Neetel Inside 文芸新都
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見つからない、離れない
見つからない、離れない 2

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「今日、何か予定ある?」
平和で日常的な授業を一日分受け終え、帰り支度をしているところで優奈から声をかけられた。
「これから自宅に向かう予定だけど」
流子は答える。
「帰りにうちに寄っていかない?」
うち、というのは、内側のことではなく、恐らく優奈が住んでいるアパートを指しているのだろう。

 優奈が住んでいるアパートは、流子の家に負けず劣らずこの学校に近い。
優奈はそのアパートに、なんと一人で暮らしているのだ。
高校生にしてはかなり珍しい生活スタイルと言える。
学費や生活費は親が出しているとのことだが、それを差し引いても中々真似のできない事だ。

 三秒ほど考えても断る理由が思い当たらなかったので、流子は予定を変更して優奈のアパートに向かう事にした。
優奈のアパートには特に目新しいものは無いが、他人の住居にしては居心地が悪くないほうだ、と流子は勝手に評価していた。
それに、本がたくさんある。
もし部屋に監禁されても、しばらくは退屈せずに済むだろう。

 途中まで二人並んで歩き、緩やかな下り坂は流子の自転車に二人乗りして降った。
自転車の二人乗りは法律で禁止されていて、警察に捕まれば五万円以下の罰金刑に処せられることになる。
しかし、自転車に引っ張られながら下り坂を歩く苦痛と、二人乗りが発覚するリスクを天秤にかけてみて、結局二人乗りを実行する事にした。
そもそも、この罰則は初犯だと適用されないはずだ、と流子は記憶していた。

 学校を出てから、ものの十五分ほどで優奈の住んでいるアパートに到着した。
リスクに見合った成果と言える。
五階建てアパートの、三階の303号室が優奈の部屋だ。
階段を上っている時に、優奈は「もしこのアパートにエレベータが設置されていても、私は毎日階段を使うと思う」と言った。
「分からなくもない」と流子は答えた。
エレベータは、無愛想で薄情な印象がある。
融通が利かなくて面白みが無いのだ。

 もう少しで目的の三階に着くというところで、流子は妙な匂いに気がついた。
どちらかというと嫌な匂いだ。
その匂いと、十二月という今の季節に、ギャップを感じる。
耐えられないほどの匂いでもないので、気を使わせても悪いと思い口には出さなかった。

 しばらくの間、優奈の部屋でボードゲームなどをしながら時間を潰した。
頭を使うゲームに疲れて、内容の薄い会話をしていると、優奈が突然の提案をした。
「隣の部屋、見に行かない?」
「隣の部屋?」
流子は思わず聞き返した。
「匂い、ここ最近ずっとだよ」

 先ほど流子が気付いた匂いの元は、どうやら隣の部屋にあるらしい。
少なくとも、優奈はそう確信しているらしい。
「隣は空き部屋?」
右隣か左隣かは知らないが、流子はとりあえず尋ねてみた。
見に行く、という提案をするということは、部屋の見当はついているということだ。
そして、ここ最近ずっと感じていた匂いを今まで放っておいたということは、その部屋には今は誰も住んでおらず、鍵がかかっているという事になる。
「いや、住人は居るんだけど、二週間くらい前から旅行に行ったきり部屋を空けてるみたい。旅行先から直接実家の方に行ってるのかも」

 流子は優奈の言葉に不自然さを感じ取っていた。
少なくとも、今始めて隣の部屋を見に行くと言うアイデアを思いついたようには見えなかった。
まるで、隣の部屋を一緒に見に行く為に流子をアパートに連れてきたような感じだ。
一人暮らしが出来ている彼女が、一人で隣の部屋を見に行けないなんておかしな話だ。

「鍵は?」
流子は聞く。
「うーんと、事情を話せば管理人さんが貸してくれると思う」

       

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