Neetel Inside 文芸新都
表紙

デッドフィッシュシンドローム
4:ヘルフレグランス

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 自分でも妙だと思うんだけど、空が青いっていうことに対し、たまにすごく違和感を覚える。なぜかは分からない。じゃあ何色ならいいのかというと、緑色。透き通ったきれいなヴィリジアンの空を、僕は夢で見る。雲はない。蛍光イエローの太陽は水中から見たときみたいに揺らめいている。美しい。そういう風景を見て僕は、全てを忘れるような幸せな気持ちになる。その瞬間目を覚まし、空が本当は緑色じゃないことを思い出す。現実の空は青い。ひたすら、青い。僕を否定するかのごとく青い。なんだか自分が嫌になる。この青い空で満足していればいいのに、どうして緑色の空なんかを求めたのかって。


 僕の所属するバンド「ガンズ・アンド・ジ・オールドマン」のドラマーは、ベーシストほどどうでもいい存在ではない。と思う。名前は……思い出せる。確かワタヌキ。
 ワタヌキは無気力な男である。僕もそうなのだが、あいつは本当に虚無だ。感動なんか覚えたことは一度もないんじゃないかってくらい冷たい目をした男だった――南極海みたいな。
 そう思っていたが、ヤツも人並みに喜んだりするのだとこの度、知った。
 自宅の屋根の上で酒を飲んでいるワタヌキ。僕はその隣に座って、ビーフジャーキーをかじってる。
「見ろ。どう思う、この空を」
 ワタヌキが指差したのは夕暮れだ。だがただの夕暮れじゃあない。
 曇り空の隙間から夕日が差し込んでる。美しいオレンジ色なんかではない、黄土色の鈍い光。
「気持ちが悪いとは思わないか」ワタヌキが言った。「流産されたみたいな、できそこないの夕焼けだと俺は思う。空が西側から腐っていくみたいな気がする。だけど、俺はこういうのが好きなんだ。こういう壮大で気持ち悪いものを見ると俺は生きてることを実感するよ。俺はな、影介」ワタヌキがこっちを見て言う。「一度、鯨の死体を見てみたい」
 鯨と言われて僕はまず最初に、ミチコが歌ったあの曲を思い出した。あの哀しげだけど美しい歌を。
「巨大な生き物の死体を見て俺は感動を覚えるんだ。自分が死肉にたかる蛆虫みたいに思えるが、俺はそれを求めてるんだ。……海の底には鯨の墓場がある。そこへ俺はいつか行くんだ」
「海の底まで行くのは大変だろ。まずは陸の、象の墓場からにした方がいいんじゃないか」
 そう僕が言うとワタヌキは笑った。こいつが笑う顔を見るのはきっと、初めてだった。
「それならもう、見てきたよ」


 そしてその日僕は、ガラクタの山でダンスを踊るミチコの夢を見た。
 最近何度も寝たり起きたりを繰り返しているのでそれが現実なのか夢なのか怪しくなる場合があるが、これは夢だったと核心している。ミチコは多分こういう激しい動きはしないだろうから。
 僕はゴミの中から突き出ている何かを目撃する。
 象牙だった。白く光っている。
 ここがワタヌキが見てきたという象の墓場なのか。
「そうだよ。墓場の上にゴミをどんどん積み重ねてるの」ミチコが踊りながら言った。「埋め尽くして、象の死体を隠すために。そうしなくてはならないの」
 それはワタヌキのような人間を殺すためか。彼らから生きている実感を奪い取るためか。
「さあ」
 ミチコは踊り続けてる。
 頭の上からガラクタが振ってくる。
 ミチコは埋まる。
 僕も埋まる。
 夢は終わった。

 起きると僕はジェニーに顔をこすり付けていた。
 頬に痛みを感じる。弦で切って出血したらしい。血はすでに固まっていた。
 帰りたいと思った。どこか落ち着ける場所に。
 僕の家はここだというのに。
 もう一度寝ることにした。二度寝すると、面白い夢が見られる。

 とても汚い夢だった。
 灰色の川が流れている。汚物だ。汚物がとろとろと流れている。臭う。
 その川で泳いでいる人々がいる。僕は思った。楽しそうだと。
 自ら汚物にまみれて喜ぶ彼らは、よく見ると人間ではなかった。
 灰色のヒトガタである。服を着てないし目も鼻も口もない。
 彼らは僕が川のほとりで見ていることに気づき、泳ぐのをやめて上陸し、追いかけてきた。
 最悪のパターンだ。
 僕は何かに追いかけられる夢を見ると、必ずといっていいほど追いつかれる。
 今回もそうなった。後ろを振り返らなくても悪臭が迫ってくるのを実感する。
 恐怖で僕は叫ぶ。泣く。
 そして、ついに捕らえられた。
 その瞬間目覚める。
 胸が苦しい。それこそ、手術して肺を摘出しなくちゃいけないと思うくらいに。
「ジェニー」
 僕は彼女を抱きしめた。彼女は言う。
「落ち着ける場所なんか、ないんだよ」
 ああ、そうなんだろうな、きっと。
 哀しい。
 夢の中にまで哀しみが流れ込んでくるくらいに。

       

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