Neetel Inside 文芸新都
表紙

同居人ボーカロイド
第7話「ミクのキモチ」前編

見開き   最大化      

第7話『ミクのキモチ』前編


『うん、カイト兄さんがここへ来る』
 ん? なんだ?
 リンの声に聞こえるが。なんかすごく小声だな。
『ごめんね、あんまり話はできなかったの』
 なんだろう……。夢かな?
 まあどうでもいいや。今は寝よう……。


 ……今、俺は眠っているはずだ。目の前は真っ暗でこうして考えている意識は、俺の頭の中の物凄く遠くの方にある。
 たしか昨日リンとレンが具現化して、色々バタバタしたせいもあり疲れているんだ。夜中にもリンが話している夢を見たぐらいだ。色々と非現実的な話を聞いたせいもあるだろう。
 今日はずっと眠っていたいって願いを神様が叶えてくれたのか、ミクはまだ俺を起こしに来ていない。
 無理やり起こされたりなんてしない堕落した朝がこんなにも幸せな事をすっかり忘れていたよ。
 しかしなんだか今日は眠り辛い。
 なんだか狭苦しい気がして、非常に眠り辛いな。
 頭が寝ぼけているだけだと思うんだが……。
 試しに寝返りをうってみると、掛け布団が何かに引っかかっているような妙な感じだ。布団の上にネコが寝ている時のようだ。なんか実家で飼ってたタマを思いだすな……。
 なんて感傷に浸っているつもりは俺にはさらさらない。
 この俺の安眠を妨げるなにかしらの物体が、今俺が寝返りをうった方とは反対側にあるんだ。
 俺はその安眠妨害をする邪悪な物体を、目を瞑ったまま手探りで調べる。
 これはなんだろう? なんか布のような物があるが、ぺたぺたと触って調べても微動だにしない。
 なんなんだこれは。邪魔すぎるぞ。
 俺がそう思い、どかそうと力を入れて押してみるが、正体不明の物体はなかなかの重量だ。思い切り押せば動かせるだろうが、半分眠っている俺にはそんな気力はまったくなかった。
「……なんだよー、これ。すげぇ重いなー」
 俺が若干イラつき気味に愚痴をこぼすと同時に、正体不明の物体は突然動いた。
 なんだよ。自分で動けるのかよ。
「…………って、え」
 動いた……?
 俺は急いで飛び起き、目を開く。
「ミ、ミク……。ななっななな、なにしてんだよ!」
 俺の目に飛び込んできたのは、掛け布団を握り締め敷布団の上に鎮座しているミクだった。
 表情に付いては、言うまでもなくぶち切れモード全開だ。
「ご、ごめん! なんかごめん!」
 俺はよく分からないが必死で謝ってみた。
 しかしミクは慈悲の欠片も無く俺を両手で思い切り突き飛ばしやがった。
 俺の体は勢いよく吹っ飛び、パソコンデスクに思い切りぶつかった。
「いたた……」
 なんて理不尽なんだ……。俺はミクが自分の布団で寝ているなんて全く知らなかったのに。
「なんで、俺の布団で寝てるんだよ……」
 俺はそう言いながら辺りを見回すと、ミクが寝ていたはずのベットにリンとレンが眠っていた。
 リンとレンにベットを渡したから、俺の布団で寝てたってことか……。
 ますます理不尽だ。そんなこと一切知らない俺に暴力を振るうなんて。
 ミクはまだ少しパニックになっているようで、俺に向かって何かを必死で叫んでいる。何を言っているのかは全く分からないのはいつものことだ。
「いやらしい考えなんてなかったって」
 俺がそう言うとミクは叫ぶのを止めてはくれた。しかしながら俺への目つきはまだまだ怒りの要素が満天だ。
「なにに怒ってんだよ……。もしかして重いって言った事か?」
 どうやらこの答えは正解だったらしく、ミクは俺を睨みながら非常にゆっくり、命一杯時間を掛けて頷いた。
 仕方ないだろう。ミクだなんて思ってもいなかったんだから。
 俺はミクの怒りを収めるためにも、弁明をしておく。
「ごめんって。抱き枕だとか、なんかそんな物だと思ってたんだよ。抱き枕と思えば異常に重かったけど、人として考えればかなり軽かったぞ」
 正直言って若干のお世辞が入っているが、ミクは顔を真っ赤にして目を泳がせている。
 照れてるのか? よく分からないが、怒ってはいないようで良かったよ。
 そうこうしていると、リンとレンが目を覚ました。
「なんかすっごくうるさいんだけど……」
 リンは上半身を起こして目をこすりながら、ぶつぶつ言っている。
 レンは俺とミクに「おはよう」と笑顔で挨拶してくれている。
「なんかあったの?」
 リンが俺の方を見て、尋ねてきた。
 俺が説明をしようと、
「いや、ミクが俺の布団で寝ててさ。気付いたミクが俺を――」
まで口に出した瞬間に、俺の顔面に枕が飛んできた。
 枕がやわらかかったお陰で、別に痛くは無かったんだが、急に枕を投げられた意味がわからない。
「なんだよ。いきなり」
 なんなのかさっぱり理解できない俺がミクに尋ねると、ミクは俺に微笑み掛けながら小さくゆっくりと首を横へ振った。
 なるほどね。俺に暴力を振るった事がリンにばれるとややこしいという事か。
 別に俺はそんな事をリンに告げ口するつもりはなかったんだが、リンはどうやら保護者としての才能があるらしく、ミクの隠蔽工作に気が付いたようだった。
「なんか隠してるでしょ?」
 リンは不敵な笑みをこぼしながら俺とミクを交互に見ている。
「な、なんにもないって」
 俺がそう言って言い訳し、ミクはリンに笑い掛けて首を横に振り必死で否定しているが、自分で言うのもなんだが、どっちもバレバレだろう。
 俺なんてどもってしまったし、ミクに至っては笑っている顔が若干引きつっている。
 俺の予想通りリンにはバレバレだったようで、俺はリンの「私に隠し事なんてしていいの?」という恐ろしい言葉に屈して、正直に全部話してしまった。
 リンに名指しで呼ばれたミクは、俺に対して親の敵を見るような視線を送り、ゆっくりとリンの方へと振り向いていった。
 すまないな。ミクよ。
 時計を見ると時間はすでに昼頃だった。
 俺はリンの説教に巻き込まれるのを避ける為にも、昼食を作る為にキッチンへ向かった。


「レン達も食べるだろ?」
 俺がキッチンからレンに問い掛けると、レンは、
「僕も手伝うよ」
といってキッチンに来てくれた。やっぱりレンが一番いい子だな。
 居間では、リンがミクに対して「人間を殴ったらダメでしょ!」とか「私達が思いっきり殴れば人間の頭なんて簡単に吹っ飛ぶのよ!」なんていう物騒な説教をしており、ミクは塩を掛けられたナメクジのように、うつむき背中を丸めて小さくなっていってる。
「レンも大変だな」
 俺がそう言ってレンに笑い掛けると、レンは苦笑いになって、
「そうだね」
とだけ俺に返した。
 俺は食パンを切り、レンには卵を掻き混ぜて貰っている。
 ミクはいままで俺の手伝いなんてした事はないのに……。同じボーカロイドとは思えないな。
 俺は手際よく作業をしながら、レンに問い掛ける。
「なんでここに帰ってきたんだ?」
 俺がそう問うと、レンは卵を熱心に掻き混ぜながら答えてくれた。
「えーとね、カイト兄さんには会ったんだけど、まだメイコを見つけてないからここで待機しとけって言われたんだ」
 そういうことか。それならいきなりここに帰ってきたのにも納得できる。
「ってことは夜中の夢だと思ってた声は夢じゃなかったのか」
 俺がポツリと呟くとレンは俺の方を向き、今度はレンが尋ねてきた。
「あ、あの時起きてたんだ。なにを話してるときに聞いてたの?」
 レンは興味深そうに微笑みながら問い掛けている。
「あんまりよく覚えてないけど、カイトがここに来るとか、話を全然しなかった、とかかな」
「そうそう。カイト兄さんがここに来る事になってるんだ」
 なんだか忙しいな。リンやレンだけじゃなくカイトまで来れば、この家にはボーカロイド大集合だ。
 ここで俺はふと疑問に思った。
「ん? ここの住所とかわかるのか?」
 俺が尋ねてみると、レンは俺を茶化すような感じで返答した。
「大丈夫。ボーカロイドを侮っちゃいけないよ」
 レンはそう言いながら卵を掻き混ぜ終わったボウルを俺に渡す。
「なんだよそれ」
 俺は笑いながらそう言って、あらかじめ温めておいたフライパンに溶き卵を流し込んだ。


 完成した卵とハムしか入っていないサンドイッチを居間に持って行くと、すでにリンの説教は終わっていた。
 ミクはコタツ机の指定席に座り、不機嫌そうな顔をして明後日の方向を向いている。
「そう拗ねんなよミク。ほんとは告げ口する気なんて無かったんだから」
 そう言って俺はミクをなだめようとしたのだが、ミクは余計に顔を逸らす。
 まあそこまで怒っているって訳でもないようだ。
「んじゃあ食べようか」
 俺が三人にそう言うと、リンとレンは元気よく「いただきます」と言って、サンドイッチを食べ始めた。
 ミクもそのままの格好で、俺から顔を逸らしながら手を伸ばして食べているところを見ると、やっぱりそんなに怒ってはいないようだ。
「こらぁ! ミク! 卵こぼしてるじゃない!」
 俺の部屋に再びリンの叫びが木霊する。余所見なんてしながら食べるからだ。
 ミクはビクリとして若干硬直した後に、俺のことを悲しそうな瞳で見つめている。
 きっと俺の優しさを理解したんだろう。仕方がない。フォローしてやろう。
「まあまあ。そんな怒んないでやってくれよ。別に床が汚れたって問題はないからさ。楽しく食べよう――」
 そう言った途端に、自分の心臓を握り締められたような気分になった。
 楽しく食べよう……。なぜかわからないが自分でそう言った瞬間に、俺は少しだけミクの隠し事の件を思い出してしまった。
 こいつらの目的は戦いで、こうやって楽しく食事をできる機会なんてあと少ししかない……。
「どうしたの…………?」
 リンの声で俺は自分が悩みこんでいたことに気が付いた。
 レンは冷静な表情で俺を眺め、ミクは不安に満ちた表情をしていた。
「ごめんごめん、なんでもないよ。さあ楽しく食事をしよう」
 俺が咄嗟にそう言うと、リンとレンは俺に微笑みかけて、
「そうね。楽しいに越した事はないわ」
「そうだね。ほら食べよう」
と俺に答え食事を再開した。
 しかしミクはサンドイッチに手を付けること無く、まだ俺の方を不安そうな表情で見つめている。
「なんでもないって。ミクも食べないと無くなるぞ?」
 俺がそう言ってミクに食べる事を促すと、ミクは微笑み頷いてサンドイッチを食べ始めた。
 ミクに心配かけないって決めたのに、なにやってるんだろう。俺は。
 俺がこれ以上悩まないようにと意識をしていると、レンが話題を振ってきた。
「ところで、ミクはいつから具現化してるんだい?」
 本当はミクに尋ねているんだろうが、ミクは具体的な返答をする事が出来ない為、俺が答える事となる。
「丁度、今で一週間ぐらいかな」
「へー。そんなに長くないのに随分打ち解けてるね」
 レンの言葉に俺は少し恥ずかしくなった。ミクも顔を真っ赤にしてるんじゃないかと思って、ミクの方を見て見たが、意外な事にミクはニコニコとした表情でうなずいていた。
「そ、そうかな。まだミクがなに考えてるか分からないときがよくあるぞ」
 俺は照れ隠しに、笑いながら答えた。なかなか和やかな雰囲気になったと思ったのだが、リンの空気の読めない発言により場の空気は一変した。
「そりゃ仕方ないって。ミクは馬鹿だもん」
 リンはなにも問題がないかのようにさらっと言った。
 しかし問題がない訳がない。ミクは唖然とした表情でリンを見て、レンは苦笑いになっている。
 どうしたもんか……。
 俺はこの場を和ませようと、
「もしかしてスペックが低いせいか?」
なんてことをふざけた様子で言ってみたが、どうやら逆効果だったようだ。
 ミクは手に持っていたサンドイッチを、発言からコンマ一秒もたたないうちに俺に投げつけた。
 あとはお約束と言えばいいのか、リンによるミク説教タイムが始まって楽しい食卓は台無しになった。
 まあ、台無しとは言ったが、これはこれでなかなか楽しかったんだがな。
 そのまま騒がしい昼食を終えて俺達は各自で時間を使い始める。
 ボーカロイド三人衆はテレビを見ているが、俺はやる事があるためテレビは見ていない。
 リンとレンにメインのパソコンを使ってしまったので、サブパソコンをパソコンデスクに移す作業をしていた。
 これがなかなか厄介で、サブパソコンの配線なんて考えてなかったせいで、コードがごちゃごちゃに絡まっていたのだ。
 そんなこんなの悪戦苦闘の末、納得のいく配置にサブパソコンを置いたときには、すでに日が沈みかけていた。何時間かけていたんだろう……。
 とりあえず試しに電源を入れてネットに繋がるかを確認すると、特に問題はないようだった。
 長時間の戦いが終わった事に、なかなかの達成感を感じながら、俺は三人に混じってテレビを見始めた。
 見始めたのはいいんだが、見ている番組はお年寄り向けの番組だ。俺にとって面白いはずがない。
 俺がミクに「これおもしろくないんだけど」という愚痴をこぼすと、ミクはすんなりと俺にリモコンを渡してくれた。
 どんどんチャンネルを回していくがあまり面白い番組はやっていないようだった。
 時間が時間だしな。なんて事を考えながらチャンネルを回していると、阿部高和が出ている番組を見つけた。
「あ、俺この人のファンなんだよ」
 俺がそう言ってチャンネル回しを止めると、三人はこちらを向き、あんまり興味がなさそうな反応をしてテレビを見直していた。
 少しだけその反応に傷つきはしたが、阿部高和の巧みなトークは、なかなかなんでか面白い訳で、ボーカロイド達も結局はケラケラ笑いながら見ていた。
 やがてトークも終盤になり、司会が口を開く。
『それでは、歌ってもらいましょう。阿部高和さんで、「やらないか」』
 司会がそう言うと同時に画面が歌の舞台に切り替わる。
 そうして伴奏が始まり、阿部高和が始めのフレーズを歌いだした瞬間だった。
 いきなりミクが俺からリモコンを奪い取り、テレビを消したのだ。
 ミクはリモコンを握り締めながら、膝を抱えて座っている。
 なんなんだ? 一体。リンもレンも若干驚いた表情でミクを見ている。
 またどうせ悪戯だろう。俺はそう思ってミクに尋ねる。
「どうしたんだよ、ミク。俺この歌好きなんだけど」
 俺が声を掛けてもミクはなにも反応しない。ほんとになんなんだろう?
「おーいミク。悪戯かー?」
 俺がそう言ってもう一度尋ねても、まだミクは反応しない。
 本当になんなのかさっぱりわからない。俺はあの歌を最後まで聞きたいんだがな。
 俺はミクが何を考えているのか調べる為にももう一度問い掛ける。
「まじでどうしたんだよ。なんか反応してくれよ」
 俺は心からそう頼んだんだが、これでもミクはなにも反応をしない。本当になんなんだ。
 全く持って意味がわからないぞ。いままで、こんな風に無視するなんて無かったのに。
「おいミク。無視かよ」
 俺が少し強めにそう言うと、リンが、
「やめてよー。ミクも止めなさいって」
などと少し茶化し気味に俺とミクに声を掛ける。
 ミクはリンの方に少しだけ顔を向け、一度だけ首を横へ振った。
 意味がわからないぞ。俺には無視をしてリンには反応する? そう考えると俺は少し苛立ってきた。
 なんなんだ。俺を困らせたいだけか? ワガママとこれは少し違うだろう。
 正直言えば、もう歌なんてどうでもいい。
 俺が真剣に問い掛けているのに完全に無視をするなんて、ワガママだとか悪戯なんていう可愛いもんじゃない。
 俺に対してこんな事をする意味があるのか? ないはずだ。
 俺に隠し事をしているし、ミクは俺なんてどうでも良いのか?
 何も反応しなければ俺だってどうすればいいかなんてわからないだろう。
 考えているうちにだんだん腹が立ってきた。
「おい。なんか反応しろよ」
 今度はさっきよりも強めに言った。
 しかしミクはこれにも反応しない。
「何とか言えよ! なにも反応しなきゃ、なんなのかわからねぇだろ!」
「そんないい方ないじゃない!」
 俺がつい怒りに任せてミクに怒鳴ってしまうと、リンがすぐに俺に怒鳴り返した。
 ミクは俺が怒鳴った事に驚いたのか、目を見開いてこちらを向いた。
「もういいよ。もういい。勝手に好きな番組見てりゃ良いよ」
 俺はそう言って、パソコンデスクに座り、パソコンの電源を入れた。
 なんだよくそ。俺がなにかしたのか? 確かに俺はミクの声を奪った張本人だ。
 しかしあそこまで馬鹿にされて怒らないほど人はできていない。
 無視する理由があるか? なんであろうが説明して貰わなきゃ分かるわけがない。
 ミクは俺に隠し事をするぐらいなんだ。俺の事なんて信用してないんだろう。どうせ俺はミクにとって都合のいい人間なんだ。
 ミクを大切だなんて考えてた自分が馬鹿みたいだ。
 くそっ……。
 俺はパソコンをいじっているが正直言ってまったく頭に入ってきていない。
 俺がすでに確認し終わっているブログなんかを上の空で眺めていると、リンが俺に話しかけてきた。
「ごめんね。ミクだって悪気はないと思うの……」
「どうでもいいよ」
 俺が不貞腐れた態度で答えると、リンが続けて話した。
「きっと、ミクは歌が歌えないってことに傷付いてるのよ。だから……」
 リンは悲しそうにそう言うが、だから俺にどうしろってんだ。
「だから歌番組を見たくなかったって?」
 俺がそう尋ねるとリンは、
「たぶん、そうだと思う」
と自信がなさそうに答えた。
「そんなこと知るかよ。初めから言ってくれりゃ俺だって気を使えるさ。でも言わなかったんだから分かるわけないだろ」
 俺がそう言ってリンの言葉を突っぱねると、リンは、
「そう……」
とだけ言い残して、ミクの元へと戻っていった。
 結局は俺のせいだと言いたいんだ。俺がミクの声を奪った事なんて、俺が痛いほどよく分かっている。
 だけど、なにも反応してくれなきゃ、ミクのキモチなんて俺に知る術はないんだ。
 そうだ……。ミクがなにを考えてるかなんて知る事はできないんだ。
 本当は怒るつもりなんてなかったし、自分でもあそこまで怒った理由がよくわからない。
 なんなんだろうな。本当に。
 ミクに気付かれないようにミクの事を見てみると、ミクは三角座りをして顔を膝に埋めている。
 これでよかったかも知れないな。このまま別れてしまえば俺はミクが戦うことに傷付く必要はないし、ミクがあんな風に傷付いたり俺を心配したりする必要もなくなる。
 ボーカロイド達に気を使わせる事が、ボーカロイド達にとって一番厄介かもしれないしな。
 これでいいんだ……。俺がそう決心しようとしたその時、いきなり設置したばかりのパソコンが光を放った。
 いや、パソコンが光ったわけではなく、パソコンの裏の壁にあるモジュラージャックから強力な光が漏れているんだ。
 すさまじい光に俺は戸惑い、三人のボーカロイドの方を向くと、リンとレンは冷静にしており、ミクも普通とは言えないが、光に対して動揺している様子は無かった。
 しばらくするとモジュラージャックからあふれた光が部屋の中央に集束し、人形のように形作られていった。
「なんなんだこれは……」
 俺が動揺して言葉を漏らすと同時に人型の光は、明るさをを失っていく。
 完全に光を失ったその場所には、俺の見覚えのある男が立っていた。
「カイト兄さん……」
 リンが静かに呟く。俺の記憶は間違っておらず、この男はやっぱりカイトだった。
 なんだこの現れ方は……。いまさっき具現化したって訳ではないようだが。
「お待たせ、リン、レン」
 カイトはそう言って微笑み、今度はミクに声を掛ける。
「やあ、ミク。僕のところに来なかったから心配してたよ。元気だったかい?」
 カイトがそう言うと、ミクは少し微笑みながら首を縦に振った。
 さっきまであんなに落ち込んでいたミクが微笑んでいた……。やっぱりミクにとってはボーカロイドが一番の仲間なんだろう。どうせ俺達は一週間ばかり一緒に生活をしていただけだ。
 カイトとミクの挨拶はそれだけで終わりだったようで、今度は俺の方を向いて口を開く。
「初めまして。私がカイトです。あなたがこの三人を具現化させて下さった方ですね?」
「ああ、そうだ」
 ぶっきらぼうに俺がそう答えると、カイトはにっこりと微笑んだ。
「ごゆっくり挨拶したいのは山々なのですが、今は時間がありません」
 カイトはそう言って、一瞬沈黙し、ミク達の方へと振り向く。

「……メイコが見つかった。今から戦いに向かおう」

 その言葉に全員の顔が真剣な表情に変化した。
 戦いが始まるのか……。今ならば、今ならばミクは、なにも気兼ねなく戦いに向かう事が出来るだろう。やっぱりこれで良かったんだ。
 行ってこい、ミク。
 俺が心の中で呟いたすぐ後に、カイトが言葉を発した。
「飛ぶ場所を今から言うから記憶して」
 カイトはそう言った後に、なにか歌のようなものを歌った。
 歌と言っても極短いものだったが、歌を歌い終わった事を確認した俺はカイトに問い掛けた。
「なんなんだ? さっきのは」
「プログラムですよ。三人に移動先を伝えただけです」
 よくはわからないが、それは必要な事なんだろう。俺が理解できなくたって構わないさ。
「さあ行こう」
 カイトがそう言って三人を促すと、リンが急に口を開いた。
「カイト兄さん……」
「なんだ、リン」
 カイトが問い返すと、リンは静かに答えた。

「ミクは、行けないの」
 
 …………ミクは行けない? どういうことだ?
 理解ができない俺の頭に様々な考えが流れ込んできた。
 周りの時間が、一瞬だけ完全に停止した気がした。

       

表紙
Tweet

Neetsha