Neetel Inside 文芸新都
表紙

夏、過ぎ去ってから
第十七話『メガネ:本堂恵』

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 そもそもの話だ。俺は本堂との繋がりなんて無いに等しいし、向こうも顔を知っている以上の思いは感じていないだろう。もちろん俺だってそうだ。ただ、佐藤の傍にはいつもアイツが居て、俺もアイツも嫌々ながら話していただけ。それだけに過ぎない。けれども、三島に言わせれば、“まるで三角関係、喧嘩しながらも共通の対象がいるからか、仲良くしているように見える”、と。中々に新聞部らしい、そしてボーイズラブ好きらしいことを言っていた。そう言われればそうだし、傍から見ている分には違いない。だが、俺はともかく本堂にそれを言ったら全力で否定するだろう。時たまに俺に向けられるアイツの目は、明らかに嫌いを通り越した何かを感じることが出来るからな。
 実際、アイツがどんな理由で佐藤のことを好いているかは知らない。いつかの屋上で聞いた話は単なる上辺の事だろう、本当の事はわからない。……わかろうとも、思えない。


『メガネ:本堂恵』


 さあ放課後だぞ、と。屋外だというのに熟睡しきっていた俺は、空気の読めないチャイムによって起こされた。“あんな話”を聞いた後だというのに、俺という奴はこうも見境無しに。自分で自分に、軽く溜め息を漏らす。
 掛け声と共に体を起こし、控えめな日差しを投げつける太陽を拝む。薄っすらと雲がかかっているが、雨を降らすほどのものじゃないだろう。まだ少しぼんやりとしている頭を覚醒させるように、瞬きを数回。とても気持ちよく眠っていたのだが、ああ、さっきあったことを思い出すだけでその気持ちよさも相殺どころか負けてしまう。……よくもまあ、俺はこんな場所で生きていられると思うよ。以前の俺だったら、止める奴が居るわけでもなし、すぐにでもこの屋上から地面へ飛びついていたことだろう。それもこれも、佐藤の奴がここで“死ぬ”だなんて言ったから。
 ちょっと前まで少しは感謝していたが、さすがにこんなことになると、その感謝の念も薄れるというもの。それどころか、少しばかり恨みもしている。……結局の所、俺は自由だ。何もしなくていいし、あの女が言っていた通りに、なんだ、他のみんなの葛藤とやらを“解決”するもよし。少しの種明かしをされた今でも、決定権は俺にあるというわけだ。ここまで明るく考えてみたはいいものの、全く何をすればいいのかわからない現状を見て、憂鬱になる。何もしないというのは、今日、何度も思ったことだが無理だ。何もしないくらいなら、まだいっそ“情報”を探していたほうが耐えられる。かといって、あの女の言う通りにすることも出来ない。俺は何のメリットも無しに善行が出来るほど、“できた”人間じゃないつもりだ。さらに、何も得られないならまだしも、解決してしまったらそいつは消えるんだろう? 目の前でそれを見せられた手前、軽はずみには動けないさ。
 いくら考えても、八方塞。何をしようとしても結局は失うものが多いなんて、悪い冗談だろう。
 気付けば、目が覚めては考え、寝て、また考え、答えは浮かばず、その繰り返し。答え、つまり俺は自分の行動を決めることが怖いんだ。佐藤という手放しに頑張りたくなる奴が居たからこそ、俺はやってこれた。正直な話、みんなが消えることを顧みずに解決しようとしたところで、今の俺には無理だろう。あいつらの葛藤なんて知ったこっちゃないし、そもそも何を以って“解決”とするのか。そんなわからないことだらけで上手く動けるほどの勇気はない。
 このまま何も起きずに、ただただ快適な日差しと風に包まれながら、ずっと寝ていたい。そんなことまで頭に浮かぶ始末だ。……その考えに屈して、またも空を仰ぎながら寝ようとしていた時、背後で重く響く金属音が聞こえた。珍しい、この時間に屋上なんかへ来るのはどんな奴だと、興味が沸いたので見てみれば、緩やかな風に栗色の髪を揺らしながら俺を見つめる杉林さんが立っていた。
「……」
 ダメだ。今後の動き方どころか、俺はみんなとの接し方すら考えていない。不用意に喋ったら、それこそ何もできなくなるような状況になりそうで、ひどく不安になる。……だって、いくら顔見知りになったとは言っても、その共有する時間が無くなったも同然なのだから、何も話せないだろう。
「武田さん、その、別に昨日のことは皆さん、気にしていませんから、部活に行きましょう」
 昨日、か。……はたして“この”杉林さんは、俺と屋上で話したことを覚えているのだろうか。いや、知っているのだろうか。確かに、最後に話した時は一段落したかに思える。けれど、予想以上に穏やかな口調で話しかけられたため、疑ってしまう。
 三島との会話を考えるに、俺は裁縫部の部長になっている。そして、昨日はサボった。裁縫部の創設、それに関しての時系列は同じらしく、昨日で二日目とのこと。……だが、佐藤が居ないということはそれなりに違う展開があったに違いない。昨日も今日も、情報が少なすぎるんだよ……。
「あの、本当に気にしていませんから……昨日は何か用事があったんですよね? 私もその、心配はしましたけど、気にしていませんから……」
「あ、ああ」
 不意に、自分の口から肯定の意が漏れた。別に会話するつもりはなかった、このまま杉林さんが立ち去ってくれたらもうけものだと、そう思っていたのに。何故か、ひどく泣きそうな顔をしている杉林さんを見ると、胸が痛んだ。……そうだ、違和感は口調だけではない。俺の記憶の中に在る杉林さんは、こんな自己主張をする子ではなかった。いつも無気力な瞳で世界を捉えているような、ひどく不安定な子だったはず。なのに目の前の杉林さんは、泣きそうな顔をしながら、何かに耐えるように拳を握っている。
 お人好しになったつもりはない。女の子の涙――実際に泣いているわけじゃないが――で自分の意見を変えるなんて、それこそ失笑物。けれども、俺の口から出た言葉を今更訂正できるはずもなく。
「よかった……一緒に行きませんか?」
「そ、そうだな」
「――やっぱり、裁縫部を続けることが、私たちに唯一出来ることなんですよね……」
「ん?」
 屋上から出ようとする杉林さんの横に着いた時、何かを呟いたように思えたが、上手く聞き取れなかった。何を言ったのか聞くと、“なんでもないです”、と。微かな笑みを浮かべて、それ以上聞くことを拒絶されてしまった。 
 何が杉林さんを変えたのだろうか。微かだが笑顔を見せた杉林さんは、俺の見ていた不安定さを抱えていない。これは“解決”したことにはなっていないのか……もし解決するとして、最初に選ぶとしたら杉林さんのつもりだった。目に見えてわかるほどまでに、その歪みがわかりやすかったからだ。しかし、それを隠しているにしても、それならそれでいい。隠すという選択肢が生まれた時点で解決しているから。……じゃあ、杉林さんの“葛藤”というのは、何なんだ。
 心なしか嬉しそうに見える杉林さんを傍目に、俺は裁縫部へと向かった。



 部室の扉を開けた瞬間、気持ちのいい風が全身を通り抜けていった。奥を見れば、窓が全開になっている。ベージュ色のカーテンがゆらゆらと“なびいて”、優しい日差しが部室の中を照らしていた。あまりの平和ぶりに少しばかり呆けてしまった俺は、後ろに杉林さんが控えていることを思い出し、そそくさと部室に入る。
「あっ、武田クン。遅いよ、昨日に続いて今日も来ないかと思ったんだから」
「ご、ごめん……」
「……そう素直に武田クンが謝ると、なんか調子が狂うわね」
 入った瞬間に俺を出迎えた声の主は三島で、いつも通りの不敵そうな笑みを浮かべながら、俺に向かって色々と好き勝手なことを言い続けている。三島の向かいに視線を移せば、そこには無言だが、本堂の姿もあった。……まだコイツは俺が言ったことを引きずっているのか。いい加減、挨拶くらいはしたっていいだろう、と、本来ならばそれが普通なのに、違う可能性があることを思い出す。……そうだったな。いつも通りすぎて念頭に置いておくべきことを忘れてしまっていたようだ。……佐藤の姿は無い。
 昨日、いや、一昨日か。窓際の方、長机の端を定位置にしようと決めていたので、傍にあった壁に立てかけてあるパイプ椅子を開き、そこに座る。
「武田クン、部長がそんなとこに座っていいと思ってるの?」
「え、いや……」
 杉林さんも一昨日と同じ場所に座るのか、と、目で追っていた時、三島が呆れた口調でそんなことを言ってくる。そうだったな、“ここ”じゃあ俺が部長になっているんだった。しかし、いくら一昨日の“武田クン”が部長として頑張っていたとしても、“俺”には中心に居座り場の流れを進めることなんて出来るわけがない。自分、と表現するのはおかしいが、全く以って、一昨日の自分は余計なことをしでかしてくれたものだ。
「わかったよ」
 俺は渋々立ち上がると、不自然に空いている席、長机の中央へ向かう。……そう、本堂と杉林さんが挟む形で、空いている場所。佐藤の座っていた場所だ。
 本堂が何か言うかもしれないと、不安に思いながら椅子に座ったが、隣で黙り込んでいる――というよりは塞ぎ込んでいる――本堂は、そのまま口を開こうとしなかった。拍子抜けだと、俺は右から左へ、杉林さんの方に視線を移す。こちらも何やら浮かない顔で、黙り込んでいる。……同じ情報を共有していないという時点で、こいつらにはあまり好感を持てない。既に別物として意識してしまっているからだ。だが、こんな葬式会場のような空気が漂っているとなると、さすがに意識しないわけにはいかない。かと言って“なんで”なんて、聞く気になれるわけでもないし、どうしようもない。
「あー、で、俺は何をすればいいんだ。裁縫のことなんて俺は何も知らない」
「その、まず挨拶をしたらどうでしょうか……?」
「そ、そうだな」
 左隣に座っている杉林さんが、少し困った表情を浮かべて助言をしてくれた。……好感を持てないとか今さっき思っていたにも関わらず、少し嬉しく思ってしまう自分が嫌になる。
「じゃあ、そうだな、始めましょうか」
 沈黙。……助言されるがままに言ってしまったが、挨拶に反応が返ってくるわけでもなく、何が進むわけでもなく……何の解決にもなっていないだろう。席を立ってまで言ってしまった俺は、急に恥ずかしくなって勢い良く椅子に腰を下ろす。いや、ダメだな。いくら別物だとか何とか言っても、相手は人間だ。元々人付き合いが得意なわけじゃなし、何の反応も返ってこないというのはこたえる。
「そ、そもそもだな、なんで俺が部長になってんだよ。こんなの佐藤や本堂にでも任しておけば――」
 はっ、と気付く。“佐藤”と言った瞬間、反応の仕方は違えど、みんなが反応する。しまったな、朝に三島と会話した内容をもう少し考えていれば、こんな失敗はしなかったはずだ。そう思うも遅く、三島は“やっちゃったわね”と言った風に溜め息をつく。
「……そうだな、佐藤が居れば貴様なんかに部長なんてやらせん。昨日の一件は耐えたが、もう沢山だ。やはり武田なんぞにやらせたことが間違いだったんだ!」
「本、堂」
「こんな、つい一週間前に死んでしまった者の名前を軽々しく言える奴だとは思わなかったぞ、武田智和」
 本堂が席を立つ。けど、横を向くのが怖かった。俺は本堂の言う一昨日、もしくはこの一週間を実際に過ごしていたわけではない。だが、コイツの言うこともわかる。俺が軽はずみな発言をしてしまったことは、自分でも理解している。だから、自分が悪いと思ってしまったから、本堂の顔を見るのが怖い。理不尽に自分が一方的に悪者にされているとはわかっていても、本堂やみんなの立場になってみれば、“何故”かは理解出来てしまうから。正面に座っている三島を見ると、顔を伏せている。杉林さんの方は……見なくてもわかるだろう。
 このまま沈黙が流れることが嫌で、俺は覚悟を決めて本堂に向き直る。そこには、涙をぽろぽろと床に落としている本堂の姿があった。本堂に言わせてみれば“無様”というやつだろう。……けど、その涙する目で睨まれただけで、俺は考えていた言い訳すら消えるほどに、頭が真っ白になった。
「ご、すまん、本堂、別に俺」
「下らん御託はどうでもいい。……一昨日の貴様と話していた時、少しでも任せられると思ってしまった俺が愚かだった」
 そう言って本堂は制服の袖でメガネの上から乱暴に顔を擦ると、床に置いてあった鞄を手に持って、声をかけることすら儘ならない程の速さで何も言わずに部室から出て行った。……非常に居た堪れなくなると共に、居心地の悪い空気が流れる。開放してある窓からは今も気持ちのいい風が吹いてくるというのに、気分が悪い。
 俺が何も言えずに出入り口のほうを見ながら黙っていると、机の正面で再度溜め息が聞こえた。視線を戻せば、困ったような怒っているような、判断し難い表情を浮かべている三島。
「これは、武田クンが悪いわよね」
「ええ……」
 呼応するように、隣にいる杉林さんが返事をする。言われなくてもそれくらいはわかる、と言い出しそうになるのを堪えて、俺は補完しなければならない部分を聞くことにした。
「その、ごめん。俺が悪かった。それで、これもまたひどいことを聞くんだが、一昨日、俺は本堂と何を話していたんだ?」
「ひどいわね」
「ひどいです」
 だから、わかっていると。
 以前ならこの程度の反応は笑って済ますことが出来たのに、今は怒りすら感じてしまう。同じ名前、同じ姿、同じ声なのに、明らかに違うんだ。考え方を変えればいいだけのことなのだが、ダメだ、昨日の今日でこんなことが起こったんだ、誰だって混乱するだろう。
「武田クン、今朝も思ったんだけど、ちょっと変じゃない?」
「ですね……私も屋上で会った時、違和感を感じました」
 俺が黙っているのをいいことに、好き勝手なことを言い合っている二人。俺から言わせてみれば、お前らのほうに違和感を感じているんだよ。結局今、何が起こっているのかわかっていないわけだし、見当もつかない。
 一通り言いたいことは言ってしまったんだろう、見詰め合っていた二人は、黙って俺のほうを向く。なまじ二人とも顔がいいだけに、緊張する。……いや、そういうわけじゃないぞ。何を話していいかわからないから、黙っているだけだ。うん。
「お前らが俺に対してどう思っているか、よくわかったから、もう答えてくれたっていいだろ。本当にわからないんだ」
 痺れを切らした俺は半ば投げやりに、二人に向かって言う。しかし、二人とも変な顔をするだけで口を開こうとはしない。確かに、本堂が言うに、“俺”はそれを聞いていたんだろうから、変な顔くらいされるだろう。投げやりという表現を使ったけど、それは正しい。実際、俺は以前とは違う場所にいると自分の中で完結してしまっているので、周りを全く気にせずに行動しているのだから。まあ、そんな俺が“変”に映ったんだろう、二人の反応は納得できる。
「本気で言ってるわけ? だとしたら、朝に続いて幻滅しちゃうわね。やっぱ変だよ、武田クン」
「変に思われて結構だ。言いたくないなら言いたくないで、さっさとそう言ってくれ」
 はあ、と。何度目になるのか、三島が溜め息を漏らす。あまりいい気分ではないが、“話すわよ”とぶっきらぼうに言う三島の言葉に安堵して、喋り始めるのを待つ。続いて“やれやれ”といった仕草を見せると、三島が口を開いた。


・・
・・・

「俺さ、佐藤のこと、好きだったんだ」
 本堂君がそんなことを言い出したのは、部室の中が夕焼けに照らされていて、生徒たちが帰り始める空気が漂う、そんな時だった。わたしは心ちゃんと一緒に色とりどりの刺繍が載っている本を見ていて、急に本堂君がわかりきっている告白をしたものだから、驚いて顔を上げる。
「いや、そんなのわきりきっていたことだけど、なんだよ本堂」
「佐藤が死んで、そろそろ一週間だろう。……急に、好きになった理由を思い出してしまって」
 どうやら、武田クンと本堂君が話していたようだった。何やら困惑している武田クンは、“やめろよ”なんてあたふたしている。……ちょっと前まで、そう、佐藤君がまだ学校に来ていた頃は険悪な感じの二人だったけど、最近になってからはそんなことなく、仲が良さそうに話しているところを良く見かける。
 心ちゃんも本を見ることを中断して、私と一緒になって二人を見つめている。まあ、結構“おいしい”場面だしねえ。ちょっと泣きが入っている本堂君と、慌ててなだめている武田クンとくれば、そそられちゃうってものよ。
 ……確かに佐藤君が死んだのはショックだった。枕は濡らさないにしろ、一日食欲を無くすくらいには。……佐藤君の“告白”があっただけ、マシだったのかもしれない。現に今では普段通りに話せるし、佐藤君の名前が出ても平気だ。こんな風に、くだらないことを考えるくらいの余裕もある。
「(ひそひそ)武田さんたち、急に何のお話なのでしょうか」
「(ひそひそ)しっ、今は邪魔せず見守るのが乙女の義務よ……!」
 何が起こっているのかわからなかったのか、心ちゃんがわたしに耳打ちをしてくる。もちろん、アドバイスをしておいた。何かを納得したのか、心ちゃんは力強く頷いて、また二人へと視線を向ける。
「お、落ち着いたか」
「ああ……その、すまないな」
「傷口を掘り返すようで悪い話なんだが、あれだ、その好きになったってのはどんな理由なんだ? 佐藤はよく自分のことを話したけど、お前のことはほとんど知らないわけだし」
 本当に武田クンはデリカシーってものが無いわね。自分でそれがわかっている辺り、手に負えないわ。
 涙ぐんでいた本堂君が持ち直すと、武田クンは待っていましたと言わんばかりにそんなことを言った。誰がどう聞いても傷口を掘り返しているようなもので、久しぶりに言い合いが始まるのかと思った。けど、予想外にも本堂君はメガネの下を袖で拭うと、“せっかくだから話してみよう”だなんて言っている。なんか、二人の間に薔薇が見えるわ。
「いつだったか、今はもう定着しているが、メガネをかけていない時期があってな」
「ほう。初耳だ」
「ああ、短い間だったからな。……試しにコンタクトをつけていたんだ。そんな時だったか、美術の時間に絵の具を顔にかけられてしまってな。トイレに言って顔を洗いに行ったんだ」
「ひどい話だ」
「全くだ。それでトイレに行き、まあ、目も上手く開けられない状態だったから、コンタクトを外して顔を洗ったわけだ。よくよく考えれば阿呆な話なのだが、視力が極端に低い俺は、コンタクトをどこに置いたのか見つけられなくなってしまった。そんな風にあたふたしていた俺を救ってくれたのが、佐藤だったんだ」
「……え? まさかそれで終わりって落ちはないわよね?」
 一体どんなドキがムネムネすることがあったのかと期待していたけど、あまりの何も無さについついツッコミを入れてしまった。だって、ねえ。
「ごほん。話には続きがあるのだが、まあ今更聞かれていたと止めるのもなんだ、続ける。……何故か授業中だというのに、佐藤は男子トイレに居た。後から聞いた話によれば、“普通にうんこだった”らしいのだが。同じクラスだったがあまり話したことはなく、話しかけるのを躊躇したが、なんせ何も出来ない状態だったので助けを求めた。結果、探している途中、佐藤に踏まれてしまい、コンタクトレンズはダメになったのだが]
「おいおい、評価落ちるだろ、そりゃあ」
「うむ。もちろん俺は怒った。佐藤はしょうがないから保健室まで送ると言い出して、強引の俺の腕を引き寄せてだな。不覚にもときめいてしまった」
 その流れはおかしいんじゃないかしら……。
「肩を貸す形になって、体を密着させている内に、こう、“頼もしい”というのか。そんなことを思うようになってだな、保健室に着いて保険医を待つ頃には、すでに惚れていたよ」
「……いや、わけがわからん。なんでそれで男に惚れる流れになるんだよ。いや、わけがわからんぞ」
「別にわかってもらおうとは思っていない。ただ、そんな些細な理由でも、俺は惚れるくらい嬉しかったんだ」
 そう言って、本堂君のドキドキ告白タイムは終了した。聞いていた側としては、凄く物足りない。結局のところ、肩を貸してもらっただけで惚れちゃったということでしょ? それはさすがのわたしでも無いわ……。
「ごほん。そんなわけだから、武田、貴様も頼りになるような部長になれ。“昨日”の貴様の言葉に嘘が無いのなら、俺は期待する」
「いやあ、お前の話を聞いた後だと、その、頼りになるようには頑張りたくなくなるなあ、と」
 “上手くまとめたつもりかよ”、と武田クンは笑う。そんな武田クンに拳を振り上げる本堂君を見ながら、わたしと心ちゃんは笑って。今日は佐藤君がいなくなってから、一番いい日だな、なんて。わたしは笑いながら、思った。


・・
・・・

 三島が話し終わり、ふう、と軽く溜め息。……これも、何かの影響なのだろうか。今しがた言われ、同時に“浮かんだ”情報を整理する。情報というほどのものではないけど、ただ、混乱しているだけ。
 どんな理屈で“こうなった”のかは理解できないが、三島が話している途中、それに重なるように、その時の三島が“思ったこと”が次々と頭に浮かんできた。モノローグとでも言うのだろうか、こんな風に今俺が思っているようなことが、そのまま浮かぶ感じ。おかげでどんな状況だったのかも事細かく理解できたが、理屈がわからない以上、釈然としない。どうせまた、今も影を見せる女あたりがやったのだろうと、無理矢理に自分を納得させる。
「大体こんな感じね。……真面目に話しちゃったけど、本当に覚えてないの? だとしたら、ちょっと、病院に行くことをオススメするわ」
「いや」
「私、“そんな”感じの病院なら、紹介できますけど……」
 別にいらない、と、言う前に杉林さんが哀れむような目でそんなことを俺に言ってきた。……見た感じ、二人とも本気で俺のことを心配しているみたいで、居心地が悪くなる。だってそうだろう、二人が心配しているのは、昨日までの“俺”だ。いつもの俺は“こんな”じゃないからこそ、心配している。自分に自分を否定されたように感じて、今まで感じたことの無い感覚が駆け巡る。くそっ。
「うるさい、別に俺はどこもおかしくねえよ!」
 結果、俺は二人に怒鳴り散らして、部室から出て行った。……別に二人は悪くないさ、ああ、悪くないはずだ。悪いのは勝手に佐藤を殺して、みんなに無かったことをあったように思わせている奴だ。
 怒りというのは行動の原動力になるのだと、初めて実感する。どうしようもなく理不尽で、理解不能なことをやらかされ、俺は冷静にそれを理解出来るほど怒っていた。同時に、何が何でも全部知ってやると意気込む。……知ったところで全部元通りになるのかはわからない。けど、こんな大掛かりなことをやってのけるんだ、元通りにしてもらわなくては困る。あいつらの要求していることを全てこなして、文句を言えなくする。それしかない。
 下駄箱へ向かい、校内から出て、既に夕焼けが空を赤紫に染める中、俺は一人帰路に着く。色々と考えて、考えて、そこからだ。諦めるのはもう止めにする。何も知らずに終わるなんて、許せない。
「――私の計らいは気に入ってもらえたかな。十分すぎる情報を与えたつもりだが」
 油断していた。神出鬼没にも程があるだろう。人気の無い住宅地、細い路地裏を歩いていた時、背後からここ二日で十分に聞きなれた声がした。焦って振り返れば、暗い色。夕日の届かない場所、影に溶け込むように、その女は立っていた。無表情のまま、冷たい声だけを発して。
「やっぱりお前かよ。そうなると癪だが、確かに納得は出来たさ。礼は要らないよな」
「構わんさ。どうやら決心したようなので、一応、警告を交えて談笑でも、と」
「お前と談笑なんて反吐が出る。ただでさえ、すぐにでも俺の視界から消えて欲しいってのに」
 ピリピリとした空気を感じる。向こうは微動だにもせずただ立っているだけなのに、相手が“何でも出来る”以上、不安ばかりが募る。……だが、女は怒るわけでもなく、言った通りに“警告”を始めた。
「武田智和、今はまだ辞めることが出来る。このまま忘れて、“いつも通り”に過ごすことも、今ならば可能だ」
「それは願い下げだな。佐藤が死んだことになっているってのに、“いつも通り”に出来るかよ」
「そうか。ならば、精々頑張ればいい。……私は管理し、観察するだけなんでな。先程のは、ちょっとした“サービス”というものだ。次は無い」
 そう言って立ち去ろうとする女に、俺は背後からさっきまで思っていたこと、それを問いかける。
「おい、全員解決したら、全部知ることが出来るんだよな」
「ああ、そうだ」
「その時、全部元通りにしろよ。お前らの目的が何なのかはわからないが、消えた佐藤も含めて、全部元通りにしろよ。でなきゃ、俺は安心して“解決”することは出来ない」
「……約束しよう、全てが解決したら元通りにするさ」
 満足のいく返事を得られて、俺はほっとする。それならば、俺も躊躇することなく“解決”することが出来る。もちろんそれが出来るかは後の頑張り次第なのだが、それでも、嬉しい。
 いつの間にか視界の端に影がちらつく。前を見れば既に誰も居らず、俺は明日からの行動を頭の中で練りながら、改めて岐路に着いた。





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Neetsha