Neetel Inside 文芸新都
表紙

ツンデレばあちゃん
荒野豆腐

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ばあちゃんが死んだ。
大阪では珍しい雪の夜に、深々とそんな言葉が伝えられた。
既に遺体は焼かれ、この雪の下に埋められたという。
妹の泣きそうな声を聞いて、ああ本当の事なんだ、と実感が湧く。
妹は昔から気丈な性格だが、こういった場面に出くわすと、
どこかに心をさらけ出してしまうような、そんな性格だったからだ。

「直ぐ行くから、実家でええの?」
「うん、はようきてな、兄ちゃん」

僕は電話を切ると、ゆっくりと深呼吸をした後、八時過ぎの時計を見た。
意外に僕も冷静かな、と人事の様に思った。
しかし数珠やスーツなんかを探していると、段々と心が焦ってきて、
何に迫られる訳でも無いのに、酷く混乱してきて、心臓の鼓動が早くなっていく。
一通り用意を終えた僕は、玄関から外に出ようとしたが、そこで夕食の始末を忘れた事に気づく。
靴を粗暴に脱ぎ捨て、急いで食卓に戻ると、僕はゴミ箱の中に全部捨ててしまおうと乱暴に食器を傾けた。
しかしふと、白いご飯を捨てた後に持った青い惣菜の皿に目が止まる。
それはスーパーで昨日、安く売られていた甘くない高野豆腐だった。

     

青いキャップに、薄白く濁ったボディを持つお茶入れ。
ここに近所で買ってきた安いリンゴジュースを注ぎ入れ、
お風呂を上がった人から順に飲む、キャップがコップ代わりになるのだ。
お婆ちゃんの住んでいた近所には娯楽と呼べる様な施設も無く、
決まって大きな銭湯に妹と一緒に行く、というのが決まりだった。
もちろん、幼い僕にとって楽しみなのは、大きなお風呂に入る事よりも、
そのお風呂あがりに飲ませてもらえるリンゴジュースだった。

「おばあちゃん、ジュース飲ませてよう」
「あかんあかん、お風呂入ってからや」

仕方が無く僕はお風呂に入る、しかし年齢の差に比例しているのか、
老人と子供では、明らかに老人の方がお風呂の時間は長かった。
僕も子供ながらに水風呂に入ったり、タオルを空気で膨らませたりして時間を潰すのだが、
どうやったって熱い熱いお湯で顔は茹でた蛸の様に赤くなってしまい、
ついには逃げる様に脱衣所へ扇風機を浴びに行くのである。
そしてそれからさらに数分は待たなければならないのだ。

しかし今思えば、その待たされてから飲むジュースは、素晴らしく美味しかった。
大人になってからは、それは仕事帰りのビールに取って代わったのだが、
あの時のリンゴジュースは今のそれよりも数倍、美味しかった様に思える。

だが今、リンゴジュースをお札で買っても、あの頃の美味しさは戻ってこないだろう。
そう考えると、この高野豆腐だって、どんなにあの味に似せても、似ないのかもしれない。

     

泊まる時には、当たり前だが夕食を食べる。
だがその夕食は決まって歯が痛くなるほど甘かった。
もう薄くなってしまった記憶の中に、父親がそれを食べて「甘い甘い」と言っていた記憶がある。
逆に父親の実家に行くと、その家にはソースや醤油をドブドブとかける習慣があって、
母親はいつもそれを見て「なんか田舎っぽくて好きじゃないわ」と嘆いていた。
しかし僕にとっては、甘い料理も、過剰な調味料の料理も美味しいなあと思えて食べれていた。
と言うよりも、なんでも食べれる子だった様に思える。

お婆ちゃんの甘い料理、その中でも特に甘かったのは高野豆腐だった。
母親と昔の事を話していると、甘い料理の事は必ず出てくるのだが、
その中でもやはり高野豆腐は抜群に甘かった、と語り草になっている。
ダシ汁の中に恐らく砂糖も入っていたに違いない甘さなのだ。
しかし子供の頃の僕は、それも美味しく食べていたのである。

「雄司は偉いねえ、なんでも食べれて」
「だって美味しいもん」
「じゃあもっと一杯食べや」

もしかしたら、褒められて嬉しかったからなのかもしれない。
けど、本当にあの頃は美味しかった様な気がする。どっちなんだろうか。
とにかく、その後はファミコンのテトリスを妹と交互にやったりして、
銀紙に包まれた棒のバニラアイスをこれまた美味しく食べ、歯を磨き、
普段とは違う天井や空気に興奮しながら、夜の寝床に入っていく………。

     

僕は見つけて一瞬、躊躇して数秒ほど、食器を持つ手を止めていた。
だがそのまま手首を捻り、角度を傾けていく。
高野豆腐は鈍い音を立てながら、生ゴミの上へと落ちていった。

食器を軽く洗って、車の鍵がポケットの中に入っているのを確認すると、
滑らない様に気をつけながらマンションの非常階段を降りていった。

       

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