Neetel Inside 文芸新都
表紙

適当を前提にお付き合いください
適当を前提にお付き合い

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 なんとも、気が滅入るような夜だった。
 今日は満月らしいが、そんなことは今朝のニュースでたまたま言っていたから知っているだけで、今空を見上げたからというわけではない。
 空は完璧と言っていいほど曇っていた。
 雲ひとつない満月の夜、そんな夜だったら何か面白いことが起きそうな気もするが、曇りじゃそんな下らない希望すら抱けない。
 そんなことを考えながら、俺はぶらぶらと帰路に着いていた。
 駅前の喧騒を抜け、昼間とは正反対に不気味な雰囲気を醸し出す学校の横を通り過ぎる。
 狭すぎる上に一方通行、その上別の通りに繋がっているわけでもないので、車はおろか人すらめったに通らない通路に入る。
 俺がこの道を使うのは、たまたま俺の住むマンションが辺鄙な場所にあるからで、この通路が繋がってる場所といえば、まさに俺の住むマンションの前の通りぐらいなのだ。
 あまりにも静か過ぎて、最早辛気臭いといっていい通路を歩きながら煙草に火をつける。
 余談だが、この細い通路は、更に細い通路と繋がっており、そのどれもが結局この細い路地に戻るほかない道となっている。
 路地の間には民家が建っているが、その民家の入り口はこの路地に向いているため、何のためにある路地なのか意味が分からない。
 俺もこの辺りに住みたての頃は、マンション付近の探索といって来た事があったが、結局この迷路のような路地をうろうろしただけで、どこにも出れないことが分かった時は無駄に疲労を感じたものだ。
 
 煙草をフィルターギリギリまで吸うと、俺は壁に煙草をこすりつけ、更に細い路地に向けて吸殻を弾いて捨てた。

「イタっ!」

 ・・・・・・どうやら、人のいる筈のない、俺の吸殻捨て場と化していた路地には人がいたようだった。
 マズイ、大いにマズイ。
 もし近隣の住民だとしたら、この吸殻には迷惑していたかも知れない。
 そして、その吸殻を捨てている犯人の犯行現場を今まさに目撃してしまったのだ。
 かといって、逃げるわけにも行かない。現場を目撃されたというよりも、吸殻をぶつけてしまったのだ。
 そのまま謝らずに逃げるというのは、流石に俺の倫理観に反する。これだけポイ捨てをしておいて今更だが。
 しかし、そこにいた人物は一向にこちらに向かってくる気配はない。
 その代わりに、変な音と、その人物の独り言が聞こえてきた。
「もう・・・・・・なんなのよ・・・・・・!意味わかんない道には入っちゃうし!出れないし!なんか落ちてくるし!しかも何で動かないのよ!!!!」
 こちらに来ないのであらば、さっさとトンズラしようかと思ったが、その声が可愛らしい女性の声であったことと、一緒に聞こえてきた変な音に聞き覚えがあったので、俺の足はそちらに向かっていた。
 そこには俺よりも頭一つ分くらい小さい女の子が、体格に似合わないバイクと格闘している姿があった。
 暗くて分かりにくいが、バイクはCB400SSのようだ。先ほどから聞こえていた音はどうやらセルを回していた音のようだ。
 そんなに回していたらそのうちバッテリー上がってしまうのではないか?と思い声を掛けてみた。
「あの・・・」
「今忙しいんで」
 いや、忙しいとかそういう問題じゃ「キュカカカカカ・・・・」
「あのー」
 コイツ人の話し聞く気ねぇの「キュカカカカカ・・・・」
「あの!」
「何ですか!」
「そんなセル回してるとバッテリーが」
「キュカカヴィー・・・・・・ 」
 セルが回らなくなったようだ。女の子は一度スイッチから手を離してもう一度押した。
「ヴィー・・・・」
「上がりましたね・・・バッテリー」
 倒置法で言ってみた。
「・・・・・・・」
 気まずい沈黙。
 あぁ、やっぱ声掛けるんじゃなかった。
「何でもっと早く言わないの!?」
 意味できません。っていうかそんなん言われてもウチポンデライオンや睨まないでください。
「帰れないじゃないですか、どう責任とってくれるんですか」
 俺がここにこなかったらそこの標識にでも責任とらせてたんですか?なんて質問は出来ず
「押しがけは?」
「押しがけ?」
 どうやら、バイクに乗れればそれでいい、というタイプのライダーみたいだ。自分も別段詳しいわけじゃないが、原付ではなくバイクに乗るんだったら多少の知識は身につけておかないといけないと思う。
 とりあえずバイクを見てみることに。キルスイッチ入っている。
「キルスイッチ入ってますね、なんかの反動で押しちゃったんですか?」
 返答なし。キルスイッチってのは、エンジンを強制的にストップするスイッチである。そうそう使うことはないのだが、今回のようにいつのまにかスイッチが入っていていくらセルを回してもエンジンがかからないなんてことがある。普通は、セルすら回らないのだが、このバイクはHONDA製である。理由は知らないが、HONDAのバイクはキルスイッチが入っていてもセルが回ってしまうのだ。
 因みに、キルスイッチが入っていること似気付かず、故障と勘違いするのはバイク乗りとして結構恥ずかしい失敗である。
「とりあえずエンジン掛ければいいんですよね」
 幸いこのバイクにはキックペダルがある。バッテリーを使用してエンジンを始動させるセルが使えない場合、このキックペダルを使うことで手動でエンジンを始動させることが出来る。
 先ほど「押しがけ」と言ったが、これはキックペダルのないバイクでエンジンを始動させる手段で、バイクを勢い良く押して、そのままクラッチを繋ぎエンジンを回す方法だ。しかしインドア派の俺としては一発で成功させる自信はないので、キックペダルがあってよかった。
 ガッ!ドドド・・・・・・ガッ!ドドド……ドッドッドッドッドッ……!
 どうやら、エンジンはかかった様だ。
 この路地裏の迷路に嵌っていたようなので、さっきまで俺のいた路地までバイクを押していき、一方通行なので正しい向きにバイクをターンさせる。
 ヘッドライトに映し出されたワガママなお嬢様は、どうやら俺好みの顔をしていたご様子。
 赤味がかった綺麗な茶髪のロングヘアー。少し釣り目がちな勝気な目。今はへの字に曲がっているが、可愛らしい唇。
 もっと親切に対応すればよかったぜ。
「ハイ、責任とりましたよ」
 ギアをニュートラルに入れて、とりあえずサイドスタンドで立ててバイクから離れる。すると、お嬢様はポツリと何かを言った。
「・・・・・・ない」
「ハ?」
 聞き取れなかった俺は素っ頓狂な声を返した。
「こんな時間に帰っても家に入れない!あなたの家、近いなら泊めなさいよ!」
「・・・・・・ハ?」
 聞き取れた俺は素っ頓狂な声を返した。

 満月の夜だからだろうか、確かに変なことは起きた。
 しかしそれが面白そうだと言い切れないのは、やはり曇っているせいだろうか。

     

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「部屋くさい、きたない」
 開口一番それっすか。
「一人暮らしなんて皆こんなもんでしょ、嫌なら帰ってください」
 見知らぬ人間からしたら、あちこちにゴミとか本とかCDとかが散らばっているようにしか見えない部屋ではあるが、自分にしてみれば必要なものが手の届く範囲にすべておいてある完璧な城を汚されたので、心の広い俺でも流石にカチンときた。
「帰れないっつってんでしょ」
「なら我慢してください」
 とりあえず、足元を蹴散らして座布団を敷いてあげるジェントルな俺。さて、どうしたものか。
 ベッドに腰掛ける俺。座布団にちょこんと座る女。流れる気まずい沈黙。
 とりあえず、間が持たないのでポケットから煙草を取り出して口に咥える。
「あ、煙草きらいだから吸わないで」
「問題です、ここは誰の家でしょう?」
「誰の家かが問題じゃなくて、誰がいるかが問題なの」
 コレだからキチガイは……
「コレだからキチガイは困る」
 あ、声に出ちまった。
「何か言った?」
「いいえ何も」
「初対面の人間にキチガイなんて言葉よく言えるね」
 聞こえてるじゃねぇか。この女性格悪いな。
「あんた飯食ったの?」
「食べた」
「あっそ」
 何だ?なんか食い物でも持ってて、泊まらしてもらって悪いから飯食ってないって言ったらくれたのだろうか。
 と思ったその時。ぐぅー、となる腹の音。もちろん俺じゃない。
 あ、視線はずした。
 どうやら、俺の考えは大いに間違っていたらしく、自分が腹が減っていただけらしい。
「……まぁ、俺は夕飯作るから、テレビでも見ててくださいな」
 そういってとりあえず冷蔵庫をのぞく。
 万能ネギ。シラス。ハム。以上。
 うむ。ネギとシラスがあれば後は何もいらない。客ですらないし。
 とりあえず米を研いで急速で炊く。
 ネギを適当な大きさに切って、白髪ネギにすべく切っていく。
 タンタンタンタン……。
 このまな板と包丁の単調なリズムはなぜか心地いい。白髪ネギが毎度毎度無駄に量が多いのは多分この作業が面白いからだろう。
 タンタンタンタン……。
 タンタンタンタン……。
「……ねぇ」
「ん?」
 気づくと女が横に立っていた。
「なんスカ?」
「料理とか、できるんだ」
「こんなもん料理っていわねぇだろ。ただネギ切ってるだけだからな」
「ふぅーん……」
 コイツは料理できないタイプと見た。そうな風にして白髪ネギってつくるんだーみたいな目をしている。
 タンタンタンタン……。
 再び流れる沈黙。
 黙ってるのは苦手なのでとりあえず話題を振ってみる。
「名前、聞いてねぇけどなんつーの?」
「名前?……あー、白石ユウ」
「白石?冗談だろ?」
「何が?」
「俺も白石っつー苗字」
「「・・・・・・」」
 下の名前でよぶんスか。
「あー、とりあえず俺も名乗っとくわ、亮介。友達とかはりょっちって呼んでる。」
「そう」
 それだけ言うと、ユウと名乗った女は俺の定位置であるベッドに腰をかけテレビをつけた。ファック、そこに座っていいのは俺だけだ。
「ねー映らないんだけどー」
 一々世話のかかる人である。少しは頑張ってから声を掛けて欲しい。
「ビデオに切り替えて、ビデオのリモコンでチャンネルを選ぶ」
「なんでそんなにややこしいの?」
「テレビが壊れててな、ビデオ経由でラインで繋げば修理しなくても使えるだろ」
「だせー」
 死ね。
「何だと?」
「あれ?声に出てた?」

 米が炊けたので、とりあえずボウルに移して適当に醤油とめんつゆとごま油で味付け香り付けをしてシラスとネギを混ぜる。お手軽料理、ネギとシラスの混ぜ込みご飯の完成である。これを料理と呼んでいいのだろうか。
 とりあえず茶碗に入れて出してやると、素直に食い始めた。
 うまい、とは言わないが不味いとも言わないのでまぁ嫌いな味ではないようだ。
 もう飯は済ましていたが、人が食ってるとこっちも食いたくなってきたので自分専用お茶碗に混ぜ込みご飯を盛る。
 しばらく食っていると、ユウはなにやら俺の茶碗と自分の茶碗を見比べ始めた。量が足りないとか言い出すのだろうか。
「何?足りない?」
 文句を言われる前に切り出すあたり、負け犬根性が染み付いてるなぁなんて思ってると、予想外の質問が返ってきた。
「なんでこんな可愛らしい茶碗があるの?趣味?」
 今ユウが手に持っている茶碗は、薄い桃色をしており、さらにデフォルメされた小さなウサギの柄が付いた茶碗である。
「なわけねーっつの、察しろ」
「あれ、じゃぁアタシここにいたらまずいのかな?」
「……察しろ」
「あぁ、そいつはそいつはご愁傷様です」
 笑ってやがる。あぁ、殺してぇ。
「そういうあんたは男の部屋なんかに泊まってて平気なのかよ」
「察しろ」
「あぁ、そいつはそいつはご愁傷様です」
 睨んでやがる。お互い様だろ。
 その後は俺もバイクに乗っていることや、ユウは友人からバイクを貰い受けたので中免を取って乗っていることなど、他愛のない話を過ごしながら飯を食った。
 こうやって誰かとこの部屋でご飯を食べるのは久しぶりだったので、こんなヤツでもそれなりに楽しい。
「さ、て。俺は煙草吸うからな、ベランダでるから勘弁しろよ。食器は台所に突っ込んどいて」
「自分の家なのに、許可取るとか意外と律儀なんだね。かまわず吸えば良いのに」
 どっちなんだ。
 突込みを入れると長そうなので、とりあえずそこは華麗にスルーをしてベランダに出る。はてさて、なんなんだこの状況は。
「りょっちさー」
「馴れ馴れしくあだ名で呼ぶな。さんとか様をつけろ」
「一人暮らしさみしくねーの?」
 シカトかよ。
「寂しいよ」
 っていうか何で俺も答えてるんだ。
「そうだよねぇ、ましてや」
「さっきした話なら忘れてくれ。多分、それ関係無しにただの寂しがりやだから」
「ふぅん……」
 沈黙。お互い結構なおしゃべりということは飯を食べてるときに認識したが、なぜか沈黙が流れる時間のほうが長い気がする。
「あのさ、提案があるんだけど」
「なんだよ」
「ちょっとした、ゲームをしない?」
 ユウの提案。それは俺にとっても、ユウにとっても都合のいい、自分を誤魔化すには丁度いい『ゲーム』だった。

     

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「ねぇ」
「何?」
「あの本棚さ」
「おう」
「一番下がCDでしょ?」
「そうだよ」
「二段目が文庫小説」
「おう」
「三段目が漫画」
「おう」
「四段目が新書とかのでかい本」
「そうだよ」
「で、一番上に乗っかってるのは、バラバラって認識でいいのかしらね」
「いや、一番上は「学習」ジャンルだぜ」
「・・・・・・」
「見てみろよ、数学の問題集に、プログラミング関係、学校の教科書。どうみても勉強に使うものだろ」
「・・・・・・じゃぁなぜそこにふたりエッチが並んでるわけ?」
「参考書だろ」
「違うだろ」

 今、ユウの頭は俺の目の前らへんにある。
 その前にはパソコンがあって、某動画アップロードサイトを見ている。
 さて、なぜこんな位置関係にあるのかというと、単にユウの提案した『ゲーム』の『契約期間中』だからである。

「ゲーム……?」
「そ、ゲーム。」
 ユウは可動式のベッドの頭のほうを起こし、そこに寄りかかりながらベランダで煙草を吸う俺に『ゲーム』をしようと提案してきた。
「君も煙草なんかすってないで、入ってきて呑みねぇ」
 ユウはいつの間にか勝手に冷蔵庫から酒を取り出してグラスに注いでいた。しかもそのお酒は俺のお気に入りである。ガッデム。
「ホラ、お互い状況が似てるじゃん?アタシは一人暮らしじゃないけど、やっぱり寂しいわけよ」
「あぁ、そう」
 煙を吐き出しながら、気のない返事をする。
「んでよ、アタシってばこう見えて付き合うなら結構マジになっちゃうほうなの」
「得てして恋愛傾向は見た目にそぐわないパターンと、まるっきり見た目のまんまのどちらかだからな」
 因みに、俺はコイツを前者と言いたいのである。アキラカに遊んでそうな、というか俺が女でこの顔だったら遊んでる。
 しかし、ユウは俺の湾曲した褒め言葉を馬鹿にされたと感じたらしく、眉間に皺を寄せて反撃してきた。
「あんたも話を聞いた感じだと、重い感じじゃん?」
「ソウデスネ、ヨクイワレマスガ」
 重い、とか言わんで欲しい。普通に凹むがな。
 俺はちょっと拗ねて、外を向いた。ユウが笑う気配が伝わってくる。どうやら、それで気が済んだらしい。
 さっきの飯を食っていたときの話である。ウサギの茶碗の話から派生して、各々の彼氏彼女の話になったのだが、正直俺はそんな話をしたくなかった。
 以前の彼女と別れたのは、もう三ヶ月も前だが、その事実を思い出すと急に辺りの酸素が薄くなったような錯覚に襲われる。
 多分、本気だった、というやつだと思う。月並みだが、離れて初めて気づいた、とかそんな。
 しかも、別れたその日にはもう彼女は俺の友達と付き合うことになっていたとかで、とかとか黒い歴史がいっぱいなワケで。
 そんなような事をユウは根掘り葉掘り、まるで歯医者に虫歯をわざといじくられているような、そんな感じで聞きだされたのだった。
 逆にユウのほうの事情を聞くと、こいつはこいつで振られたらしい。ざまぁ。
 ただ違うのは、俺のようにユウの元彼には新しい彼女がいないということだ。ヨリを戻すチャンスを狙ってるとか狙ってないとか言っていた気がする。
「まぁまぁ。アタシとしては、合コンだとか、紹介だとか、そんなんで付き合う相手決めたくないわけ」
「あぁ、分かる分かる。やっぱり信頼できる奴じゃないとな」
「そそ、なんつーか、付き合うために相手を探すのって」
「手段と目的が逆、だと俺は思うね」
「だよね。」
「だろ。」
 ビシッ、と俺は煙草で、ユウは人差し指で相手を指す。
「でもさ、あんた今寂しくて、誰でもいいから近くにいて欲しいでしょ?」
「……ノーコメントで」
 確かに。寂しい。人恋しい。しかし、今切った啖呵も本音ではある。プライド、なんてものは持ち合わせてる気はしないけどなんかコレだけは曲げたくない。
「まぁ、そこは超えちゃいけない一線だわな」
「そーいうこと、わかってんなら聞くなよ」
「で、だよ」
 ユウはそういうと、立ち上がってこちらに来た。
 そしてヒョイと煙草を俺の口から取り上げると灰皿に押し付けて火を消した。
「アタシは前のカレのことまだ好きだし、あんたは忘れるだか気を紛らわすだかをしたい。ここに互いの需要は一致するわけよ」
「意味わからねぇよ」
「そうだなぁ、いわゆる『結婚を前提にお付き合いください』の、逆ってこと」
「……お互い、マジにはならずに、寂しいのを紛らわすための相手ってことか」
「そ、だからマジになったら負け、負けたほうは相手の言うことを必ず聞く。まぁ、相手の言うことは決まってるよね」
「お互い、マジになったら困るわけだから『別れてくれ』っていうワケだ」
「そ、だから『ゲーム』」
「ナルホド」
 そういいながらポケットから煙草を取り出して、奪われた。時間稼ぎは禁止らしい。
 ……やれやれ、たまには男らしくスパっと決めてみますか。
 まぁ、煙草はコイツの前で吸わなきゃいいんだしな。
 俺は肩をすくめて、溜息を一つついて言った。
「じゃぁ、『適当を前提にお付き合いください』」
「『喜んで』。ゲーム開始ね。ルールは一つ、マジになったら負け。負けたら言うこと何でも聞く。コレ、契約だから」
 契約、ときましたか。
 まぁ、でも面白そうではある。理屈を並べて自分の潔癖を守りながら汚い手段であることを隠しているのは、分かっている。いや、分かっていない。分かっていないから『契約』したんだろう。
 逃げよう。言い訳をしよう。誤魔化そう。正当化しよう。そうした気持ちの塊である『ゲーム』。『面白そうだ』というオブラートに包んで俺はそれを受け入れる。
 なんともまぁ、美しくない話ではあるが
「契約書とか書くか?」
 冗談めかしてそういう俺に
「そうだなぁ、面倒くさいから契約書はアタシ。判子はここにヨロシク」
 そういって自分の唇を指したコイツが可愛かったので、気にしないことにしよう。

       

表紙

鮭王 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha