Neetel Inside 文芸新都
表紙

夏、過ぎ去ってから
第五話『来訪者』

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 七月三日、七月四日。……怒涛の二日間は気付けば終わりを迎えていた。各々の結末が新しい始まりとなり、今日も若者達は生きてゆく。
 武田智和……彼は少しずつ変わってきていた。事なかれ主義、悪く言えば自分から動くことのない性格。それに加えて妄想癖、自己中心的という致命的な人物像を持っていたのに対し、近頃は話しやすくなったとクラスの面々は言う。その原因は幼馴染である佐藤啓太によるものだ。
 佐藤啓太は相変わらず何時来るかもわからない死の瞬間に怯え続けていた。いつもと変わらない日常と平行して付きまとうそれに、恐怖を感じている。月初めの明るい彼とは打って変わり、日に日に暗くなってゆく様子を心配している者が一人、本堂恵。
 彼は佐藤啓太の事情を知らず、暗くなってゆく様子をただ見守ることしか出来なかった。……男性の無意識的な部分に存在するといわれている“アニマ”、女性的意識。境界期特有の不安定さ故か、本堂恵は自身でも自覚できる程、佐藤啓太に対し好意を持っている。
 彼ら三人、最初はぎこちないと言えたが、気付けば自然と集まるようになっていた。そして意外な事に、そこには三島早紀の姿も見られた。
 三島早紀、七月四日の騒動を巻き起こした張本人。武田智和に対しての告白を綺麗さっぱり断られた彼女は、これまた綺麗さっぱりとした態度で接してくるようになった。今では彼ら三人、それに紅一点を加えた四人で行動することが多い。……やっぱり彼女にはついて行けないよ、とは武田智和談。
 無秩序にはやがて秩序が訪れるように、安定もまた不安定になる。二元化された事柄は定期的なサイクルに則ることで、強固なものとする。ならばこの一見、雨降って地固まった状況も――。


『来訪者』


 七月十一日、午前七時三十分。相も変わらず朝だというのに容赦なく照り付ける太陽の日差しは、朝だというのに衰える気配を見せず。……なるほど、確かに今は夏なんだろうと確信させる。
 学校へ向かう道、いわゆる通学路。少し早めのこの時間では道を歩く学生の数もまちまちで、暑すぎる日差しを除けば十分に早い時間だと思わせた。
「――遅い、遅すぎるぞ武田智和」
「うるせぇ。手前と一緒にすんじゃねぇよ」
 T字路の角に設置してある確認鏡、その下に本堂が待っていた。ここ数日の日常となっている光景だけに、別段驚きはしない。
「精進が足らんな。早起きは三文の徳と言うだろう、俺を見習い、更に起床時間を早めてだな……」
 これは最近知ったことなのだが、本道の家は寺らしい。その名も本堂寺。……これには俺も驚いた。確かに少し硬いというか、厳格な雰囲気が漂うというか、どことなく清楚な感じがするというか……真相はこれだ。ピッタリと言えばピッタリ、そこまでの話なんだが、いやはや、さすがに毎日四時半に起きている奴に遅いと言われれば、俺じゃなくとも理不尽さは感じるはずである。
 お前からの罵倒はもう飽き飽きだといった風に、俺は返答する。
「頼むからお前の起きる時間が普通だなんて言うなよ。大抵の学生は遅刻とのデッドヒートを楽しみながら登校するんだからな。俺はたまたま中途半端な時間に登校しているだけなの」
 どちらともなく歩き始めた俺達は、学校へ向かう。
 半端な時間に登校ってのは俺が自分で決めたことなんだけどな。人が多すぎるのは苦手なんだ。
「物は言い様、とは良く言う。自分で中途半端だと感じているのならば、改善すればいいではないか」
「本堂、お前じゃなくとも俺を見ればわかるはずだ。俺は典型的な駄目人間なんだ。駄目人間ってのはな、改善なんてしないんだよ。わかるか? だからこその駄目人間なんだ」
「……真面目に説き伏せようとした俺が馬鹿だった。許してくれ」
「そこまで言われると、さすがに自分で自虐ネタを振っておきながらも複雑な気持ちになるというか何というか」
 一週間前の俺からしたら信じられない光景だろう。犬猿の仲だった――今でもそうだが――本堂と会話をしながら登校しているのだから。本堂と一緒にというよりも、高校に入ってから他人と並んで登校をしたことがないことでの驚きの方が傍から見た奴にはでかいだろう。
 ネタが無くなり、しばらくの間会話が途切れる。景色を見れば辺りは小さな商店街となっており、ここを通り過ぎれば学校が見えてくるだろう。と、前方に人影。
「よっす」
「おはよう佐藤」
「おいす……」
 この妙に暗い顔をしている男、なるほど、佐藤だ。三者三様の挨拶を交わし、一人が登校に加わる。
 佐藤は最近暗い。それはもう暗い。以前のようにクラス全体を引っ張っていくような明るさはどこ吹く風、今や俺に負けず劣らず口数が減ってしまった。……原因はわかっているのだが、励ましてどうにかなるような問題でもなく、ただただ見守ることしか出来ない。一緒に過ごすとは言ったものの、過度に馴れ合うつもりもないしな。
 しかし、本堂は原因を知らない。見ればちらちらと佐藤の顔を盗み見ては、声をかけようかかけまいか、恋する乙女特有の気恥ずかしさを周りにも感じさせるほど発している。や、それこそ本堂が佐藤に対してぞっこんラブだと知っている奴にしかわからないくらいの仕草なのだが。
 世の中には知らなくてもいいことがあると言うけど、間違いなくこれはそのうちの一つだと断言するね。
「佐藤、その、最近どうしたんだ?」
「ん、何が?」
 勇気を振り絞ったのだろう本堂の問いかけに対し、佐藤は生返事のように問い返す。その視線は何も捉えてはおらず、相当の無気力感に囚われているのだろうと感じさせる。
「何がって、佐藤のことだ。本堂はお前のことを心配してんだよ。最近、妙に暗いってな」
 仕方がなく助け舟を出す。本堂にとっては余計なお世話だと感じただろうが、そんなことはない。俺がこのイライラさせる会話を終わらせたいんだ。
 案の定本堂の鋭い視線が俺のやわいハートに突き刺さるが、佐藤が反応したので、本堂も収まる。……なんで俺こんなことしてんだろ。
「そう、か。すまん、本堂。最近ちょっと寝不足でさ、どうにも調子が出ないんだよ」
 なんともまぁ、見え透いたことを言うもんだ。
 本堂もそれが本当の理由じゃないと悟ったのだろう、何も言わず黙ってしまう。
 一行はその後大した会話もなく、学校へ向かった。



「おは」
 野暮用があると言い教室へは向かわなかった佐藤、それを追いかけていった本堂。結果として、俺は一人で教室の扉を開ける。
「うっほっほ、ほほっ、武田君おはようなんだお」
「内藤か。おは」
 と、一番に挨拶を返してくるこの男、名を内藤という。下は知らない。よくよく見れば目立つ顔をしているのだが、何故か目立たないという謎の男だ。最近になって頻繁に話しかけてくるようになった。
 ……正直最近だと、急に話しかけてくる奴はアッチ方面、いわゆるホモセクシュアル関係の奴だと踏んでいるのだが、コイツは要注意だな。なんたって口調があやしい。
「武田君、聞いたかお。今日は転校生が来るんだってお! しかも女の子らしいんだお!」
「もうすぐ夏休みだってのに転校生かよ。物好きもいたもんだな」
「可愛い子だったらどうするお? おっおっおっ、可愛かったら嬉しいお!」
「俺にゃ関係ない」
 というか、関係を持ちたくない。
 人とのコミュニケーションってのは凄く疲れるもんだ。その関係が広くなればなるほど疲れる。時期外れの転校生にどんな事情があるかは知らないが、関わったらきっと、ろくな目にあわないだろう。
 先週の慌しいイベントを思い出し、もうこりごりだと机に突っ伏す。
 いざ目くるめく夢の世界にゆかんとしていた時、力強く教室の扉を開ける音が耳に入ってきた。
「あっー! 武田君おはよーう! 今日もいい感じに色んなものが溶けそうな日差しが暑いわよねー!」
「お前は脳が溶けてるんじゃないのか」
「ひどい」
 朝っぱらから大声で誰かと思えば、なるほど、コイツ以外に俺に対して大声で話しかける奴なんかいるわけないか。三島早紀である。
 異常なほどに高いテンションを周りに振りまきながら、ずかずかとこちらに歩み寄ってくる。その合間合間に他の女子と挨拶を交わしている辺り、例え変人でも友達は多いようだ。
 初めて会話したときは大人しいやつだと思っていたのに、このうざったらしいまでのテンションの高さはなんなのだろうか。見た目で言えば十分可愛いのだが、如何せん行動が変人じみている。こんな奴だと知ってたら、口すら聞かなかっただろうに。うん、先週のアレで気付くべきだったなあ……。
 だがまあ、例え変人でもこの間は結構ひどい物言いもしてしまったわけだし、少しは罪悪感に悩んだりもしたわけだ。結果、こんな馴れ馴れしい関係になってしまったわけなんだが。
「おっおっ、早紀ちゃんおはようなんだお」
「内藤だー。今日も可愛い顔してるね」
 ふと三島のほうを見てみると、なにやら嬉しそうに内藤の顔を褒めていた。つられるように俺も内藤を見る。
 (^ω^)←、筆舌にし難いとはこれのことだ。よくよく考えれば人の出来る顔じゃないのに、深く考えることをやめてしまう自分がいる。
 世界の謎を身近に感じていると、三島が急にこちらへ振り返る。
「そういえば武田君、聞いた? 転校生が来るっていう話」
「内藤から聞いたぞ。なんでも女子らしいな」
 転校生。散々なことを言っておきながらも、興味がないと言えば嘘になる。そりゃ可愛い子は見るだけなら目の保養になるし、後の妄想で有効活用できること間違いない。
 しかし、ここ最近のことを考えると、無闇に人と関係を持てば散々な目に合うと身を以って知ってしまったので、出来れば遠くから眺めているだけでいいというかなんというか。
「なんであれ、だ。可愛い子だといいな。お近付きにはなりたくないけど」
 これに尽きる。
「私は新聞のネタに出来ればそれでいいかなぁ。……時期外れに現る謎の転校生、彼女の正体や如何にッ!」
「転校生には絶対になにかあるお。凄い暴力事件を起こしたり、謎の能力を持っているんだお!」
「あっ、それいいかもー」
 どこの小説や漫画だよ。
 非日常に憧れるのは構わないが、それは妄想でとどめているからこそ輝いているんだ。現実にそんなのが現れたら、迷惑以外の何物でもないぞ。
「おはよっす」
 転校生の話に花を咲かせる中、挨拶が聞こえた方を見れば佐藤と本堂の姿。佐藤は軽く他のクラスメイトと挨拶を交わすと、いきなり自分の机に突っ伏してしまった。どうしようもない。
 そんな佐藤を見て半ば諦めてしまったのか、本堂がこれまた浮かない顔でこちらに歩いてくる。
「聞いたか本堂、転校生が来るらしいぜ」
「それは本当か。……季節外れの転校生、ううむ、不自然極まりない」
 どうやら本堂も謎の転校生という意見には賛成のようだ。
「あっ、本堂君おはよう。今日もビシッと決まってカッコいいね」
「貴様は……、三島早紀……ッ!」
 ガタン、と腰を落ち着かせていた本堂が飛び退く。あの一件以来、本堂は新聞屋の怖さを嫌というほど知ってしまったようで、そう、簡単に言えば三島のことを避けていた。それはもうあからさまに。
 それでもめげない三島は、床にぺたんと尻を付けてる本堂に手を差し出す。
「大丈夫ですか?」
「よ、寄るな! 頼むからこちらに近付くな!」
「おっおっ? 喧嘩かお?」
「……気にするな内藤。あの二人に構うと同類とみなされるぞ」
 おろおろいている内藤をたしなめ、少し距離をとって見守る。三島はたぶん、わかっててやってるんだろうな。あの見る者を恋に落としてしまいそうな笑顔は、紛れもなくわかってやっている顔だ。
 ……なんともなあ。かなりの人気を誇った本堂は、あの一件以来、一部の物好き以外ファンが離れてしまったらしい。現実とは残酷なもので、本堂がホモだという事実は全校に知れ渡ってしまったのだ。一般人は彼から遠ざかり、俗に言う変態は彼に急接近しているとかなんとか。
 頑張れとしか言いようがない。
「――おーい、席につけー。ホームルーム始めっぞー」
 騒々しい朝模様も終わりを迎えたらしい。
 何時の間にやら教壇に立つ担任は怪訝な目で三島と本堂を見ていたが、何かに納得したかのように目を伏せる。正直教師としてはどうかと思う反応だけど、多分俺でも同じ反応をしてしまうだろう。
「と、その前に、野朗には嬉しいニュースだ。転校生が来たぞ、とびきり可愛い娘がな」
 ざわ……ざわ……。
 男子を中心にどよめきが沸き起こる。なるほど、確かに一大イベントなんだな、転校生ってのは。男子達が異様な行動をし始めたぞ。
 鏡を取り出して色んな角度からの顔をチェックしてる奴や、カッターシャツのエリを立てる奴、ワックスを取り出して髪をガチガチに固め始める奴。……とてもじゃないが見てられない。
「ちょっと、なに、武田クン。なんで制服のボタン外してるのよ」
 三島が変な顔をしながら俺のほうをジロジロと見てくる。
 ……俺だって別に悪い印象を与えたいわけじゃないさ。“ちょっと、あの人凄くクールキャラっぽい”とかそんな風に女の子に思わてると思うと気分がいいじゃないか。
 制服を緩めて、窓の方を見ながら黄昏ていたいんだよ。
「男子、静かにしろ! お前らは盛ったサル共か!」
 担任の言葉により、少し落ち着きを取り戻す教室。……俺はなんてバカなことをしようとしていたんだ。
 教室が落ち着いたのを確認した担任が「入っていいぞ」と廊下に向かって声を出すと、ガラッと扉が開かれる。おずおずと顔を出し、ゆっくりと黒板の前まで歩いてゆく転校生。
 ――――可愛い、男子は俺も含めて全員、そう思ったに違いない。そう思えるほどまでに、魅力を感じる。栗色の長い髪に、落ち着いた物腰。……お嬢様、そんな言葉が第一に浮かんだ。
 カツカツと黒板にチョークで名前が書かれる。
「……杉林心です。父の都合で引越しばかりしていますので、ここもいつ離れるかわかりません。短い間になると思いますが、どうかよろしくお願いします」





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