは布団の中で体を丸め、幸せそうな笑顔で安眠をむさぼっていた。

 sidestory『SOMEDAY~野比家のとある一日~』
 
「みゃー」
 かすかに聞こえた猫の鳴き声で、ドラえもんの意識が覚醒しかけたのか、彼女は布団の中で身じろぎした。
「みゃー」
 いつの間にか窓の向こう側に猫の影があり、それがカリカリと窓の桟をひっかきながら泣き声をあげている。ドラえもんはといえば、「うーん」と背伸びなんかをしながらゆっくりと覚醒に向かっている。
「みゃー」
 窓の外の猫が何度目かの鳴き声をあげたとき、ようやく目を開けたドラえもんは、横になったままでずりずりと体を進め、押入れから顔だけ出すと窓のほうを見て、そして笑った。
「あら、ミーちゃん。おはようございます」
 言われた猫は「みゃー」ともう一つだけ鳴くと、窓を引っかくのをやめ、もぞもぞと揺れてみせる。どうやらきちんと座りなおしたようだ。
「今日はどうしたんですか?」
 言いながらようやく体を起こし、相変わらずのゆっくりとした動作で布団を出て押入れから下りると、彼女はのび太の机に腰掛けレースのカーテンを開ける。窓の向こうにいたのは栗色の毛をした猫。小首をかしげて寝癖のはねまくったドラえもんの頭を眺めている。
「あぁ、すいませんねこんな格好で。なんだかあったかくなってきたから最近眠くって」
 彼女は照れたように言って頭をなでた。
「お待たせしてすいませんね」
 ドラえもんが窓を開けるとミーと呼ばれた猫はひょいと窓台に飛び乗ると、そこにちょこんと座って「みゃおー」と鳴いた。
「ふむ、それは困りましたねぇ」
「にゃー」
「あぁ、それなら――」
 二人(?)は表情を変えながら楽しそうに会話する。そのうちに一匹、また一匹と猫が集まってきて、部屋の窓の周りは猫の集会場のようになってしまった。
 猫といえば何かと壁やら床やらでがりがりと爪を研ぐものだが、不思議と彼ら(?)の行儀は悪くなかった。
「あぁ、タマちゃん興奮しないで。ここで爪を研いじゃダメって言ったでしょう?」
 ドラえもんの言葉から察するに彼女の努力の賜物なのだろう。
 どこか主婦同士の井戸端会議を連想させる猫の集会は朗らかな天気のしたのんびりと行われ、
「ドラちゃーん、おやつよー」
 一階から呼ばれるまでしばらくの間続いた。
「はーい。今行きまーす」
 お母さんの言葉に返した彼女が、
「それじゃあ続きはまた今度にしましょう。今日は解散です」
 そう言うと、猫たちはしぶしぶといったような調子で散っていく。それを手を振りながら見送って、ふと、ドラえもんは窓の外の景色に目をやった。
 向かいの庭に咲く桜の木は、今年も綺麗に咲き乱れていて、微かに吹いた風に花びらを乗せていた。

     

 しばし、そのままぼんやりしていると、
「ドラちゃーん?」
 がらりと襖が開いてお母さんが現れた。
「あぁ、ごめんなさい」
 窓の外を眺めていたドラえもんがその音にはっとして振り返ると、
「あら綺麗ね」
 その間に窓のそばまできていたお母さんが言う。彼女はそのままドラえもんの隣まで来て一緒に窓の外を眺めると、
「もう五年になるのねー」
 感慨深げに呟いた。
「なんだか、すいませんね。こんなに長いこと居ついちゃって」
 ドラえもんが苦笑いを浮かべて言うと、
「何言ってるの。のび太が高校にいけたのもドラちゃんのおかげだし、もううちの子みたいなもんじゃない」
 お母さんが笑った。ドラえもんは言葉につまったようで、一瞬沈黙した後ははっと息を吐きながら破顔する。
「ありがとうございます」
 そして、
「いいのよ。けど、さすがにそろそろ部屋分けたほうがいいのかしらねぇ」
 ふと、思いついたようにお母さんが言って、ドラえもんの表情が変わった。何を言っているのかわからなくて思わず笑ってしまったようなそんな感じだ。
「いや、もうのび太も高校生でしょ? さすがに……ねぇ」
 パジャマ姿のドラえもんを上から下まで見ながらお母さん。
「けど僕、ロボットですよ?」
「けど貴方も恥ずかしいでしょ? ここで着替えたりするの。だからいつも朝ごはんのときパジャマなんでしょ?」
 言われてドラえもんが赤面する。
「ドラちゃんにもプライバシーあるでしょうし、部屋なら物置を空ければ良いしね。近いうちに考えましょ」
「ありがとうございます」
 ドラえもんがペコリと頭を下げるのを見て、お母さんは笑った。
「それじゃあおやつにしましょう。ちゃんと着替えてくるのよ?」
「はい」
 部屋を出て行くお母さんを見送ってドラえもんは押入れに戻っていく。誰がいるわけでもないのに襖を閉めると、中からごぞごぞと音が聞こえた。再び襖が開いてそこから出てくると、彼女はいつもの格好に着替えている。
 それでも寝癖だけがひょろんと跳ねていた。
 彼女はもう一度だけ桜の木を窓から眺め、部屋から出て行った。

 おやつを食べたら彼女はそのまま一階のリビングでテレビを眺めたりお母さんの手伝いをして時間をつぶし、そのまま昼食を二人で作って一緒に食べて、そして部屋に戻る。それが大体の彼女の行動サイクルだ。
 長いことこうして暮らしていると、ロボットなどというファンタジーな肩書きよりも家事手伝いという肩書きの方がふさわしいような気がしてくる。とりあえずこれならフリーターよりは多少は聞こえがいい。
 そうして今日もいつもとおんなじように昼食を終え、乾いた昨日の洗濯物を持って部屋に戻ってきた彼女は散らかしっぱなしになっていたのび太の服や参考書、漫画の片づけを始める。すっかり意識も覚醒したようでせかせかとかいがいしく動き回る彼女の頭は、顔を洗ったときにでも直したのかちゃんとしていた。
 箪笥にのび太の洗濯物を直す途中、初めてではないだろうに彼女はしばし手を止めて、顔を赤くしながらのび太の下着を箪笥に入れていた。入れるなり箪笥を閉める辺りよほど気になるらしい。
 なんとか全ての洗濯物を直し終わり、大きく息を吐く彼女。
 続いて彼女は立ち――、
「ご飯だってー」
 不意に声をかけられた『私』はひどく驚いた。

     

 慌てて振り返るが、驚きすぎて思わず震えた手の中から、持っていたものを取り落とす。
「あ、落としましたよ~」
 混乱する私が拾い上げるより早く、とととっと駆け寄ってきたドラえもんがそれを拾い上げるのを見て、私は血の気が引いていくのを感じた。
 そして、
「ねぇ、お父さん、これなに?」
 困惑した顔でドラえもんがこちらを見てくる。彼女の手の中にはハンディカムビデオが収まっていて、その小さな画面には、鼻歌交じりにのび太の部屋を掃除する彼女が写っていた。
「ははは」
 笑うしかない。
 終わった。
 何もかもが終わったのだ。
 不思議と冷静になっていく私は、『娘に盗撮していたのがばれたんだが』というスレを立てるか立てまいか、それだけを考えていた。
 

       

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