Neetel Inside 文芸新都
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デッドフィッシュシンドローム
6:教育

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 ようやく悪夢の連続がひと段落したので、枕元に洗面器を置いて寝なくてすむようになった。それまでは寝起きに吐くことを危惧しながら寝なくてはいけなかったのだ。
 実につらい日々だった。一度狂乱のあまり顔面をジェニーのボディにぶつけ鼻血をダラダラ垂らして、布団が血まみれになったときは、いよいよ臨終かとどこか安らいだ気持ちになった。それで二度寝して、また悪夢を見てしまったのだからたまらない。今でも布団には茶色い染みと鉄の臭いがついたままだ。

 で、今朝の夢だ。
 誰もいないアーケードに僕ら「ガンズ・アンド・ジ・オールドマン」が立っている。来戸は顔中に絆創膏を貼り付けている。カミソリで自傷したに違いない。初めてのケースではないので驚きはなかった。ワタヌキは頭に紙袋を被っていた。それでも彼だとわかったのは、その、背中を十五度ほど傾けて脱力した独自の立ち姿のためだ。ベーシストは手に粉洗剤の箱を持っている。彼はそれをいきなり地面にまいた。
 何をするつもりかと思って見ていると、それで何かを描いている。円だ。そして細かい模様。
 やがて魔方陣が完成した。悪魔を呼び出すつもりらしい。
 僕らは特に興味がなかったのでその場を離れた。
 すると、とつぜん空を紫の雲が覆った。これはもしや。
「悪魔が本当に呼び出されたのか」
 アーケードのほうから金切り声がした。ベーシストが悪魔に食われたのではないか。まあそうだとしても、僕には関係ないことだ。

 僕ら三人はいつの間にか砂漠にいた。枯れたサボテンが何本も立ち並んでいる――昔、家で育てていたサボテンを枯らしたことを思い出した。夏休みだった。自由研究で何をやろうか考えて、僕はサボテンの観察を行うことにした。サボテンは水をやらなくても枯れないと思っていた僕は、それを立証するために二本のサボテンを用意し、片方には水を毎日やり、もう片方にはまったく水をやらなかった。
 そしたら両方枯れた。水をやっていたほうは根元から変色し立ち腐れ、やがて崩れ落ちた。もう片方はひからびた。その結果を僕はありのまま模造紙に書き、写真を何枚も撮って貼り付けた。
 で、新学期、発表の日。後ろの席の某君が、自由研究をやってないので、共同研究ということにしてくれないか、と頼み込んできた。内心良い気はしなかったが、彼にはロックのCDを何度も聞かせてもらっているので僕は了承した。
 発表が始まった。かなりの力作のつもりだったのに、某君をはじめ生徒一同、何かよくないものを見るかのような顔になったので僕は落ち込んだ。自分の研究が受け入れられなかったことより、二本のサボテンが浮かばれない気がしたのだ。
 さて。砂漠に池があった。白い池だ。近寄ると甘い匂いがした。それは、ホワイトチョコレートの池だったのだ。この暑さで、溶けてドロドロになっている。
「飛び込んでみるかい……?」来戸がそう言った。
 僕は遠慮した。ワタヌキは悩んでいるようだった。
 そのとき突然、背後から叫び声がした。ベーシストの声に似ていた。
 振り返ると、それがあった。
 巨大な異形。触手とヒレと鱗が。
 大まかな形は、イソギンチャクを背負ったヤドカリ、と表現すれば分かりやすいだろうか。さらに、無作為に抽出した千人から、もっともおぞましいイメージを聞き出し、その全てをそいつに貼り付けたようだ。
 食後に見れば間違いなく吐くであろうそいつが、無数の足を蠢かせながらものすごい速さで迫って来るのだ。僕らは何も考えずに逃げ出した。
 またこのパターンか!
 やつらも進化しているようだ。僕の想像力を掠め取り、利用しているのだろう。このままではもっとおぞましいモンスターが誕生していくに違いない。きっと僕が黒やグレイのヒトガタに慣れたから、こうしてさらに気色の悪い怪物を作り出したのだ。
 まあ、そんな考察をするより今は、この怪物をどうするか、だ。
 一緒に走っている二人のどちらか、あるいは両方を転ばせ、怪物が捕食している間に僕は逃げる、というのが良策のように思われた。
 よし、やるか、と思ってふと背後を見ると、怪物の前に人影が見えた。
 ミチコとルーシーだ。
 二人は手を繋いで、見つめ合っている。怪物にはまるで気づいていない。
 ――終わったな。
 僕は再び前を向いて走り出した。
 背後を見なくても分かった。二人は寸前で怪物に気づく。きっと、絶望に包まれたのだろう。
 肉が押しつぶされる音がした。
 きっとミチコの四肢はバラバラに弾け飛び、ルーシーの部品は天高く跳ね飛ばされたのだろう。
 演奏するものも、演奏されるものも同時に失われてしまった。
 だけど僕は逃げ延びることができる……。喜ぶべきことだろう。


 パターンが覆された。珍しく、すがすがしい気分で僕は目覚めた。何週間ぶりのことだろう。
 しばらくベッドの上でぼーっとしていたが、一服して、一杯飲むと夢の中の怪物が思い出された。
 おぞましい魚介類。やつらが僕の頭の中から作り出した異形。これからもあんな生物が量産されるに違いない。
 死んだ魚の眼を持つこの僕は、やつらからこの先も逃げ続けるのか? あるいは共生していくべきだろうか? 同じ、夢の住人として。
 いや違う。あの腐った肉と錆びた鱗の持ち主と、僕は戦っていかなくてはならないのだ。


 僕はジェニーを握り締め、やつら――デッドフィッシュとの闘争を決意した。

       

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