Neetel Inside 文芸新都
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 リンの説教は三十分近く続き、終わった後はボーカロイド達は仲良く砂遊びを始めた。
 俺は周りに人気がない事を確認して、近くにあった自販機へと向かう。
 ボーカロイドは寒さなんて感じないのかもしれないが、普通の人間である俺には冬の海は寒すぎたのだ。
 俺は自販機で温かいコーヒーを4本買い、ボーカロイドの元へと帰る。
 ミクとリンはまだ砂遊びをしている事を上から確認し、砂浜へと降りるための傾斜を慎重に降り、近くにあった岩場に腰を落ち着けようと、そちらへ目を向けると、そこにはすでにレンが座っていた。
 俺はその場所へ近づいていきレンの横に腰を下ろしながら声を掛ける。
「レンはもう遊ばないのか?」
 レンは微笑みながら答える。
「うん。ちょっと休憩」
「そっか。コーヒー買ってきたぞ」
 俺はそう言って、レンにコーヒ-を手渡す。
 レンは俺に礼を言って、両手で缶を持ちながらゆっくり口を付けている。
 リンやミクのような子供っぽさを見せた事のないレンだったが、こうしてちびちびとコーヒーを口に運ぶ姿を見ると、レンが子供だという事を、俺は改めて認識した。
 俺が声を掛ける事をせず、ただ様子を見守っていると、レンが口を開いた。
「ミクとは仲直りできたんだね」
「あぁ。お陰さまでな」
 俺がそう答えると、レンは続けて俺に質問する。
「なんでそんなにミクの事を大切にしてくれるの?」
 この質問は難しい質問だ。始めは責任の為だったが、今は違う。でもそれがなんの為かは自分でもよく分かっていない。
 俺は正直に答える。
「なんでだろうな。正直俺にもよくわからん」
 俺がそう答えると、レンは問題がある質問を俺に投げかけた。
「ミクの事好きなの?」
 俺はレンの突然の問い掛けに、口に含んでいたコーヒーを噴出してしまった。
「んなわけねーだろ」
 動揺しながらも必死にそれだけ言い返し、俺は気持ちを落ち着かせてゆっくりと答えてやる。
「そんなんじゃないって。本当に」
 俺がそう答えると、レンは、
「ならなんで?」
としつこく尋ねてくる。
「恋愛感情なんかじゃないってのは本当だし、友達だからとかそんなのでもないんだよな。なんていうのかな……。よくわかんねえよ」
 本当によくわからない。正直に言えば初めはミクが異性である事を意識はしたが、今ではそんなのはどうでもいいと思っている。例えば今、いきなりミクが男に変わったとしても、俺はミクに対する対応が変わる事なんて絶対にない。具現化したそのときにミクが男だったとすれば、もしかしたら関係は変わっていたかもしれないが、今ミクに対して性別で意識をしているなんて事は絶対にないのだ。
 レンはどうやら俺の答えを信用してくれたようで、「そっか」とだけ言ってそれ以上俺を問い詰めようとはしなかった。
 俺はこれ以上この話題を出されるのを避ける為にも、レンに違う話題を振る。
「昨日カイトが言ってた最後のはどんな能力なんだ?」
 俺がそう問い掛けるとレンはこちらへ振り向き、片手に丁度収まる程度の石を手に持った。
「えーとね、これ持って」
 そう言ってレンは俺に石を渡す。
 俺はなんの意味があるのかはわからないが、素直に石を受け取った。
「これがその能力」
 レンはそう言って、歌を歌い始める。
 すると突然、俺が手に持っている石が重みを増し始めた。
 石はどんどん重さを増していき、両手で持たなければ支えられないほどに重くなっている。
「なんだよっ。これ」
 俺が必死で石を持ちながら声を漏らすと、それを聞いたレンは歌うのを止めた。
 レンが歌うのを止めてしばらくすると、石はどんどん軽くなっていく。
「これが能力か…………」
 俺が驚きで若干混乱しながら呟くと、レンは俺に笑いかけながら答えた。
「そう。空中浮遊、瞬間移動、質量操作。この三つが僕達が出来る範囲で歌を必要とする特殊な能力だね」
 俺はこの答えにすこし疑問に思った。
「歌を必要とするって事は、歌を使わない特殊な能力もあるってことか?」
 俺がそう問うと、レンは微笑みながら説明を始める。
「あると言えばあるね。歌を歌う理由は一時的に僕達の具現化ソースに近いもの、すなわち未知の力を利用するプログラムを一時的に対象へ打ち込むためなんだ。だから自分達に対して行使する力には歌は必要ないってこと。質量操作に関しては具現化にも使っているんだけど、これも自分に対しての使用だからね。歌は必要ないんだ」
 俺はまたしても疑問に感じる。
「空中浮遊とか瞬間移動に外部の物なんて使ってるか?」
「んー。あんまり詳しく説明しても理解して貰えないと思うけど、空中浮遊では周りの大気。瞬間移動ではネットワークの回線だね。原理に関しては僕もいまいちわからないんだ。お父さんも良く分かってないだろうし」
 確かに俺が詳しく説明を受けたとしても、理解できるような話ではないだろう。これだけ説明して貰えれば十分だ。
 レンが言った「僕達が出来る範囲で」という言葉は少し引っかかったが、大体意味はわかる。
 もしかすれば、レンはそれも尋ねて欲しかったのかもしれないが、今は問い掛ける事を止めておいた。
 俺にはそれ以上に気になることがあったからだ。
 レンは今の今まで笑顔で話しを続けていた。真面目な話をしている最中だって一切笑顔を崩すことはなかった。なぜだかわからないが、俺はその笑顔が不自然に感じた。いや、きっと今朝の事が俺の頭に残っていたんだろう。
 聞くなと言っているように感じた笑顔。俺にはレンがその笑顔を今まで引きずっているように見えていた。
「レン」
 俺が声を掛けると、レンは笑顔のままでこちらに顔を向ける。
「なんかあるなら無理せず話せよ」
 俺がそう言うと、レンは笑顔のまま、
「なんにもないよ」
とだけ答えた。
「お前がそう言うなら、無理には聞かない。でも、俺に頼れることなんだったら遠慮なく話してくれよ。お前がまた何かを隠してるのは分かってるからな」
 俺が真剣にレンに言葉を掛けると、レンは笑顔を崩さずに俺に言葉を返した。
「貴方には敵わないな」
 レンの声は表情とは裏腹に、どこか悲しげな声だった。
「なら話せ」
 俺が静かにそう言うとレンは、
「なら話そうかな」
と言って、すこし間をおき、俺に胸の内を語りだした。
「僕の使命はメイコの修復だ」
「そうだな」
 俺はただそれを肯定するだけしかしない。レンは続ける。
「リンやミクやカイトだって自分達の使命であり、目的だとしっかり認識している」
「そうだろうな」
 レンの声からは徐々に元気がなくなっていっている。
 すでにレンに笑顔はなく、自分に言い聞かせているように俺に話す。
「そして僕達が一番避けなくてはいけない事は、具現化ソースを奪われること」
 ここで俺は返事をすることが出来なかった。レンは俺の返事を待っているのか、続けて話そうとはしない。
「あぁ…………」
 俺がそれだけ答えると、レンは口を開く。
「でもね……」
 そう言ってレンは沈黙する。今から言うことがレンの感情なんだろう。
 俺は言葉を掛ける事無くただ黙ってレンが話し始めるのを待つ。
 少しの沈黙の後、レンは決心を付けたのか、震えた声で俺に話した。
「僕は少し安心してしまっているんだ」
 レンの震えた声でこの言葉がレンの心の引っかかりである事ははっきりと分かった。
 しかし俺には「安心」の意味がわからなかった。
「どういうことだよ」
 俺がそう言ってレンに問い掛けると、レンは続けて話をする。
「僕とリンは具現化ソースを奪われてしまった」
「あぁそうだな」
 余計な事を言ってしまわないように俺はただ肯定することしかしない。
「つまり僕たちは自分達を破壊する必要はなくなったって事なんだ」
 レンは両手を顔の前で組み、自分の顔を隠すようにしている。
 大体何に安心していて、何に悩んでいたのかが分かった気がする。レンも俺が気付きかけている事に気付いたのか、そのまま続けて俺に胸の内を説明する。
「要するに僕は、僕とリンが死ぬ必要がなくなった事に安心してしまっている……。そんな自分が少しだけ情けなくてさ」
 レンの表情は明らかに不安に満ちている。少しだけと表現していたが、自己嫌悪に陥っているように感じられるほどだ。
「それの何が悪いんだよ」
 俺は純粋にそう思った。そう思って尋ねたつもりだ。しかしレンはそうは思っていない。
「いい事ではないよ。僕のこの考えは使命に反しているといっても過言ではないよ」
「そんな事ねえよ」
 俺がそう言って否定してもレンは強い意思で俺の言葉を否定する。
「僕はお父さんを裏切っているんだ」
 レンのこの言葉はさっきまでの声より、少しだけ強く言い切っているように感じた。
 俺は否定することが出来ず、レンの様子にうろたえながらも静かに問い掛ける。
「なんだよ、お父さんを裏切るって」
「このまま僕達が負けてしまえば、お父さんは世界を陥れた悪となってしまう。そうでしょ?」
 レンはまたしても自分に言い聞かせているように俺に尋ね返す。その問いには俺に「そうはならない」と答えて欲しそうに感じた。しかし俺は嘘を付くことは選ばなかった。たしかにこいつらが負ければ、こいつらを作った張本人である、こいつらの父親は、レンの言う通り世の中から悪とされるだろうからだ。
 それよりも俺はその「父親」に対して憤りを感じていた。
「そうかも知れないが、そんなのどうだっていいだろう。だいたいお父さんってなんだよ。協力もしないで、ただどっかに隠れているだけだろ? そんなに忠義を尽くす程かよ」
 俺がほんの少しだけ感情的になり、その言葉をレンにぶつけると、レンは、
「あんまり悪く言わないで欲しいかな」
と静かに答えうつむき黙ってしまった。
 レンに取って父親はすべてなんだろう。そうじゃなければこうやって落ち込んだりはしないだろうからな。
「ごめん。ちょっと熱くなっちまった」
 俺が自分の愚かさを素直に謝ると、レンは笑顔を見せて首を横に振る。
「『お父さん』の居場所は分からないのか?」
 レンは俺に少し悲しげに微笑みかけながら答える。
「分からないんだ。カイト兄さんもお父さんの家以外の場所で具現化して、具現化したときにはすでにお父さんはいなかったらしいから」
「そうか」
 俺はそれ以上はなにも話題を振る事はしなかった。
 レンはただじっと、遊んでいるミクとリンを見ている。俺もレンと同じようにミク達の方へと視線を向ける。
 レンはたぶん自分の身の安全に安心しているわけじゃなく、リンが無事に生きることが出来るようになった事に安心しているんだと思う。それは俺にとっては、例え父親を裏切っていることになろうとも、全人類を敵に回す考えだったとしても、悪い事には感じられない。
 それでもレンの中の使命感と、父親に対する従順さにより、レンは自分を責めているんだろう。
 俺にとって何をしてやれるかなんてわからない。やっぱり俺は口下手で、口を開くだけでレンをさらに傷つける事になる。
 だけど、俺はずっと口を閉ざすことはせず、レンに言葉を掛ける。
「俺は、戦いなんて意味がないだとか、そんなかっこつけた事は言えないし言わない。お前達は戦うべきだと思ってるぐらいさ」
 俺はレンに目をやり、レンが俺の話を聞いている事を確認する。
「けどな、俺はお前達が負けて、世界がボーカロイドに征服されようが、自分が死ぬ事になろうが、絶対にお前達や、お前のお父さんを恨んだりなんかしない。それだけは覚えといてくれ」
 レンは俺のこの言葉に驚いた表情をしていたが、やがて笑顔を俺に見せながら、
「貴方に話してよかったよ」
と少しだけ震えた声で答えた。
 俺はレンの方を見るのを止め、ミクとリンの方に顔を向けながら、本心からのもう一言を付け加える。
「生きててよかったな」
 俺がそのままレンの方を見る事無く、黙ってミク達を眺めていると、レンは小さな声で俺に答えた。
「……ありがとう。本当に…………ありがとう」
 レンのその声は少しだけなんかじゃなく、思い切り震えていた。
 俺はしばらくレンの方は見ないでおいてやった。レンも男の子だからな。自分のそんな姿を見られたくはないだろう。
 
 しばらくそのままの状態で座っていると、ミクとリンがこちらへと帰ってきた。
「ほら、元気出せ。ミクとリンに馬鹿にされるぞ」
 俺がそう言って、レンを元気付けると、レンは、
「うん。もう大丈夫」
と言って立ち上がり、俺に最高の笑顔を見せた。
 そのままレンはミク達の方へと歩いて行ったので、俺もその後を追うようにミク達の方へと向かった。
 ミクとリンは砂まみれになっており、俺が砂をはらえと注意をすると、ふたりでキャッキャと騒ぎながら砂を落とし合っていた。
「ほらコーヒーだ」
 俺はそう言って二人にコーヒーを手渡す。
 ボーカロイド達三人が、笑いながら休憩をしている光景を見て、俺はここにこいつらを連れてきて本当に良かったと思った。
 三人は本当に仲が良く、お互いを好いていることがよく分かる。
「どうだった? 楽しかったか?」
 俺が笑顔でそう問うと、三人とも満点の笑みで大きく頷いた。
「じゃあ帰るか」
 俺がそう言うと、三人は笑顔のまま頷き、俺を置いてけぼりにして車へと走って行った。

第9話完

       

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Neetsha