Neetel Inside 文芸新都
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夏、過ぎ去ってから
第一話『現実は小説より奇なり』

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 笑いながら教室で馬鹿をやっている奴は、悩みなど無く何も考えずに日々を過ごしていると思っていた。俺だったらそんなことはせず、ちゃんと考えて行動するに決まっている。その状況をどのように有効活用するか、と。
 俺みたいな状況になってしまったら、しょうがねえ、もうどうしようもないさ。でも、佐藤ならいくらでも、もっと楽しく出来るはずじゃないか。
 しかしながらその偏見は、今を以って打ち崩されることとなる。



「――余命はもって一ヶ月。その間に急死する可能性もあり。……我侭言って、余生を遅らせてもらってるってわけさ」
 何を言っているんだ、佐藤の奴は。それを俺に言ってなんになるってんだ。
 突然のことと、普段聞きなれない言葉を聞いて、俺は混乱する。冷静になれと自分に言い聞かせながら、俺はやっとのことで喋りだす。
「それをどうして俺に言うんだよ」
 自分でもあまり意図していなかった、少し痛烈な言葉。それでも目の前の佐藤は別段嫌な顔をするわけでもなく、俺に語りかけてくる。
「どうもね、俺は弱かったみたいでさ。一人だけでもこのことを知って欲しかったんだ。……これも一つの我侭だな」
「一人でも……って、どうせなら俺なんかじゃなくあのメガネ、本堂にでも言えばよかったじゃんか。俺よりも真摯に受け止めてくれるぜ?」
 どうしようもない。余命一ヶ月だなんて面と向かって言われても、俺にはどうすることも出来ない。真摯にその言葉を受け止めてやることさえ出来ない。
 やるせなさにまたイライラしていると、佐藤は思い出したように再度口を開く。
「ん、あぁ。話は変わっちゃうんだけどさ、俺、お前には悪いことをしたと思ってんだよ」
「変わりすぎだ」
「すまんすまん。……親友だったってのに、俺は噂なんかでお前を判断してしまった。噂が真実だったとしても、それを受け入れてやるべきだったんじゃないか、ってな」
 何かが頭の中で切れた。
「余計なお世話だ。二度と俺に話しかけるな」
 俺はそういうと、答えを待たずに屋上から立ち去った。
 階段を降りながら、佐藤を呪う。
 やっぱりアイツは自分を中心に世界が回ってると思ってやがる。“受け入れてやるべきだった”だと? じゃあなにか、俺が佐藤に受け入れてもらえばよかったと思っているんだろ、とでも言いたいのか。くそ。
 あぁそうさ。どうせ俺は何も変えられない、何も変わらないただのNPCだ。この年で余命だの何だの言ってる奴には敵わないさ。
 憤慨しながら教室の扉を開けると、授業は既に始まっていた。そこから教師の嫌みを聞いたりと、散々なことになるのは容易に想像できた。


『現実は小説より奇なり』


 佐藤啓太の話を無碍にあしらった武田智和の反応は、至極真っ当と言えた。
 昨今の若者は狭く深い関係よりも、何も考えずに付き合えるドライな関係を求める傾向がある。然り、武田智和は例に漏れず佐藤啓太の話を疎ましく感じていた。
 二時限目となり、遅れてやってきた佐藤啓太に、一瞥もくれてやらない武田智和。よくある感動小説では、ここから二人は打ち解け、最後の夏となる今を懸命に生きるという描写が書かれるのだろう。
 現実はそう感動できる方に物事は進まない。佐藤啓太が今になって深い関係を求めたのに対して、武田智和はそれを拒否した。ものを考えない人間などいない。
 そこにあるのはお互い、現実と理想の違いによる葛藤だった。



 今日は教室の雰囲気がいつもと違うな……あぁ、佐藤の奴か。ちっ、どうもアイツを見てると神経が逆撫でされると言うか、気分がよろしくない。
「おい佐藤、どうしたんだよ。昼飯買いに行こうぜ?」
「あぁ……」
 普段ならば面白おかしく会話している本堂に対しても、佐藤は気の抜けたような返事しかしない。
 そう、佐藤が暗い。いつもならばクラスを率先して明るくしてきたのに、今日は今までのことがリバウンドしたかのように暗い。暗すぎる。
 理由は多分、俺なんだろう。今朝の件、確かに自分でも大人気ない反応だと思った。認めよう。でも、認めたくないこともある。……人生に何の不満もなく一日を楽しいと思いながら過ごすことが出来る、そう思っていたのに奴は、佐藤は俺なんかが想像も及ばないような“悩み”を抱えていた。……それを認めたくない。
「本堂ー、佐藤の奴一体どうしたんだ? 悪いものでも食ったとか」
「……ふむ」
 俺が物思いに耽っていると、一瞬視線を感じる。佐藤の隣にいるメガ……本堂がこちらを見ているようだ。不穏な、非難を含めた視線を。
 待て待て、なんで俺が非難されなくちゃならないんだ。そもそも本堂は何があったか知っているのか? ……わからん。とりあえず、佐藤にならまだしも本堂に敵意を向けられるのはお門違いだろ、常識的に考えて。
 とりあえず居た堪れなくなった俺は、近くのコンビ二へ昼飯を買いに行こうとする。この学校に食堂や購買なんていう気の利いたものはないからな。
 と、後ろから肩を叩かれた。
「ちょっと、来て欲しいのだが」



 屋上。今朝に続いて、またもや俺はこんな場所に呼び出されてしまった。目の前にいる、本堂恵に。
「何の用だよ。俺はお前に用なんかないぞ」
「武田智和、貴様、今朝佐藤と何があった。正直に、嘘偽り無しに答えてもらいたい」
 フルネームで呼ばれたことよりも、その敵意を隠すつもりのない言葉に臆してしまう。
 ……どうする、話すのか? でもあの話は他人においそれと話せる内容じゃないはずだ。佐藤だってそれを望まないだろう。べ、別に佐藤が望む望まない関係無しに、話すつもりはないけどな。
「いやだ」
 迷わず即答した俺の言葉に反応し、本堂の顔がぴくりと痙攣する。相当怒っているらしいが、俺には関係ない。本堂にも関係ない。
 向こうが何を思って俺を呼び出したかは知らないけど、義はこちらにあると言っていいだろう。余命というのは医者でさえ口に出すことを躊躇うことだ。それを口に出さないのは当然だろう。
 ……二分、いや三分? 結構な時間が経ったと思う。昼休みだというのに尋常じゃない気配を感じ取ったのか、既に人影は俺と本堂以外に見当たらず、ただ双方黙っている。
 見れば空には一筋の飛行機雲が走っており、青空に映えるそれはまさしく夏だと実感させ――。
「はぶっ!?」
 ゴスッ、という鈍い音の後に続く鋭い痛み。空を見上げててわからなかったけど、なぁに、どうやら殴られたらしい。……ほっぺた痛い。
 いや、いてぇ! なんだコイツ、なにしやがんだよ! メガネとか何とかインテリなあだ名を持ってるくせに、やることは肉体派かよ!
「お前みたいに矮小な奴を見ると、どうしても手が先に出てしまうらしくてね。……話せ、今朝何があったのか。返答によっては、手癖の悪い俺のことだ、どうなるかはわかるはずだろう」
「な、なんなんだ、コイツ……」
 黒髪短髪、オマケにメガネ。加えてビシッと整えられている制服は、まさに委員長やメガネというあだ名が相応しい。そんな現代で「ズバリ」とか言い出しそうな目の前の男は、自分から手癖が悪いだのと抜かしやがった。
 ……く、狂ってる。現代の切れやすい子供は、こんな身近にまで迫っていたのか。
 話してしまうか? というか、話したって俺にゃ全然関係のない話じゃないか。このまま黙ってたらまた殴られるぞ。つーかまだ痛いよ。なんなんだよ、能ある鷹は爪を隠す? 猫かぶり? 猫かぶりっていうレベルじゃねーぞ。
「どうした、話さないのか」
 仕方がない、ここは窮地を逃れるためだ。そう言い聞かせろ。本当は嫌いなんだ。でもつくしかない。
「……佐藤に口止めされてる。だから言えない」
 もちろん、真っ赤な嘘だ。いや、あの手の話は人に言わないのは常識だろ。普通だろ。そうやって必死に自分へ言い聞かせながら、俺はゆっくりと本堂から後ずさる。
「嘘は止して欲しいな。佐藤が、お前なんかと秘密を共有するはずがないだろう。なにをふざけたことを言い出すのかと思ったら、そんなことか」
 いきなり見破られた。なんだコイツ。きめぇなんてもんじゃない。……しかし、俺の嘘を見破ったにもかかわらず、本堂の表情が暗い。
 え? 今にも泣き出しそう。強気な言葉を言ったのに泣き出しそう。
 ……待て待て、なんで俺が泣かれなくちゃならないんだ。俺は何もしてないぞ。そもそも本堂はなにがしたいんだ? あぁもう泣き始めたし。
「な、なんだよお前。何がしたいんだよ。というか、泣き止めよ……」
「うっ、くっ」
「いや、泣き止めって。なんなんだよお前。わけわかんねえよ」
「ひっく……お前に、う、お前に何がわかる!」
 お、俺が慰めてるのに、慰めてやってんのに、なんで俺が怒鳴られなくちゃいけないんだよ。逆切れしたいのはこっちのほうだ。
「わからんから、わからなくていいから、いい加減泣き止めよ……男に泣かれても嬉しくないぞ……」
「一ヶ月前、俺は一目惚れというものを体験した。見事に、一目見ただけで惚れてしまったのだ」
 泣き止んだと思ったらいきなり語り始めた。もうご飯買いに行きたい。だというのに、本堂は語るのをやめない。何かのスイッチが入ったようだ。
「ショートヘアー、野性味を感じさせるようで、実は精巧な顔。勉強は褒められたものじゃないが、運動の方は飛びぬけた……そう、俺なんかでは手が届かないくらいに飛び抜けた才能を持っていた」
 野性味を感じさせる、かぁ。ワイルドな感じの女の子って、どんなんだ? 
 話を聞く限りじゃ相当に惚れ込んでいるらしい。本堂の顔が自分の世界へ旅立っている――俺もよく経験がある――というのか、恍惚としている。
 気が付けば俺と本堂の間には既に敵対心のての字もなく、男二人座りながら恋の話、略してこいばなに花を咲かせている。……なんでこうなるんだ。どうでもいいからご飯買いに行かせて、と口に出すのも躊躇われるくらいに本堂は陶酔していた。自らが話す対象に。
「ふふっ。……だが、そんな彼が何を思ったのか今日、俺が嫌って止まない人間と二人っきりで屋上に行ったんだよ」
「え? あ、え?」
 ゆらり、と本堂が立ち上がる。その姿、幽鬼の如く。目は爛々と光り輝いていて、その獲物となる者はどうやら俺らしい。でも、そんな絶体絶命とも言える状況を捨て置いてでも、無視できない言葉があった。
「本堂、つかぬ事を聞くが、その、お前の惚れた相手というのは――」
「――佐藤に決まっているだろう!!」
 ガスッ、と再度殴られる。とても納得がいかないようで、理解はしたような。
 殴られる直前の俺は、変なものでも食ったような顔をしていたに違いない。





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