「おい! ミクが行けないってどういうことだよ!」
俺がカイトに問い掛けるとカイトも分かっていないような表情をし、
「私だって今聞いたばかりです」
と冷静に答えた。そりゃあそうだな。俺が叫んでまでカイトに問い掛けてしまった事を謝罪すると、
カイトは「気にしないで下さい」と俺に答え、続けてリンに尋ねていた。
「リン、なぜミクが行けないのかを説明してくれないかな?」
尋ね掛けられたリンはうつむき、口ごもっている。
「リン、説明してくれ」
俺がそう言って促すと、リンは俺を一瞥した後、うつむきゆっくりと口を開いた。
「ミクは……。声が出ないから……」
おい。おい……。どういうことだよ。
俺はリンの言葉を受け入れられず、ただ呆然としているだけだったが、カイトは冷静にリンに尋ねた。
「そうか……。ミクはスペック不足のパソコンにインストールされてしまったのか?」
リンは悲しげな表情のまま、力無く答える。
「……うん。そうなの」
どういう事なのか理解ができない。
俺は思考が自分のコントロール下に戻った事を感じて、すぐに問う。
「なぜ、なぜ声が出なかったら戦う事ができないんだ?」
俺の言葉にカイトは少し驚いた表情をしている。
「リン、レン、ミク。この人に話していないのか?」
リンはゆっくりと頷く。
「なぜ隠したんだ。この人には聞く権利があるんだ。隠すことはこの人の為には絶対にならない」
カイトは哀れみの表情で三人を見ている。
「だったら教えてくれ。なんでミクは行けないんだ」
俺は興奮を通り越したせいか、妙に落ち着いていた。
カイトが頷き答えようと、
「もちろん。お教えします」
まで言った瞬間に、ミクがカイトに飛びつき必死で首を横に振り始めた。
「ミク! この人は聞いておくべきなんだ!」
カイトがそう叫んで引き離そうとしても、ミクはカイトに必死で抵抗している。
俺にこれ以上は説明するなということか……。これがミクの隠していたこと?
それはわからない。だが俺は聞いておきたい、そう思った。
「……ミク。いいんだ。俺は聞きたいから。離してやってくれ」
ミクは瞳に涙を溜めながら俺を見つめ、ゆっくりと首を横に振っている。
「いいんだ。ミク」
俺がそう言ってもミクはカイトから離れようとはしなかった。
ずっと俺を見つめているミクをカイトから離したのはレンだった。ミクは抵抗する事無くレンに身を任せている。
きっと俺がカイトからすべてを聞く事を受け入れたんだろう。
「カイト。説明してくれ」
俺がそう言ってカイトに説明を促すとカイトは真剣な表情で俺を見て問い掛けた。
「えぇ。では、私達が具現化しているのは何の力で具現化しているかはご存知ですか?」
説明を始めるかと思えば俺に問い掛けた。どういう意図があるかはわからないが俺は素直に答える。
「具現化ソースだと聞いている」
「そうですか。では、あなたは私達がこうして具現化しているのは具現化ソースというプログラムのみの力で本当に可能だと思っていますか?」
またしてもカイトは問い掛けてくる。
「一体この質問にどういう意味があるのかわからない」
こんな意味のわからないやり取りなんてしたくはない。
俺が正直にそう答えると、カイトは頭を下げた。
「ごめんなさい。この説明方法は不適切でした。さきほどの質問の答えから説明をします」
俺は「ああ」とだけ答えカイトに説明を頼む。
「私達は具現化ソースのみではなく、未知の力を利用して具現化しています」
「どういう意味だ」
俺は出来る限り冷静を保てるよう意識して問い掛けた。
カイトは真剣な表情を崩す事無く俺に答える。
「具現化ソースと言う物が非常に重要な事には変わりありません。しかし具現化ソースという物は細かく言うと、具現化をする為の物ではない、という事です。具現化ソースは先ほど言った未知の力を使用する為のプログラムなんですよ。非現実的な話ですが信じていただけますか?」
きっと二週間前の俺ならこれを信じるなんていう事は出来なかっただろう。
しかし今は違う。
「わかった。信じるさ。それで、それがミクが戦いに行けない事と何の関係があるんだ」
「私達は未知の力を利用する事により、特殊な能力を使用することができます。修復プログラムをメイコに打ち込む事もその特殊な能力です」
「だからなんなんだ」
俺がそう言って、説明を促すとカイトは一拍置いた後、説明を再開した。
「特殊な能力は、歌を歌うことにより使用することが出来るんです」
そんな…………。ということは……、
「修復プログラムは……歌で打ち込むってことか…………?」
落ち着こうと考えても、俺の心はそこまで強くはなかった。
冷静が自分の中から失われていく事が実感できている。
そんな事に気付いていないのか、カイトはあくまで冷静に俺の問いに答えた。
「その通りです」
なにがその通りだ……。
「だからって……。戦う事ぐらい出来るだろ!」
俺が興奮して怒鳴ると、カイトの表情が真剣な顔から、悲しげな顔に変化した。
「出来ないんですよ……」
「なんでだよ」
俺は威圧的に問い掛けてしまうが、カイトはそれに乗る事無く冷静に答える。
「では再び尋ねさせていただきます」
俺は言葉で返すことはせず、ゆっくりと頷く。
「貴方はミクが宙に浮いたところを見た事がありますか?」
「……ない」
カイトは続けて俺に尋ねる。
「では、貴方は私がここへ来た時のように、ミクが瞬間的に移動するところを見た事がありますか?」
「…………ない」
本当にそんなところは見た事が無かった。
「では、貴方はミクが物質の質量を――」
カイトがそこまで言ったと同時に、またしてもミクがカイトの説明を制止した。
ミクはカイトの胸倉を掴み、カイトの胸に顔を埋めながら首を横へ振っている。
ミクの隠し事が今はっきりわかったよ……。ミクはこの事を俺に知られたくなかったんだ。
あのときリン達が現れてすぐのやり取りに感じた違和感はこの事だったのか。
リンやレンも嘘を付いていた。俺にこの事を隠す為に……。
俺がこうやって傷つくことを心配していた。そうだろ、ミク。
「いいんだ。ミク。カイト続けてくれ」
カイトはミクの肩を両手で持ちゆっくりとミクを引き離す。
ミクがカイトの顔を見上げると、カイトはミクに対してゆっくりと首を横に振る。
ミクはそのままゆっくりと俺に顔を向けたが、ミクは涙を流していた。
俺はそのミクを見ても、なにも言葉を発することができなかった。
一瞬の沈黙。その状況を理解したのかカイトが再び口を開く。
「貴方を責めるつもりはないんです。それだけは分かって下さい」
俺はその言葉に、首を縦に振り答える。カイトは続けて、俺に問い掛ける。
「なぜミクが行けないかはもう理解していただけましたか?」
大体分かった気がするよ。
「その宙を浮いたりだとかも、歌が必要だからか」
「その通りです。我々は歌を歌えなかったら、ただの力の強い人型アンドロイドでしかないんです」
俺はそれを聞いても納得が出来なかった。
「でも。それでも、ミクの目的は戦うことなんだろ? だったら連れて行ってやれよ」
俺はカイトに訴えるが、カイトは否定する。
「だかろこそ、連れて行けないんですよ……」
俺は声を絞り出すように尋ねる。
「なんでだ」
「私達ボーカロイドは、メイコを修復する事を一番の目的としている。確かにそれは正解です。ですが、だからといって、メイコを修復する為なら自分や仲間の命がいらないなんて考え方はできないんですよ」
「だからどういう事だよ」
俺が尋ねるとカイトは、一呼吸置いた後に、俺に問い掛けた。
「私達は一度具現化を解くと、二度と戻れない事はご存知ですか?」
「はっきり聞いていたわけじゃないが、大体想像は付いてたよ。……それがどうしたんだ」
カイトは俺の方をじっと見つめ、続けて説明をする。
「私達が、もしも最重要としてメイコの修復のみしか考えないならば、ミクには今すぐ具現化を止めさせて、ディスクをいつでも破壊できる状態にしておきます。意味がおわかりですか?」
俺はなにも答えることができない。ミクの具現化を解く……。
考えて見れば確かにそうだ。ミクが修復プログラムを使えないならば、ここで具現化している理由がない。
俺の頭は真っ白になり、何も言葉を言うことができない。
カイトはそんな俺の様子をみて、もう一度口を開く。
「そんな事はしたくないんですよ。でも歌が歌えないミクは、戦いでは何の力にもなれない。それどころか自分でディスクを破壊することすらも出来ないんです。それならば今はここでジッとしていて欲しい。そういう事なんです」
「でも…………」
俺は情けない声で呟く。本当はもっと反論がしたかった。
でも俺の頭には、カイトに返せる言葉は沸いてこない。
ミクの方を見ると、ミクはまだ涙を流しながら俺を見ている。
くそ……。
俺がそうして悩み続けていると、レンが俺に声を掛けてきた。
「嘘を付いて、ごめんなさい。こんな事になるなら嘘なんて付かなければ良かった……。ただ分かって欲しい。もしも今ミクが無理をして戦いに来たとしても、メイコが宙に浮いただけで、ミクはなにも手が出せなくなるんだ」
そんな事は分かっている。だからこそ俺はなにも答えることが出来ない。
俺がうつむき、爆発しそうな感情を抑えていると、カイトが再び声を掛けてくる。
「私達はもう行きます。さっきした話で貴方を責めるつもりなんてない。むしろ感謝しています。これだけは信じて欲しい」
これにも俺はなにも答えることができない。
カイトが俺を責めていないなんてのは、口調ではっきり分かってる。
しかし俺は、なにも言葉を発することが出来なかった。
「…………じゃあね、ミク。……リン、レン、行こうか」
カイトがそう言うとリンはゆっくり頷きパソコンの方へと近づいてくる。
俺がなにも出来ずその様子を見ていると、レンが俺の横を通り過ぎる時にそっと声を掛けてきた。
「ミクを頼むよ」
「…………」
ミクを頼む……。そんな言葉が今の俺には苦しかった。
俺は何も答える事をせずただ黙っている。
ミク以外の三人は、そんな俺を心配そうな目で見つめながら、歌を歌って光に包まれていった。
そのまま光はモジュラージャックへと吸い込まれていき、三人の姿は俺の部屋からなくなった。
今この部屋にいるのは、俺とミクだけだ。
永遠に感じる沈黙が俺の部屋を包む。
俺はミクの事を見ることが出来ず、ただひたすらに床を見つめ続けている。
「ごめん……ミク」
なんでこんな事を言っているんだろう。
ミクが俺に謝られたいなんて思っているわけがない。
俺はミクの表情を見ることが怖くて、顔を上げることができない。
ミクがどんな反応をしているかなんて、今の俺には想像も付かない。
「ごめん。一人で考えたいから、出掛けてくる」
俺はそう言って、ミクの顔を見る事無く、なにかから逃げるように家を出た。
第7話完