Neetel Inside 文芸新都
表紙

妄想ハニー
与党編-12【ブギー】

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軽音楽部の、学園祭ライヴの選考会までもう三日を切っていた。
どのバンドも本番前最後の練習という事で、追い込みの時期に入っている。
とりわけ成長が著しいのは、二年生を中心に構成されたバンドだった。
楽器を始めて一年半……ちょうど楽器の基礎が出来てきて、一番技術が伸び盛りの時期だ。

「う~ん、やっぱり二年のリズム隊じゃ、シュンスケとマスオがズバ抜けてるなぁ」
エノケンがしみじみと言った。
部室のスタジオの中からは、二人のやっているエルレのコピーバンド『ハイ・ジャック』の音が流れている。
曲目は『サンタクロース』だ。
ギターヴォーカルのリキジと、ギターのカケルのコーラスが、サビで見事にユニゾンする。
そして、転調と同時にドラムの連打。
それは以前に聴いた時よりも、遥かに一体感が増していた。
このバンドは一年前にも選考会に出場したが、その経験値の少なさ故に辛酸を舐める結果となっていた。
連中にとって、今回は昨年のリベンジなのだ。
学園祭に掛ける意気込みは、他のバンドの比ではない。
「まぁ、俺も負ける気はねぇけどな」
エノケンは、自分の弟子の音を聴きながら、つい先日出来たオリジナルのフレーズを奏でだした。
AMCレコーズの幾島エイジに課せられた課題―――――メジャー向けのオリジナルを作る事。
曲自体はほぼ出来つつあった。
ジャガーの十八番、スクラッチ奏法を生かしたミクスチャー・ロック。
攻撃的な激しいラップと高速の16ビートは、まるでトランスのようだ。
これならばバンド・サウンドを敬遠する客層にも受け入れられるだろう。
一つ気がかりはと言えば、このところアキラのドラムが精彩を欠いている事だった。
一時はバンドの解散を口にしたりと、最近のアキラは何処か情緒不安定のような気がしてならない。
それでも、考えてくるドラム・フレーズのセンスは図抜けていたが、相変わらずリュウジとは口も利いていない。
今の『ステロイド』は、幸運に恵まれてメジャーに行く機会を与えられている。
バンド・メンバーが一丸となって乗り越えなければならない壁に直面しているのだ。
それなのに、この深い溝は何なのだ?
「どうにか、なんねぇのかよ……」
エノケンが嘆息していると、練習の終わった『ハイ・ジャック』の面子がスタジオから出てきた。
エノケンを見つけるなり、シュンスケが嬉しそうに声を挙げる。
「あ、エノケン先輩、ちゃーっす! 今日、こないだ借りてたビリー・シーンの教則ビデオ持って来ましたよ! マジすげーっすね、アレ!」
「巧すぎて参考になんなかっただろ?」
「確かに……でも将来的にはあれぐらい弾けるようになりたいっす! ところで今日カラオケ行きませんか? クラスの女子にベースのすげー先輩がいるって言ったら紹介して欲しいってんで」
「マジで!? 可愛いのか!?」
「ぱっと見、加●ローサそっくりですよ。 保証しますって」
「お前の美人スカウター、たまに狂ってる時があるからな……。 ホントに、ホントだな? 信用するぞ?」
「任せてくださいって。 あ、リュウジ先輩も行きます?」
シュンスケは、部室のソファーでヤンジャンを読みふけっているリュウジに声をかけた。
リュウジはシュンスケの方を一瞥すると、ぶっきらぼうに、「行かねーよ」と答えた。
「マジっすか~? リュウジ先輩のラップ聴きたかったのに…」
シュンスケが残念そうにうな垂れる。
「俺はカラオケはしない主義なんだよ」
「へ? ヴォーカルなのに珍しいっすね?」
リュウジの眉間に皺が寄る。
ヤバい、とエノケンは危機感を抱いた。
「じゃあ、シュンスケ、とっとと行くか! お前、可愛くなかったら握撃の刑だぞ!」
「あ、握撃っていうか、アレ、雑巾絞りじゃないっすか――――――――って、え?」
エノケンはシュンスケの腕をひっつかむと、即座に部室の外に連れ出す。
部室のドアを閉めると、その向こうで、ガシャーンと何かが叩きつけられる音がした。

「な、何すか、一体?」
シュンスケは、今の騒音とひっぱり出された事の因果関係が分からず、おろおろしていた。
「馬鹿。 今のリュウジ、キレる寸前だったぞ。 空気読めよ」
「お、俺、何かしました……?」
「リュウジにはな、カラオケの話はタブーなんだよ。 ブチキレるから、今後は誘うんじゃねーぞ」
「何だか分かりませんけど、分かりました。 気をつけます……」
シュンスケは、合点が行かない様子でそのまま部室から離れる。
エノケンは知っていた。
アキラが自分の指の事について触れられたくないように、リュウジにも、触れてはならない逆鱗がある事を。















駅前の裏通りを、リュウジは歩いていた。
売れないストリートミュージシャン達の巣窟であるそこは、バンドマン達から『オナニー通り』という蔑称で揶揄されている。
青春パンクだとか懐メロだとか、多種多様な音楽の入り乱れるその通りを、リュウジは文字通り蔑む様な目で見て歩いていた。
下手糞ども。 下手糞どもめ。
お前らは一体、誰に向けて音楽を演ってるんだ?
それで一銭の金を恵んでもらえれば満足なのか?
聴いて誉めてもらえれば満足なのか?
まるで媚びを売る犬ころだな。
俺を見ろ。 俺を見ろ。
もうすぐメジャーの舞台に上る俺を。
もうすぐ俺は、お前達の手の届かない場所にまで上る。
自分の歌を形にして、音楽の歴史に一節を刻むのだ。
愉快だった。
こうしてその夢が夢でしかない連中を見下ろすのが愉快だった。
彼らを見る度に、リュウジは言い様のない優越感に浸る事が出来た。
そうだ、自分はここまで来た。
自分はここまで来れたのだ―――――――



その時、リュウジの進路に、小さな人影が立ち塞がった。
その顔を目の当たりにした時、リュウジはぎょっとした。
まるで、死に化粧のように白く塗りたくられた顔。
黒く太く縁取られたゴシック・メイク。
赤い塗料をぶちまけた様な、イカれたロンT。
背には、その小柄な身体に比して大きなハードケースが棺桶の様に背負われている。
そいつは、リュウジの姿をその瞳孔に捉えると、ニィィと笑ったように見えた。
「何だ、テメェは?」
リュウジは、得体の知れない物を見るように、そいつに言った。
しかし、そいつはその恫喝めいた呼びかけに、いささかも表情を変えずに答えた。
「腐臭がするよ、佐伯龍二。 まるで君は裸の王様だな」
「何だと?」
突然現れたそいつの、思いもかけない揶揄に、リュウジの額に青筋が浮かぶ。
「キミの音楽では、バベルの頂には辿り着けないと言っているのさ」
そいつの言っている意味は理解できなかった。
ただ、自分の音楽性を侮辱されている事だけは分かった。
そうだ、侮辱されたのだ。
誰とも知れないこいつに。
自分が自分を賭してやっている音楽を。
「殺されたいのか、お前?」
「キミにとって―――――」
そいつは、リュウジの言葉を待たなかった。
「音楽とは、復讐なのだろう?」
リュウジは、一瞬呆気に取られた。
やがて、徐々にその意味を理解するにしたがって、肌が震えるような気がしてきた。
「何………?」
「キミにとって、音楽とは、自分を蔑んだ奴らを見返す行為なのだろう?」
「テメェ……」
リュウジは、握り締めた拳の中に、じわりと汗が滲み出るのを感じた。















1998年5月2日。
それが、佐伯龍二が音楽をやる事を志した日だった。
その日、一人の偉大なアーティストが、不慮の死を遂げた。
もしも、葬儀に参列した人の数がその人間の人生の価値であるとするならば、そのアーティストは紛れもなく戦後日本において最も偉大な人物だっただろう。
そして、リュウジもまた、そんな彼を崇拝する内の一人だった。
ニーチェの格言通り、神は死んだ。
その時、リュウジの中で邦楽は終焉を遂げたのだ。
その日、リュウジは、中学に上がったらすぐに音楽を始めると心に決めた。
そうだ、彼は生き続けなければならない。
彼の意志を継ぐ者の中で。
彼の音楽は、彼を信奉する者の音楽に影響を与え、そしてその中でその音楽性は生き続ける。
蒔かれた種子は根を張り、花を咲かせ、また実をつけ、次の世代へと受け継がれる。
輪廻による魂の不変性。
そうする事で、彼の存在は永遠となるのだ。


リュウジが選んだパートは、ヴォーカルだった。
楽器を拒否した訳ではない。
いずれは崇拝する“彼”のようなマルチプレイヤーとなって、曲を作るつもりだった。
その上で、主専業としてヴォーカルを選んだのだ。
やはり、自分のメッセージを伝えるにはヴォーカルでなくてはならない。
歌には自信があった。
声量はでかい方だったし、カラオケでも一緒に行った奴には必ずといっていいほど誉められた。
パフォーマンスも、実際に何度かプロのライヴに足を運んで研究していた。
そうだ、俺は彼の意志を継がなければならない。
貪欲に知識を吸収しなければならない。
その頃から、リュウジは洋楽にのめり込み始めていた。
“彼”のいない日本の音楽シーンに興味が持てなかったからだ。
後にリュウジをラップに目覚めさせる、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどに出会ったのもこの頃だった。

半年ほど独学で音楽を学んでいると、今度は自分のバンドが欲しくなった。
しかし、中学ではまだそれほど楽器人口は多くない。
てっとり早くバンドを作るには、楽器屋のメンバー募集の貼り紙を見た方が早い。
大体募集はリズム隊ばかりだったが、その中に、運良くヴォーカル募集のものが一つあった。
貼り紙には大抵、募集をかけた人物の略歴も記載されている。
その募集の貼り紙を見る限り、他のメンバーの歳も近いようだった。
やりたいジャンルの欄には「ヴィジュアル系」の文字。
願ったり叶ったりだった。



待ち合わせ場所は、広小路のカラオケだった。
とりあえず、挨拶とオーディションを兼ねて、という事らしい。
店員の案内で連れて行かれたのは、一番奥の部屋。
待っていたのは黒地の服装にやたらシルバーアクセをゴロゴロつけた、ナルシストっぽい三人組だった。
パートはそれぞれギターとベースとドラムという事らしい。
年齢は一番下が中三で、他は二人とも高校中退のフリーターらしかった。
本気で音楽をやる為に、高校を辞めたのだそうだ。
しかし、兼ねてよりいた前のヴォーカルが家庭の事情で就職せざるを得なくなった為、ヴォーカル抜きでバンドを存続しなければならなくなった、という事らしい。
ヴォーカルのいないバンドなど考えられない。
そこで早急にメンバー募集をかけた、と言うのだ。

「じゃあさ、君の歌唱力が知りたいから、何か一曲歌ってみてよ」
バンドリーダーらしいギターの男が、リュウジに言った。
リュウジは、迷わず“彼”の曲を入れた。
何十何百回と歌ってきた曲だ。
自信はあった。
「ただし、エコーはゼロで頼むぜ。 本チャンのマイクにエコー機能なんかついてないんだからよ」
言うなり、そのギターの男はリモコンでエコー機能をオフにした。
後から知った話だが、カラオケというのは誰でもある程度上手く聞こえるようにエフェクトをかけてあるそうだ。
その為、エフェクトのかかった自分の歌声を聴いて勘違いしたヴォーカル志望者は多いのだという。
そういった人種を、バンドマン達は『カラオケ・ヴォーカリスト』と呼んで蔑んでいる。
何故なら、彼らは底上げされた実力を根拠に増長しており、扱いづらいからだ。

研鑽を積んだつもりでいた。
少なくとも、ヴォーカルに必要な十全を学んだつもりだった。
‘彼”と同じ道に足を掛けたつもりだった。
だがそれが全て机上の空論に過ぎなかった事をリュウジは知った。
声が伸びない。 高音域が出ない。
無理に出そうとすると今度は息がもたない。
いざ『ヴォーカル』というフィールドに立つと、リュウジは自分がいかに知識先行であったかを痛感した。
少なくとも、『ヴォーカリスト』であるには、リュウジにはあまりに経験値が無さ過ぎた。
無様な一人相撲。
何という事だろう。
崇拝する“彼”の曲を、この自分が汚してしまっている。
一曲歌い終えた時、ギターの男からストップがかかった。
オーディションの判定。
結果はとうに分かっていた。
あんな出来栄えで合格出来る筈が無いのだ。
ああ、だが次の瞬間。
その口から吐き出された言葉を聞いて刹那、リュウジの理性は一瞬にして消し飛んだ。






「ねぇ、悪いけどさー。 君、* * * * * * * * * * * 。」










―――――――――――
気づいた時には、手遅れだった。
リュウジの拳は、そいつの顔面を一瞬で朱に染め上げていた。
リュウジは中一にしてすでに170センチ代の長身だった。
そこいらの高校生にも体格で引けはとらない。
しかし、三人相手はまずかった。
ギターの男こそ不意打ちで殴り倒したものの、その後は残りの二人に完膚なきまでに袋叩きにされた。
終わった時には、リュウジはカラオケルームで、一人、血だらけで転がっていた。
苦い鉄の味を口の中で噛み締めながら、リュウジは忸怩たる思いでいた。
侮辱された。 侮辱された。
崇拝する“彼”の曲を。
いや、違う。
正確には、侮辱されたのはリュウジ自身であって、“彼”ではない。
だが、リュウジは自分と共に“彼”まで侮辱されたような気がしたのだ。
自分の実力が足らないから。 自分の実力が足らないから。
おそらく、あのギタリストが何気なしに放ったあの言葉は、無責任な悪意に過ぎないのだろう。
だが、しかしそれは、リュウジの心に突き刺さって消えなかった。
それは、リュウジのアイデンティティさえも揺るがしかねない辣言だったから。

リュウジはそれからヴォイス・トレーニングに通い始めた。
ヴォーカルである事。
ヴォーカルであり続ける事。
それがリュウジのプライドだった。
否定されたからこそヴォーカルを極める。
奴らの吐いた呪詛を覆す。
メジャーの舞台に昇り、奴らを見下ろし、吐いた台詞を撤回させる。
そうした負の感情こそが、リュウジのモチベーションの原動力だった。

いつの頃からだろう。
リュウジにとって、音楽が『手段』になったのは。
リュウジにとって、音楽とは過程であり、手段であり、武器だった。
それ自体が目的なのではない。
リュウジにとって、音楽とは、目的に到る為の方法論なのだ。
目的に到る為の――――――
























―――――――――









目的とは、何だっただろうか?
ああ、そうだ。
世に知らしめる為だ。
自分の声を。 自分の音楽を。
その為にはメジャーに行かなければならない。
路傍で独り口ずさむ歌に、カラオケボックスの隅で歌う歌に、何の価値があるだろうか?
誰の耳にも届かないのなら、それはそこに無いのと一緒ではないか。

中二になって、同じクラスの奴らとバンドを始めた。
始める名目は『モテる為』、バンドを始める理由など大抵そんなものだ。
その程度の決意なので、彼らの演奏レベルも成長速度もそれなりだった。
まともにコードも押さえられないのに、ステージの上でだけは縦横無尽に動き回る。
リュウジはそんな周りの姿勢に辟易していたが、そんな中でも一人、ずば抜けた逸材がいた。
それが、『ジャガー』こと住谷鉄男だった。
ジャガーは、その頃から周囲の空気とは異彩を放っていた。
ジャガーはいわゆる『洋楽厨』というヤツで、バンドの曲決めの時も、他のメンバーがアジカンやエルレ・ガーデンを候補に挙げる中で、一人だけ『レニー・クラヴィッツ』とかを挙げるような奴だった。
その頃、ちょうど洋楽趣味に目覚めていたリュウジとジャガーは、瞬く間に意気投合した。

高校に上がり、二人は軽音楽部に入部した。
その軽音楽部は、『マジック・マッシュルーム』というバンドをメジャーに過去に輩出した事で有名であり、高校の部活でありながらそのレベルはなかなか高かった。
そこで二人は、鷲頭晃と榎本健太という二人のリズム隊と出会った。
初めて四人の音を合わせた時の衝撃を、今でもリュウジは忘れていない。
全身の毛穴の開くような圧倒的なインスピレーション。
それは予感であり、確信だった。
このバンドは、自分を、望む場所まで連れてゆく。
メジャーの舞台へと。 メジャーの舞台へと。










リュウジにとって、音楽とはそういう事なのだ。
リュウジにとって、音楽とは『そういう事』なのだ。
辿り着けぬ音楽に価値はない。
リュウジにとって、音楽とは手段であり、武器なのだ。
だがしかし、何故、この奇妙なゴシック野郎がそれを知るのだ?
そもそも、こいつは一体誰だ?
リュウジの知っている奴なのか?
そいつは、リュウジの思考を見透かしたようにニィ――――と笑うと、リュウジにとって、最も忌むべき部分に触れてきた。

「何故、ラップなんだ?」
そいつは言った。
「君は、“彼”に憧れて音楽を始めていながら、何故、ラップなんだ?」
リュウジ、その言葉に、鳥肌の立つ思いがした。
「“彼”は、一度もラップに手を染めた事などない。 本業はギタリストだからな。 レイジやリンプの影響か? 違うな、そんな事じゃあない」
彼は、リュウジの方に歩み寄ると、その顔を覗き込んで言った。

「そ ん な 事 じ ゃ あ な い」

何故か。
そいつの目を見ると、まるで自分の内を全て覗きこまれているかのような、そんな心地がした。
「もういい。 黙れよ、黙れ……」
「君はバンドをやっていく内に、気づいてしまったんだ。 自分に、あるべき筈のものがない事に。 他の三人が持っていながら、君に決定的に足りないものに」
「うるせぇ! 黙れよ! 殺されたいか!?」
手負いの獣のように、リュウジは吠えた。
駄目だ。 駄目だ。
その先は、言わせてはならない。
そいつを認めてしまったら、リュウジのアイデンティティは崩壊する。
リュウジには分かっていた。
この案山子野郎が何を言わんとしているのか。
それは、きっと、あの日、あのカラオケボックスで、あのヴィジュアル系野郎達に言われたのと、同じ言葉だ。
「分かってるんだろう? 君には――――――――」
「黙れって言ってんだろうが!!!!!!!!」
リュウジが、そいつの胸倉をつかみ上げた。























「君 に は、ヴ ォ ー カ ル の 才 能 が な い」

















「てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええ
めぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」
リュウジは、白昼堂々とそいつを殴り倒していた。
そいつは、ハードケースを道端に投げ出して道路に倒れこんだ。
その時、そいつの喉の奥から異様な哄笑が沸き上がった。
「あはははは! あはははははははは! 滑稽だな、佐伯龍二!! 言っただろう、お前は裸の王様だって! 周りが気付いてないとでも思ってるのか!? あはははははははは! あはははははははは! お前にはヴォーカルの才能も、リリックの才能もない!! 凡俗なんだよ! 誰よりも居丈高なお前が、誰よりも凡俗なんだ!! だからラップに走ったんだろう!? 自分が、“彼”になれない事に気づいてしまったから!! あはははははははは!」
「殺す! 殺す! テメェはこの場でぶち殺す!!」
リュウジは完全に激昂していた。
こいつは、リュウジの逆鱗に触れた。
その事を、血を吐くまで後悔させてやらなければならない。
「あはははははははは!」
なおも哄笑を続けるそいつに、リュウジは掴みかかった。
その時、背後から声がかかった。

「何してんの、あんた!」
振り返ると、後ろに二十代半ばの女教師が立っていた。
担任の、安藤水菜だった。
そういえば、彼女は生活指導も兼ねていたのだった。
「くそ、邪魔が入ったか……」
リュウジは舌打ちする。
しかし、そちらに気を取られて再び目を戻した時、リュウジは信じられないものを見た。
さっきまでいたゴシック野郎が、忽然とその場から消えていたのだ。
「な……?」
何者だ、あいつは?
自分の何を知っている?
リュウジは、安藤水菜に腕を掴まれながら、狐につままれたような気分を味わった。















――――――――――
たっぷりと教諭の説教を喰らった後、リュウジは自室に引きこもって、考えていた。
何処で歯車が狂い始めたのか。
何処で履き違えてしまったのか。
バンドにはもはや塞ぎようのない亀裂が走り始めている。
目的地に辿り着く前に、リュウジを乗せた『アナボリック・ステロイド』という船は座礁しつつある。
あってはならない。 あってはならない。
そんな事はあってはならないのだ。
何故、バンドは崩壊しつつある?
リュウジはそれについて、確かな答えを持っていた。
不穏分子は排除せねばならない。
リュウジは、そう思い立つと、携帯電話を取り出した。






       

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Neetsha