Neetel Inside 文芸新都
表紙

デッドフィッシュシンドローム
1:あえて抵抗しない

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 思うに、人間の体はとても七十年やそれ以上生きるほど丈夫にはできていないのではないか。
 いろいろ面倒くさいことの連続で体も脳みそもガンガン磨り減っていくから、多くのミュージシャンがそうだったように二十七歳くらいで死ぬのが自然なのかもしれない。
 これから何十年も、他人と会って話したり、ガン飛ばし合ったり好きになったり嫌いになったりし合うなんて、考えただけで体が疲れて重くなる。それどころか三食食事をするのすら面倒に思えてしまう(だから最近は一日二食)。こんな僕は死ぬべきなのかもしれないが死ぬのも怖いから結局、生きていくしかないという結論に毎回達する。じゃあ最初から死ぬべきなんて言わなきゃいいが、できもしないことを頭の中でグルグル回し時間だけ浪費するのは僕の得意技であるのだからしょうがない。まあ他の疲れた人々と同じく前向きな歌詞の曲を聴きまくって、自分を洗脳するしかないのかも知れない。
 今日もくたびれた生活が始まる。辛くても僕には、オーバードーズで吐しゃ物を喉に詰まらせくたばることもできないから、死んだ魚の目をしてゾンビみたいに生きるしかない。
 そんな僕の唯一のオアシスは彼女。
 彼女は僕から逃げたりはしないし僕を見下すような顔でにらむこともない。
 もっとも逃げるための足もこちらを見る目もないのだが。
 なぜなら僕の彼女はギターだから。

 ステージ上で僕は今夜もシャウトする。
 普段溜まっているうっ憤をここで爆発させるのだ。
 カラオケ行けば十分じゃないかって? それは苦手だ。なぜなら、自慢じゃないが僕は歌が下手だ。なのにギターボーカル。なぜかと言うと本来のボーカルはサボリで、ドラマーもベーシストも僕より下手だから。ギター弾きながら歌うのはしんどい、コード間違いまくってるがまあいいだろ。ライブはカラオケよりずっとまし。歌い終われば退場できるから。密室で何時間も他人にヘタクソな歌を聞かせたり聞かされるよりは、歌ったらハイさよなら、ってのが性に合ってる。
 サビに突入すると最前列の観客たち(身内)がともに歌いだし、手拍子する。やかましい! 僕が下手なりに頑張ってるんだから黙って聞いててくれ!
 とにかくなんとか最後まで歌う。ワンフレーズ飛ばした気がするがまあいい、はい終了。
 と思ったら……何? アンコールだと? 面倒くさい! あれで終わりなんだよ、満足してくれ! どうせ金払ってるんだから一曲でも多く聴きたいって魂胆か? 畜生。やりませんよアンコールとか。

 で、打ち上げ。お前ら二人でやれとメンバーに言い残し僕は帰る。疲れてるんだ。寝たい。早く寝たい。ベッドが恋しい。僕は死人みたいな歩調で家まで向かう。
 到着したら電気も点けずにギターを下ろす。抜き身だ。ケースは部屋の隅でゴミ箱になってるから。
 ベッドに転げ込み、テレビを点けようとするがリモコンがゴミに埋もれて見つからないので直接スイッチ入れる。
 映ったのはニュースキャスターの顔。必ず一回は噛むおっさん。
 画面の明かりでギターが照らし出される。オレンジのレスポール。僕の恋人。
 疲れた。寝ようか。ジェニー。
「今日も頑張ったね、お疲れ様、一緒にいい夢見ようね」そう言って「彼女」は僕の隣に滑り込む。
 僕はそのまま夢の中へダイブしていった。

 で、こういう夢を見た。
 僕は異様に咳を連発してる。こいつはやばい、病気だ、と思っているといよいよ意識が暗転する。
 次に夢の中で起きると僕は病院のベッドに寝ていて、アナウンサーのおっさんと同じ顔の医者が、右の肺を切除したと告げる。
 そうか。
 アバラはどうしたのかと僕が聞くと医者は、洗面器を見せた。中には鮫の歯みたいなものがいくつも入っていた。
 全部切除したわけね。
 もって帰りますかと真顔で聞いた医者に対し僕は少し考えて、いやいいですと断った。
 僕の右の脇腹はふにゃふにゃになってしまった。

 この辺りで多分一回目が覚めたんだろう、場面が飛躍。

 僕は無人のライブハウスでオレンジの髪の女と向き合ってる。
 どこかで見たようななつかしい顔。人間の姿をしたジェニーだ。
「それはホントの名前じゃないんだよ」と彼女は言った。そうだろう。ジェニーというのは僕が勝手に付けた名前だからだ。
 だけど彼女の本当の名前を聞く前に僕は起きてしまった。

 外は薄暗かった。時計を見ると六時半。夜か朝か分からない。
 ま、どっちでもいいか。
 僕はジェニーを背負って外に出る。右の脇腹を触って、ちゃんと中身があることを確認してから。
 外は涼しかった。寒いくらいだ。僕は寝起きの体温が三十五度五分を切っているのでなおさらだ。
 通りすがりのおばさんとすれ違う。異様な顔をしていた。なぜだ? 僕がギターを抜き身で背負っていたからか。音楽やってるヤツイコール不良って考えなのか。それとも風呂に入っていないからか? 臭いのか、僕は。だからと言って、散らかった部屋を見るかのような不快な顔でじろじろ見なくてもいいじゃあないか。傷つくよ。
 でもいいんだ、僕にはジェニーがいる。他には何もいらない。
 さて。
 さっきの夢が暗示するのは何か考えてみる。アバラとはつまり、女性を暗示しているんじゃないか? イブはアダムのアバラから作られた。自家判断だから正確とは思えないが僕は彼女を欲しがっているのか? それは浮気ではなかろうか。ジェニーが怒らないか不安だ。
 聞いてみる。
「怒ってないよな?」
「もちろんだよ」
 と言った彼女の口調にほんのちょっと怒りを感じた……けど気のせいだろう……。
 それにしても――人間のアバラは確か両側に十二本ずつ計二十四本あるはずだ。夢に出てきた、洗面器の中のアバラはやけに多くなかったか。僕は過剰に女を求めているのか……。
 考えているうちに公園に到着。
 今日は鳩が一羽もいない。ヤツらを観客にして一曲やるのが僕の日課なのに。まあこういう日もあるだろう。人間の観客が一人もいないより、なんだか寂しい。
 とりあえず一息つくことにした。自販機でコーラを買う。血糖値が低い僕はこれでエネルギーを補給する。
 飲みながら、ベンチのある場所へ向かう。
 すると、僕の特等席に先客がいた。
 ぶつぶつと話している。相手らしきものは見当たらない。携帯で通話してると僕は思ったがそうじゃなかった。
 そいつは、膝の上に置いた赤いギターと会話していた。
「ねえ……さっきの店員さ……うん……絶対に私に敵意を抱いていたよ……そう思うでしょ……ルーシー…………ねえ……あの目つき……私をゴミみたいに見てるよね……ああ……そうかも……そうだね……」
 今ライブから帰ってきたみたいな、ゴスパンクを着た女の子だった。
 彼女は顔を上げて僕を見ると呟くようにこう言った。

「死ねば良いのに」

       

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