Neetel Inside 文芸新都
表紙

妄想ハニー
与党編-07【ブレイン・ダウン】

見開き   最大化      







翌日、アキラはひどく陰鬱な気分で授業をやり過ごした。
今朝の目覚めは最悪だった。
昨日の別れ際の悪さからか、ツジコが夢に出てきて一晩中自分を苛んだ。
それで夜中に何度も目が覚めて、寝た気がしなかった。
その為、午前中はずっと胃が痛くて仕方なかったが、昼放課になると多少回復して、エノケンと合流して購買に向かう事にした。
しかし、そこで不味い事が起こった。
エノケンが、今朝からアキラの首筋に貼ってあった絆創膏の存在に、目ざとく気が付いたのだ。

「おわっ、まままさか、それキスマークじゃねぇのか!?」
「えっ?」
今朝から気分の沈んでいたアキラは、自分の首もとの絆創膏の存在をすっかり失念していた。
昨日ツジコにつけられた、キスマークの痕の事を。
一瞬、どう言い訳を取り繕うか思考を巡らせた時には手後れだった。
エノケンは無遠慮にその絆創膏に手を伸ばして、べりりと剥がしてしまっていた。
そこには、その部位にある事によって特別な意味合いを持つ、小さな皮下出血の痕が残っていた。
それを見た瞬間、エノケンは頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
「そうか……とうとうお前も男になったか……」
「ち、違うよ。 これは、その……」
言い訳を咄嗟に考えるも、どう言い繕ってもウソ臭くなるような気がした。
ただの虫刺されならなら、絆創膏で隠す意味がない。
それにエノケンは、昨日アキラがツジコと帰った事を知っているのだ。
そこにこの首にキスマークという状況証拠。
『何も無かった』では通らない。
「何が違うんだよ? いや~、俺も前々からツジコとお前は怪しいと思ってたんだよ。 しかし、買い物行った後でそのままお持ち帰りか、羨ましいなー。 スネアを試奏した後は、三本目のスティックでツジコを試奏とかどんだけ~」
「よくそんな卑猥な表現がぽんぽん出てくるね……。 まぁ、してないけどさ」
「はぁ? じゃあ、何だよ、それ? どう見てもキスマークじゃね?」
「これは……」
アキラは言葉に窮したが、上手い言い訳も思いつかず、観念して事情を話す事にした。
エノケンなら、中学の時自分の苛められていた理由も知っている。
話の整合がつかないという事にはならないだろう。


「…………そっか。 バレちまったんだ、ツジコに」
購買の焼きそばパンを齧りながら、エノケンは言った。
中学の頃から、屋上で昼食を食べるのが二人の日課になっている。
屋上から見上げる抜けるような青空は、現実から切り離されたように幽玄的で、気持ちが落ち着くのだ。
「で? ツジコは何か言ってたのか?」
「いや……呆然としてたみたいだったけど、そのまま俺が出てきちゃったから」
「そりゃ、呆然とするさ。 俺も最初聞いた時は、実際に見てみるまで何かのギャグだと思ってたからな」
「…………」
アキラは唇を噛む。
その事に触れられるのは、アキラにとって禁忌なのだ。
「おっと、お前を蔑む意味で言ったんじゃねぇぞ。 そんなのはお前にはどうにも出来ないって事ぐらいわかってる。 ただ、普通の奴は、そういう奴がいるって事実に直面すると一瞬戸惑っちまうんだ。 仮にお前がツジコと付き合ったとしたら、いずれはわかっちまう事だ。 それでお前に愛想を尽かすような女だったら、結局お前の外面しか見て無かったって事だろ」
「そうなの、かな……」
答えるアキラの反応は薄い。
昨日の事が、相当響いているらしかった。
アキラは、昔苛められていた経験からか、人の顔色を伺い過ぎる傾向がある。
演奏面においては、それが転じて、人の欲しい音を察するという技能として生かされているが、同時にそれはアキラの弱点でもある。
ドラムにアキラの個性が表れないからだ。
リュウジや、エノケンにジャガーという我の強い面子で構成された『ステロイド』というバンドの中で、アキラはそれらの個性のぶつかり合いの緩衝材のような役割を果たしている。
アキラのおかげで『ステロイド』はかろうじて『ステロイド』の形を保っているが、そこにアキラの色は無い。
アキラは『ステロイド』の均衡を保っている代わりに、自分の個性を殺しているのだ。
あの夏休みのライヴの時、タカヒロはそれを見抜いたのかもしれない。
だから、『ZAN党』のライヴに触発されてアキラが『モビー・ディック』をやろうと言ってきた時、エノケンは嬉しかったのだ。
それは、『ステロイド』の中でアキラが初めてした主張だったから。
アキラの中で、何かが変わったのかもしれないと思った。
しかし、アキラの心はまた閉塞していこうとしている。
思いもしなかった形での、トラウマの再来によって。
これ以上疵に触れても何も解決しないと思い、エノケンは他愛の無い話題に切り替える事にした。

「そういえば、謝恩会の件、ハルキから聞いたか? あの女、また無茶な事言い出しやがったんだが」
「ああ、聞いたよ。 ドリーム・シアターだろ? 変拍子の曲ってほとんど演った経験がないから不安なんだな~」
「お前は結局演るのか? ドリーム・シアター」
エノケンが問いかける。
ドリーム・シアターが謝恩会の曲目に挙がるのはこれが初めてではない。
例年、一度は曲目の候補に挙がるものの、その要求される演奏技術の高さに毎回曲にならずに挫折してしまうのだ。
高校生ではまだ、そこまで楽器経験の深い人間は多くない。
それほど、ドリーム・シアターは難解だ。
「正直、不安はあるよ。 俺の演奏技術なんてタカが知れてる。 また挫折するだけかもしれない。 けど、それでも何か得るものはあるんじゃないかと思うんだ。 だから、やらずに逃げるよりは、やって挫折した方がいいと思ってる」
「……へいへい。 そう言うと思ってたよ。 何だかんだで優等生なんだから、アキラ先輩は」
「なんだ、ケンタは演らないのか?」
「馬鹿、演るに決まってんだろ。 俺を差し置いて他に誰が出来ると思うんだ?」
エノケンは厚い大胸筋を思い切り張って、どんと叩く。
自信家は相変わらずのようだった。
「まぁ、それにアキラとハルキのラストバンドだし。 縁結びに一役買ってやろうかと思ってな」
ぶっ、とアキラは飲んでたコーヒー牛乳を吹き出しそうになった。
その事実はエノケンはまだ、と言うか誰も知らないはずだ。
「おっ、なんだ。 カマかけたんだが、図星か。 うんうん、なんかお前、ハルキにいじられてる時やけに嬉しそうだもんなー」
「お、お前なんでそんな事………!」
「何年の付き合いだと思ってんだよ。 お前の考えてる事なんて、筒抜けだっつーの。 安心しろよ、誰にも言わねーから」
「………ッッ!」
こいつは単細胞のようでいて、意外に見ているとこは見ているようで侮れない。
アキラはこれからはそういう態度は顔に出さないようにしようと心に決めた。







放課後、部室に行くと、何やら中から口論のようなものが聞こえた。
声から察するに、どうやらハルキとジャガーのようだった。
エノケンとアキラが、部室のドアを開けて中に入ると、二人が金属バットよろしくレスポールとテレキャスを肩に担いで対峙していた。
「だーかーらー! 大人しくドリーム・シアターに参加しなさいっつってんのよ!!」
「だったら、ギターを俺一本にするかお前一本にするかで決めろよ! ドリーム・シアターのギターを二本で演るなんて、ジョン・ペトルーシに対する冒涜だ!」
「はっ、何だかんだ言って私に負けるのが怖いんじゃないのー? そぉいや、私達一回も同じバンドで演った事無いしねー!?」
「話をすり替えンじゃねぇよ、馬鹿アマッ! 何なら今ここで白黒つけてやんよ!」
「のぞむとこぉっ!」
宣戦布告するなりジャガーはジミヘンばりの歯ギターを奏で始める。
歯の削れそうなその弾き方は、見てるだけで口の中が痛くなってくるようだ。
音そのものよりも、視覚効果によるダメージが大きい。
ハルキはそれに背面弾きで対抗する。
彼女もまた、後ろに目でも付いてるかのような精緻な動作でギターをピロピロ言わせる。
曲弾きで競い合ってるつもりなのだろうが、その光景は傍から見ると、どう見ても世界のびっくり人間コンテストだ。
その色気もクソも無い風景に、アキラもエノケンも言葉を失ってドン引きする。
ハルキとジャガーの二人は特に仲が悪い訳ではない。
ただ、音楽性の違いと、共に経験者である為にリード・ギターを担当する事が多く、ついぞ三年間バンドを組む機会がなかっただけだ。
しかし、周囲が勝手に二人を軽音の二大ギタリストとして祀り上げている為、二人とも少なからずお互いの存在を意識している部分はあった。
自己顕示欲の強いギタリストという人種にとって、それは面白くない話だ。
自分が他の誰かと十把一絡げにされるのが赦せない。
だから、この謝恩会というイベントを通じて、最初で最後の競演の場としたいというのがハルキの真意だろう。
「………こんな女に惚れてんの、お前……?」
「んん~~~~……」
肯定しようにも出来ないアキラだった。

その時、ふと部室の隅にツジコの姿が見えた。
いつものようにドラムパッドに熱中している。
向こうもこちらに気づいたようだったか、罰の悪さにすぐにお互い目を逸らした。
―――――――気まずい。
別れ際の悪さもそうだが、あの唇を奪ってしまった気恥しさ。
意識して無いようでも、視界に入れないようにするとつい存在を意識してしまう。
意識しないようにすればする程してしまう無意識の意識。
会話になったら何を話していいか分からず、視線が合わせられない。
まるで、好きな子と視線を合わせられない中学生だ。
「……お前も結構重傷だな」
隣でエノケンがぼそりと呟いた。








ミスドは季節の変わり目は掻き入れ時になる。
大抵、新商品の攻勢と100円セールが交互に来るからだ。
客を飽きさせないようにこれでもかと毎月のように変わる品揃えは、店員でさえ把握するのは大変だ。
品揃えの変わった週には、興味本位の客がどっと押し寄せ、レジ前のカウンターが人で埋め尽くされるほどだ。
夕方の買い物時ともなると、レジの声出しだけで喉が枯れそうになる。
しかし、タカヒロもサリナもキャリアはもう三年になろうというぐらいだから慣れたものだ。
そんなこんなで、二人は矢継ぎ早に飛び交う注文をやり過ごした。

客足の落ち着いたのは夜七時を回ってからだった。
喉を潤す為にドリンクバーを注いで、裏のロッカーから表の様子を伺いながら二人はこっそりと休憩をとる。
「ふ~、今日も疲れたぁ~」
サリナはずずっとコーラを啜りながらそうこぼした。
「こう、新しいシーズンの頭は大変だよな。 店長ももう少し人手増やしてくれないと対応しきれねーわ」
「タカヒロはいつまでこのバイト続けんの? もうすぐ受験シーズンとかいうやつだけど」
「あ~、まだ考えてるとこ。 もう予備校も行き始めるし、段々シフト減らしてってフェードアウト、って感じか?」
「アタシも同じような感じかなぁ。 短大ったって、全く勉強しない訳にはいかないし。 十月ぐらいがヤマってとこかな」
「やっぱそれぐらいが引け際か。 初めてのバイト先だから、名残惜しくはあるけどな」
このバイトは、タカヒロが下宿してすぐ小遣い稼ぎに始めたアルバイトだった。
廃棄のドーナツを貰えるからという邪な理由で始めたバイトだ。
しかし、結局廃棄のドーナツには三日で飽きてしまって、それ以降は食べていない。
それでも続けてこれたのは、バイト先の空気が大らかだったからかもしれない。
体育会系のような上下関係もなく、適度にぬるい空気が、タカヒロの残党的な気質に合っていたのだ。
でなくては、人付き合いの苦手なタカヒロに接客業などとても務まらなかっただろう。
そういう意味では初めからいい職場に来たとタカヒロは思っている。
そんな感慨に耽っていると、有線放送から聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。
巻き舌気味の、女性ヴォーカルのバラード・ナンバー。
GO!GO!7188の『こいのうた』だ。
「あ、この曲知ってる。 確か、出たのかなり前の筈なのに、今でも結構よく有線でかかってるよな」
「ゴーゴーでしょ。 アタシもCD全部持ってるよ。 『竜舌蘭』の後ぐらいからちょっと微妙だけど、『魚磔』の頃は最高だったよね。 ねぇ、この曲のジンクスって知ってる?」
「うんにゃ? 何だ、それ」
「この曲を片思いの相手からの着メロに設定すると、その恋が叶うんだって。 一時期凄い流行って、誰かが『こいのうた』の着メロ鳴らす度にきゃーきゃー言ってた気がする」
「くっだらね~。 そんなんで恋が叶ったら苦労しないっつーの」
「まぁまぁ、ジンクスジンクス。 ランチメイト症候群女はそういうのが好きなんだって」
「お前は違うのか…?」
思わずそんな台詞がタカヒロの口をついて出る。
「あー、うん、ランチメイト症候群だね。 間違いないわ~」
言ってサリナはカラカラと笑った。
「まぁでもジンクスって、一種の経験則なとこもあるじゃん? 試してみる価値はあると思うよ~? たとえば、ナオコの着信音に『こいのうた』設定してみるとか」
「ちょっ」
タカヒロは思わず飲んでたコーラを吹き出した。
炭酸が気道に詰まって、思い切りむせ返る。
「あはは、何テンパってんのよ、図星? やっぱね~、アタシと話す時とナオコと話す時って、声のトーンが違うモンね~」
「目ざといな、お前……」
「心配めさるなって。 本人にゃ言わないわよ。 さすがにそれやっちゃうとアタシも気まずいし」
「頼むって、それはマジで! 俺なんて気まずいどころの話じゃないじゃん!」
「オーケイ、黙っとく黙っとく。 口止め料は高くつくよ?」
「飯奢るぐらいで勘弁してくれ…」
どうにも信頼の置けぬ導火線に火が点いてしまった。
火が着火点に辿り着くのも時間の問題だろう。
シラを切り通せばよかったのだろうが、今となっては後の祭りだ。
と、その時レジの方に人の気配を感じた。
どうやら、客が来たようだ。
「おい、客だぞ」
「ん、アタシちょっと出てくんね~」
サリナはそう言って飲み掛けのコーラをスタッフルームに置いて出て行こうと瞬間、げっと唸った。
サスペンダーズボンのメタボリック・シンドローム、『ハート様』がそこに立っていた。
夏休みの頃から、『ハート様』は毎日この店に通って来ている。
そして、絶対にサリナ以外の接客は受け付けないのだ。
(ご愁傷様……)
タカヒロは、嫌々ながらも接客するサリナを見つつ、心の中でそう呟いた。











ライヴハウス『サウンド・ガーデン』は今日は満員御礼だった。
それ程規模の大きなライブハウスではないが、それでも収容人数は五十人以上の箱だ。
そのライヴハウス内が、今、異様な熱気に包まれていた。
客は、十代の少年少女が中心だろうか。
いずれも額に汗をかきながら、宗教か何かの儀式のように頭を振っている。
デス・ヴォイスから放たれる、野太いラップ。
マリリン・マンソンを彷彿させる攻撃的なリリック。
それにギターのスラッシュ声のコーラスが合わさり、ラウドなサウンドを作り上げる。
叩き付けるかのような重低音。
その楽器陣は、不協和音ギリギリの一線でテンションを保ち、我を主張する。
研ぎ澄まされた刃物の如く鋭利なギターを奏でるジャガー。
ステージを所狭しと暴れ回る野獣のようなベースのエノケン。
技巧の粋を極めたようなテクニカルなドラマー、アキラ。
一人として同じタイプのいない、個性の塊のようなバック・バンド達。
そして、そこに暴君のように君臨する破壊的なヴォーカリスト、リュウジ。
これが『アナボリック・ステロイド』だ。
若手最右翼の、重低音ミクスチャーバンド。
パンチの利いたアグレッシヴな音楽性は、この地方一帯で新たなムーヴメントを興しつつある。
既に固定客もかなりの数を掴んでおり、その集客力にはライヴハウス側も一目置いている。
ワンマンライヴであるにも関らず、今回もチケットは完売していた。
技術的には、中高年の所謂『玄人バンド』と比較しても何ら劣るところは無い。
それに加えて、このバンドには若手独特の勢いとパワーがある。
その知名度はまさに破竹の勢いで拡大しつつあった。

しかし、熱狂する観客達の様子とは裏腹に、アキラは自分の熱が冷めてゆくのを感じていた。
(……これが、俺の演りたい音楽なのか?)
ステージの上から眺める光景。
箱は観客で埋め尽くされ、人垣が出来てPA席がほとんど見えない。
人。 人。 人。
スポットライトが交錯し、ストロボによって時間と空間が寸刻みにされる。
グルーヴという潮流の、その中で暴れ狂う暴徒達。
熱気の渦に包まれた非日常空間。
この光景さえ、誰もが見られるというものではない。
しかし、今のアキラにはそれさえ無感動な代物に過ぎなかった。
まるで、ゲームセンターのドラムマニアでもやっているかのように無機質なドラム。
おそらく、昨今のライヴの中でも最悪に近い出来映えではないだろうか。
エノケンやジャガーは、当然それに気が付いているだろう。
だが、アキラを蝕むそのイップスは、メンタル面の問題だ。
直そうと思って解決するものではない。
ユラの言葉が。 ツジコのあの目が、アキラを苛んでやまないのだ。
自信。
そう、今、アキラが揺らぎかけているのは自信だ。
ドラムの技術に対する自信ではない。
自分の音楽に対する自信。
自分の立ち位置についての自信。
今まで肯定され続けてきたその足場に今、亀裂が入りつつある。
自分の足元が崩壊しつつあるのだ。
(……クソッ)
アキラはそれでもなおドラムの技巧を追究する。
ラスト・ソロにはお家芸のブラスト・ビートで決めた。
ダダダダダと、口頭で表現するのさえ追いつかない高速の打撃音がアンプ一帯から叩き付けられる。
ライヴは最高潮の盛り上がりを見せた。
そうだ。 ドラムこそが、今のアキラを支える唯一の拠り所だった。
これがあるから、アキラはまだ自分を信じられる。
まだ自分を信じていられる――――――――








ライブが終わると、控え室の中で四人はどっとと倒れ果てた。
今日は二時間のワンマンライヴだった為、体力の消耗が激しい。
四人とも、全身汗だくでTシャツがびしょ濡れだった。
「だぁーっ! マジ疲れた! やっぱ二時間はきついわー!」
エノケンはいつもの上裸のフリー・スタイルで床に寝っ転がる。
こいつの本質は『でっかい子供』だ。
その辺は、今も昔も変わっていない。
ジャガーは、相変わらず飄々とした顔で水を飲みのみジャガリコをつまんでいた。
「うっわ、お前、よくあんだけ運動した後に油モノ食えるなー」
「サラダ味だからへーキ」
「そういう問題じゃねーだろぉ~」
その時、ダン!とリュウジが控え室のテーブルを叩いて、一喝した。
驚いて、メンバー全員の視線が一気にリュウジに集まる。
リュウジの視線は、真っ直ぐにアキラに向けられていた。
「アキラ……お前。 何だ、今日のドラムは?」
「え?」
いきなり話を振られて、アキラは困惑する。
「え、じゃねぇよ! お前はいつからリズムボックスになったんだよ!! リズムが単調過ぎんだよ!」
「おい、そんな話、後でもいいだろうが」
「ひっこんでろ、エノケン! 大体、こいつは最近、練習中も気ぃ入ってねーだろ! そんなんじゃ、メジャーどころか選考会も勝ち抜けねぇぞ! ライヴやんのもタダじゃねぇんだ! 惰性でやってんじゃねーよ!!」
敵意も剥き出しに、リュウジが吠える。
だが、気力の疲弊していたアキラには、それさえ心には届かなかった。
「あ……ああ、すまない。 気をつける」
熱のこもらないその謝罪が、余計リュウジの気に触ったらしかった。
リュウジは今度こそ激昂して、アキラの胸倉を掴みあげた。
「手前がそんなんだから――――――」
言いかけたその時、コンコン、とドアのノックする音が聞こえた。
それで気勢が削がれたリュウジは、アキラの襟から手を話して、そちらに向き直る。
一拍間を置いて、控え室の扉ががちゃりと開けられた。
入ってきたのは、紺のストライプのスーツに身を包んだ三十手前くらいの男性だった。
髪の毛をワックスでツンツンにつねりあげたその髪形は、どことなくホストのように見えなくも無い。
「キミ達が、『アナボリック・ステロイド』のメンバー?」
男性は、四人に向かってそう問いかける。
「は、はい」
「僕は、こういう者なんだけどね」
男性は懐から名刺を取り出すと、名刺をリュウジに手渡した。
リュウジはその名刺に目を走らせると、表情を変える。
「AMCレコーズ…? って、まさか」
その男性は、にっこりと微笑んで言葉を続けた。







「キミ達、メジャーの舞台に立ってみないか?」








       

表紙
Tweet

Neetsha