Neetel Inside 文芸新都
表紙

サクっと読めちゃう作品集
遺書代筆屋

見開き   最大化      

 騒がしい蝉の声も聞こえなくなってきた夏の終わり目、私は故人の借家を散策している。
と言っても警察とかその類の仕事ではない。私、樋口和恵は代筆屋をやっている。
代筆屋というのはその名の通り依頼主の代わりに手紙などを書く仕事だ。小説家を目指している者にとってはまさに天職で、お金を稼げて勉強にもなるといった具合だ。
この仕事にも大分慣れてきたが、私は今途方に暮れている。
今回の仕事は遺書の代筆、依頼主は既に亡くなってしまっているのだ。

 事は業務用のメールアドレスに送られてきた1通のメールから始まった。
内容は私の代わりに遺書を書いて欲しい、何日かかってもかまわない。住所を教えるので参考にして欲しい。といった趣のもので、お金は既に銀行に振り込んでおいたと言うのだ。
不振に思った和恵は連絡先に電話をかけてみたが、依頼主がそれに応えることはなかった。
なんとも強引な依頼だが、報酬も受け取ってしまった以上、この仕事は引き受けなくてはならないと妙な責任感も手伝って依頼主の借家までやってきたと言うわけだ。
玄関に着くと戸は開いており、玄関口には立ち入り禁止のテープがひかれていた。見ると奥に鑑識官らしき人が立っている。状況が飲み込めていない和恵は、その人に話しかけてみることにした。
「あの。」
「ん?見せモンじゃないよ。そこのテープ見えるでしょ、立ち入り禁止。」
「いえ、野次馬じゃないんです。あのですね、えっと。」
「とにかく入ってこないでね。」
物好きな見物人に見えたのか取り入ってもらえない。
「あの、私、樋口和恵という者なのですが、今田彰さんにですね、えっと、呼ばれたのですが。」
樋口和恵という名前に、誰の目からもわかる程度に鑑識官の表情の変化が見て取れた。
「あー。あなたが例の代筆屋、さんでしたか。失礼しました、どうぞ入ってください。」
「あ、はい。・・・え。あの、例の、って言うのは?」
言われるがままにテープをまたいで家にあがった和恵は、何か言葉に引っ掛かりを感じ、思ったことをそのまま口に出した。
「いやね、この家のホトケさんの遺書っていうのかな、それにね。」
「え。ホトケって。」
和恵は相手の話が終わる前にまた質問を投げかけた。ホトケとはどういう意味なのか。
「いやだから、今田彰さん。」
「え。あ、亡くなってらっしゃるんです、か?」
「ええそうですよ、ご存じなかったんですか? って聞くのもおかしいか。」
依頼主、今田彰は亡くなっていた。メールを受け取ったのは二日前だというのに。
「自殺。ですか。」
「そうです。あーとにかく、彰さんの足元に置き手紙がありましてね、近いうちに樋口和恵という方がいらっしゃる。その人に遺書を代筆して貰うのでご協力下さい。てな事が書かれていましてね、最初は妄言かなんかだと思ってたんですけど、こうやって樋口さん本人が実際に尋ねて来たものですからね。」
「そう。ですか。」
「私達共としても彰さんの遺書の願いは叶えてやりたい訳ですよ。ですので樋口さん、部屋の物は触っていいですので。いい遺書書いてやって下さい。こんな事は初めてだからなんて言ったらよいのやらですがねぇはは。」
「あはは、はい。え。でも、いいんですか?現場の物触っちゃったりして。」
「自殺と確定されていますからね。もう捜査は終わったようなものでして。」
「なるほど、わかりました。では、えと、よろしくお願いしますね。えーと。」
「黒井です。何かあったら言ってくださいね。私は外でゴタゴタしていますんで。」
「はい。ありがとうございます。」
和恵は一礼し、急ぎ足で奥へと歩みを進めた。

       

表紙
Tweet

Neetsha